第一章 歓談部の平和な日常(4)
藤原は差し出されたお茶を少し飲んで、喉を潤した。
「ところで、僕が知らない間に終ちゃんが能力者になってることについて、尋ねてもいいかな」
この質問を、黒神は予想していた。藤原の性格を知っていたからというよりも、今まで幾度となく聞かれたことだからだ。しかも黒神が能力者となって以降、藤原と会うのは初めてである。聞かれるのも当然のことであろう。
「終ちゃんの能力は一体何なんだい?」
「一応、『氣』を操る能力みたいです」
一応、というのは、実際黒神もこの能力について深くは知らないからだ。最初から能力の使い方が分かっていたとはいえ、これがそもそもどういう能力なのかについての根本的な所はまだ調べていないのだ。
調べていない、と言うよりも調べる暇が無かったと言うべきか。それに加えて、黒神の能力は幻の能力らしい。例え調べていたとしても、深いところまでは分からなかっただろう。
「『氣』、か。流石の僕にもそれは分からないね。受験生の中にもそんな能力を持った人はいなかったし……」
藤原は顎に手を当てて、少し考え込んでいるようだった。
「1つ疑問なんだけどさ。どうして終ちゃんはそれが『氣』の能力だって分かったんだい? 確か終ちゃんは能力に関する授業はあまり聞いてなかったはずじゃ?」
「ああ、それなんですが……」
黒神は朝影のことについて簡単に話した。もちろん、同棲していることも。
「まさか、終ちゃんが女の子と同棲してるとは」
「そこは勘弁してください」
この時、藤原は黙って話を聞いていた早織の方へと目を向けていた。早織はその視線に気付き、慌てて顔の前で両手をブンブンと左右に動かしている。
「聞きたい話がたくさんあるのだけど、さて何から聞き出したものか……」
藤原は『楽園解放』については知っていたらしい。彼らが治安維持部隊になっていることはもちろん、そもそも外界の部隊で、エデンを破壊しようとしていたことも。
カントリーでの事件の報道では『楽園解放』について様々な情報が示されていたため、当然と言えば当然か。
「『楽園解放』の全員がエデンに入ったってわけじゃないんだよね」
「ええ、朝影や神原が言うには、神原に反発して外界に残った人間もいるらしいです」
「そうだね、当面の問題は彼らだろう……月宮ちゃん、少し席を外してくれないか?」
突然話を振られて、早織は驚いたような表情を浮かべた。藤原の言葉に疑問を抱いたようだが、彼の顔が真剣だったからか、早織は渋々ながらも部屋を出て行った。
男2人だけとなった部室で、藤原はゆっくりと言葉を吐き出す。
「『エデン破壊論』は、知ってるね?」
「――っ!! ど、どうして部長がそんなことを……!?」
「その様子だと、やっぱり月宮ちゃんには話していないか。そして、僕のリサーチも間違ってはいなかった」
『エデン破壊論』。
今後引き起こされるであろう第四次世界大戦を阻止するために、エデンを破壊する。簡単に言えばこのような主張のことだ。
だが、この言葉はエデン内では知られていない。否、知らされていない。どんな報道を見ても、その言葉は使われないのだ。
それを報道してしまえば、エデン内に少なからず反発者が出てしまうのだから。
「部長、それを知ってるってことは……」
「まあ、僕も踏み込んだって所かな。方法については聞かないでくれ。もちろん非合法だからね。ところで、だ。君は今、どこまで知ってるんだ?」
「実の所、まだ根幹には触れられてないというか。月宮の一件でようやくエデンの実験の実態を少しだけ掴んだってくらいで」
「そうか。実はね、こんな話があるんだ」
藤原は段々と声の音量を落としていく。そして、黒神に顔を近づけて、
「君が月宮ちゃんの実験に干渉できたのは、決して偶然なんかじゃない。寧ろ、必然だ」
黒神は返す言葉を失ってしまった。藤原はそんな彼をしっかりと見つめながら、言葉を継ぐ。
「『管理者』、つまりエデンの政府にはそういう能力を持った人間がいる。そう、人の運命を操れる能力を持った人間が」
黒神の額に嫌な汗が浮かんだ瞬間、藤原は突然爽やかな笑顔を作って、
「ま、噂だけどね。もし本当だとしたら、僕は『エデン破壊論』について知ることは出来なかっただろうし」
「……冗談は顔だけにしてくださいよ。心臓が止まるかと思ったじゃないですか」
「そうだ、終ちゃん。ランク戦をしてみないか? まだやったことないだろ?」
藤原は椅子から立ち上がって気持ちよさそうに伸びをしながら言った。黒神は呼吸を整えて、
「でも、俺はまだ……」
「まあまあ、いいじゃないか! それに、僕も終ちゃんの能力を見てみたいし。何より、いきなり同級生とやるよりも気楽だろう」
寧ろ上級生とやる方が気が重いのだが、黒神は承諾した。
藤原は黒神の返事を聞いて、どことなく嬉しそうな表情で部室の入り口へと歩いていく。その途中で、彼は黒神に聞こえるかどうかくらいの音量でこう呟いた。
「火の無い所に煙は立たないんだよ」