第一章 歓談部の平和な日常(9)
轟音が響き渡った。
炎と『氣』が交じり合い、白く紅い火花が2人の拳から散る。
「僕の能力の弱点、気付いたかな?」
息が触れるほど顔を近づけて、藤原はニヤリと笑いながら問う。恐らく、先ほどはわざと殴られたのだろう。
「気付きましたけど、それが弱点かは怪しいですよ……ね!!」
黒神は左の拳を振り抜くが、その時には藤原は彼の後ろにいた。
「『瞬間移動』ですか」
「その通りだ。ちなみに、君が気付いた僕の能力の弱点はなんだい?」
藤原は構えこそすれど、攻撃はしてこない。実際、戦闘において相手の言葉を待つなど自殺行為なのだが、2人は元々味方。だからこそお互いがお互いの意図を察することが出来る。
「部長の能力は、同時に2つ以上の能力を扱うことが出来ない」
振り返りながら、黒神は確信を持って告げる。その言葉に、藤原は笑顔で頷いた。
「正解だ。厳密に言うと、『永続模倣』はそれを他の能力に変換することでコピーを可能にしてるんだ」
つまり、『永続模倣』というカードを別の能力のカードに変換しているのである。そもそも『永続模倣』というカードは1枚しかないため、コピーできるカードは1枚のみ。だから2種類の能力を同時に扱うことが出来ないのだ。
しかし。
「だからといって、それが弱点だとは思えないんですけど……」
「普通はそうだね。1つの能力しか扱えなくとも、相手と相性のいい能力を選べば負けることはない。でも、君との戦いにおいては少し事情が異なる」
「事情が異なる?」
「君の能力は『何にでも対応出来るもの』なんだよ。だからこそ、『幻の能力』って言われてるのさ。凡庸なだけの能力ならそこまでは言われない」
藤原の口ぶりからして、彼は黒神の能力について少なくとも黒神以上には知識があるらしい。
「『氣』は、当人次第で最強の矛となり、最強の盾となる。君が思っている以上に、その能力は強いんだよ」
そこまで言って、藤原はアスファルトの地面を思いっきり踏みつけた。すると、地震にも似た大きな揺れが起こり、黒神はバランスを崩してしまう。
近くの建物のガラスが割れ、街灯も数本倒れる。
「た、立てな……」
揺れは数秒続いた。ようやく立ち上がるが、黒神の視界に藤原の姿は無い。周りの風景は一変している。
「どこに……」
「ここだよ、終ちゃん」
後ろから藤原の声がする。振り向いた瞬間、腹部に焼け付くような痛みが走った。口から血を吐きながら、黒神は恐る恐る下を向く。そこには、背中から黒神の体を貫いた藤原の手があった。
「君の負けだ。まあ、よくやれた方だと思うよ。ちなみに、君の能力――いや、君の弱点の1つは、不意打ちに弱いところだ」
『氣』は所有者の意思に左右される。ならば、所有者の意識が集中していなければ纏う量も少なくなる。だから、不意打ちを仕掛けられると対処できない。
「その弱点は改善できるはずだ。これを機に改めて考えて……!?」
藤原は黒神が彼の手を掴んだことに驚いて、貫いた手を抜こうとする。しかし、その手を黒神が掴んでいるために、抜くことが出来ない。
「ぶ、ちょう。俺はまだ、死んでないです、よ」
直後、濃厚な『氣』を纏った肘打ちが藤原の喉に突き刺さった。彼の体は後ろに吹き飛ぶのではなく、黒神の体を軸にして回るように動き、黒神の体の正面に着地した。
その際に黒神は手を離していたらしく、突き刺さっていた藤原の手は抜けている。
「ひゅっ、がふっ!! しゅ、終ちゃん……」
「これで、形成、逆転……ゴホッ!!」
黒神は前かがみになり腹部を左手で押さえながら、右手を倒れている藤原にかざす。しかし、その顔は苦痛に歪んでいて、額からは大量の汗が噴出している。
「終ちゃん、君は……」
そして、その右手から白い光線が放たれた。それは地面を抉り、辺りに散らばっていたガラスの破片などを一瞬ながら宙に浮かばせた。
だが、もうそこに藤原の姿を無い。
「あ……」
「まあ、チートって言われても仕方ないよね。だってこの能力は、回復だってコピーできる」
『瞬間移動』を行った後に回復をしたのか、はたまた逆か。それは分からないが、藤原は戦闘開始時と同じ容姿で黒神の後ろに立っていた。
結末は誰の目にも明らかだろう。
辛うじて振り返った黒神を待っていたのは、大量の水の槍だった。為す術も無く槍が体に突き刺さり、黒神の意識は切断された。