第一章 歓談部の平和な日常(5)
部室から出ると、少し離れた場所で早織が外を眺めていた。
「お待たせ月宮ちゃん」
藤原が笑顔で手を振りながら早織に近づく。藤原と黒神に気付いた早織は彼らの方を向いて、
「あんまり時間かからなかったんですね。で、2人でどこに行くんですか?」
「ああ、ランク戦をしようかと思ってね。終ちゃんにもいい機会でしょ」
それを聞いて、早織は少し不満げな表情を浮かべた。
「終ちゃんの初めてが奪われそうで不満かな?」
「誤解を生むような言い方はやめてください!!」
黒神には2人の会話の真意は分からなかったが、早織が弄られてるのだけは分かった。
結局、早織も黒神たちに着いていくことになった。
ランク戦は特定の施設でのみ行われる。大抵の高校はそのような施設を有しており、またそこには回復系の能力者が交代制で常駐している。
よって、いつでもランク戦を行うことが出来るのだ。
黒神の学校の場合は、体育館の隣にドーム上の巨大な建物があり、そこがランク戦用の施設となっている。
「さて、空いてるかな?」
中は数十個の部屋に分かれており、各部屋でランク戦が行える。それほどの広さである。
中に入るとすぐに受付があり、強面で黒服の大男が立っていた。時間帯によっては綺麗なお姉さんがいたりするのだが、今回は運が悪かったようだ。
少し怖気づく黒神を見て微笑しながら、藤原が受付へと歩いていった。
「ねえ黒神君、どうして先輩とランク戦を?」
早織が隣から尋ねてくる。黒神は彼女の方へと視線を移しながら、
「まあ、いい経験かなって」
「私のときは断ったのに?」
何故か、その言葉には強い感情が込められていた。その証拠に、早織は頬を膨らませてジト目で黒神を見ている。少し、というよりもかなり不満そうだ。
「あ、いやその……先輩とはあと数ヶ月で会えなくなるしな」
早織は納得していないようだったが、藤原が受付を終えて戻ってきたために会話は中断された。
そして、藤原が受付で指定された部屋へと2人を案内する。
「観戦で来たことはあったけど、まさか当事者として来ることになるとは……」
「はは、そっかそっか。終ちゃんは観戦だけだったか。ちなみに、僕の能力は見たことある?」
藤原は前を向いたまま黒神に尋ねた。
「そりゃあ、部長ですし。でも、一体どういう能力なのかまでは。あの時はそんなこと気にしてませんでしたし、うちの部長って超強いんだなくらいにしか……」
「ふむ、僕は終ちゃんの能力を知ってるけど、終ちゃんは僕の能力を知らないか。ここは教えないでおこう。今後はこういうシチュエーションが多いだろうし、特に終ちゃんの場合はね」
そう、黒神はエデンの中では有名人だ。ランク戦の相手が黒神のことを知っていても、黒神自身は相手のことを知らないという状況は多くなるだろう。故に、藤原は自分の能力のことを話さなかったのだ。
というのは、まだ踏み込んでいない早織の理解である。
黒神は藤原の真意に気付いていた。
すなわち、『楽園解放』の残党やエデンの実験関係者との戦いのことである。彼らは、エデンの一般人よりも黒神のことを知っている。その弱点さえも研究してくるはずだ。
つまり、黒神は今後常に不利な状況から戦いを始めなければならない。ババ抜きで自分だけ手持ちのカードを相手に見せながら戦うようなものである。
「さて、ここだ。準備はいいかい」
目的の部屋に着くと、藤原は振り返った。そして頷く黒神を見て、部屋のドアを開ける。
そして、初めてのランク戦が始まる。