第一章 歓談部の平和な日常(3)
「あ……邪魔したね」
入ってきて早々、彼は外へと出て行った。その際の彼の表情は、まるでカップルがいちゃちゃしているのを偶々目撃してしまったようなものであった。
「おい待て部長!! 誤解だぁぁぁぁぁぁ!!」
黒神は慌てて外へ出て、本当に帰ろうとしていた彼を引き止めた。
「誤解、ねぇ」
彼は黒神に腕を引っ張られながら、ニヤニヤと笑っていた。
肩につくくらいの長さのストレートの金髪、中肉中背。そこそこイケメンではあるが、それ以上の特
徴はさして見当たらない。
強いて言えば、ブレザーの制服が似合っているのが特徴か。
彼は藤原創、歓談部の部長である。
「と、とにかく。折角来たのならゆっくりしていったらどうですか」
「んー、終ちゃんのその怖い顔が気になるけど。まあ、それがために学校に来たんだしそうさせてもらうよ」
そう言って、2人は部室へと戻った。
藤原はバッグを床に置き、近くの椅子に座った。黒神はさっき座っていた場所に戻り、早織は藤原のためにお茶を淹れ始めた。
「つーか部長、今日は休みなんじゃ」
「さっきも言ったけど、偶には歓談部に顔を出そうと思ってね。試験も終わったし」
背もたれに体を預けて椅子をギコギコと鳴らしながら藤原は言った。
「先輩、試験はどうだったんですか?」
お茶を淹れていた早織が尋ねると、藤原は床に置いたバッグの中からパンパンに膨れ上がった、狸が描かれたクリアファイルを取り出した。
「これ、全部オファーの資料だよ」
「こんなに!? って、なんでもう持ってるんですか?」
黒神が驚いたのも無理はない。
本来、試験の結果は1週間をめどに発表される。そこで初めて受験者は自分がオファーされている大学を知るのだ。
「僕も予想外だったんだけどね。試験が終わるや否やさながら芸能人みたいに囲まれて、一方的に渡されたよ。黒服の怖いお兄さんたちから」
ケラケラと笑いながら、藤原はとんでもないことを言っている。
そんなことは例外中の例外なのだ。大学側だって、1週間後という原則を遵守しなければならないはずなのだから。
大学がその原則を破ってまで獲得したい人材。それが藤原という男なのだろう。
「流石に僕も引いたけど。こんなことなら本気ださなきゃ良かったかな」
「部長、全国の受験生に謝りやがってください」
「いや、もちろん嬉しいんだよ? でも、こんなにあると……」
藤原はクリアファイルの中身をパラパラと捲りながら、ため息を吐いた。
黒神と早織は口を開けたままお互いに目を合わせる。
「先輩って、志望校はどこだったんですか?」
早織が聞くと、藤原はきょとんとした顔で、
「無いよ。最近じゃどの学校もそこまで変わらないからね。有名どころなら……この大学かな」
「部長、ちょっとマジで全国の受験生に謝れ」
「終ちゃん、顔怖いよ?」