第一章 歓談部の平和な日常(2)
歓談部の部員は6名。各学年が2人ずつという構成である。
とはいえ、全員が揃うことは少なく、こうして黒神と早織が2人きりというのも珍しくは無いのだ。
「先輩たちは、昨日までが試験だったっけ」
黒神が言う先輩とはもちろん3年生のことだ。彼らは現在大学試験の真っ只中である。
エデンで行われている大学試験は、能力適正試験が重要視される。内容としては、ランク戦と同じように他校の能力者と戦うというものだ。しかし勝てばいいというものではなく、その戦闘の内容を見た各大学のスカウトマンが自分の大学に入学させるかを判断する。1人に数十校の大学からオファーが来ることもある。
能力が発現していない者は筆記試験だ。大学によって異なるが、普通は能力者が優先され、余った枠に筆記試験の成績優秀者が入る。
それが能力開発の最先端都市であるエデンの方式だ。
「先輩たちなら大丈夫でしょ。特に藤原先輩は校内最強だし」
「橘先輩も、意外と強いもんな。そこまで心配することもないか」
ちなみに、今日は3年生は休校日だ。2日間に渡って行われる試験の疲れを取るため、どの学校も翌月曜日は休みにしている。
「つーか、1年たちはまだ模試か?」
黒神は空になった湯のみを流しへと持っていく。
「ううん、もう終わってるはずだよ。今日はランク戦の日なんじゃないのかな。ほら、強制参加の方の」
「そっか。月宮はランク戦でどれくらいの所にいるんだ?」
湯のみを洗いながら早織の方を振り返って聞くと、早織は頬杖をついていた手を枕にして机に突っ伏し始めていた。
「私は中堅くらいかな。2年生も強い人いっぱいいるし……あ、そうだ。今度私とランク戦してみる?」
「遠慮しとくよ。何か、勝てる気がしない」
黒神の言葉に、早織は頬を膨らませた。
「あんなに強いのに、勿体無いなぁ。早苗とあそこまで戦えたんだから、私なんかには絶対負けないと思うよ」
「いや、何かさ。それとこれは別というか、どうも俺の能力は俺の気持ちが深く関わってるみたいでな。強い意思を持ってる時じゃないと……」
『氣』を操る、ということはそもそもその『氣』が自身の体から供給されていなければならない。もちろん、常に人間は『氣』を纏っているのだがそれは微弱なものである。
故に、黒神自身の気持ちが強くなければ、彼の能力は大して効果を発揮しないのだ。
「難儀な能力ね……そう言えば、その能力って名前は無いの?」
「ああ、まだ考えてないな。そうか、名前……まあ、今はまだいいかな。この能力のことが全部分かったわけじゃないし。それに、不可解な点が多すぎる」
「デバイスに適合しない能力、か」
『楽園解放』のメンバーのことを思い出してほしい。彼らはエデンの治安維持部隊となる際に、デバイスの適合検査を受けている。
それを通過したということは、彼らの能力はデバイスに適合したことになる。
黒神の能力と彼らの能力の共通点は、能力を使う際にオーラを纏うこと。だから、黒神は自分の能力が外界の能力者と同じものだと思っていた。それでデバイスに適合しないのだと。
だが、エデンのデバイスに外界の能力は適合した。つまり、エデン内で発現したそれと外界で発現したそれは全く同じものだということだ。
ならば、何故黒神の能力はデバイスに適合しないのか。
今も黒神の携帯電話型のデバイスには『不適合』の3文字が表示されている。
「少なくとも、今はまだ名前を付けなくていいと思う」
そう呟きながら、黒神は湯のみを洗い終わってさっきまで座っていた椅子に再び腰掛けた。ゆったりとした時間が流れていく。
数分後、歓談部のドアが開いた。