第一章 歓談部の平和な日常(1)
1月25日月曜日。
ようやく退院出来た黒神終夜は今日から学校へと復帰することになった。しかし、彼を待っていたのは2人の少女を救ったことへの賛美ではなく、クラスメートによる質問攻めと溜まりに溜まった宿題の山であった。
「何で俺がこんな目に……」
学校に復帰する前に髪を切ってショートヘアとなった鋭い目を持つ少年は、歓談部の部室で机に突っ伏していた。
対面してポニーテールの茶髪の少女、月宮早織が座っている。
「まあ、あれだけ休んでたら流石に……」
「サボりじゃないんだから少しくらい勘弁してくれてもいいのによ」
更に、黒神にはランク戦への参加が言い渡されていた。今までの活躍が逆に仇となった形であろう。学校としても、『英雄』が所属している以上は彼を活用したいということか。
「そう言えば、黒神君はなんだかんだランク戦には参加したことないんだっけ」
早織は両手で頬杖をついたまま、深いため息を吐いている黒神に尋ねる。
「ああ、そもそも能力者になってからロクに授業受けてないしな。おかげで担任に怒られたよ、『人を助けるのは結構だが、自分のことも心配しろ』ってな」
黒神は唇を尖らせていかにも不機嫌そうに言った。
今や、黒神終夜の名はホープのみならずエデン中に知れ渡っている。いや、彼の名よりも『英雄』という単語が広がっていると言った方が正しいだろう。
1度目はエデンを、2度目は2人の少女を。規模は違えど、その行為が褒め称えられるのは当然のことだ。
とはいえ、黒神はそんなこと考えていなかった。あくまで、エデンのメディアが――いや、エデンの上層部がそう印象付けさせたに過ぎない。
だが、そんなことは関係なく本当に彼に感謝している人間もいる。その中の1人が、黒神の目の前にいる少女だ。
「黒神君なら、ランク戦でもトップクラスに行けると思うんだけどな。少なくともウチの学校内なら1位にでも」
「いやいや、言っとくけど俺はまだ能力者としては初心者なんだからな。今まで経験を積んできた奴らには勝てないって」
「そうかなぁ。私は勝てると思うよ?」
早織はお世辞でそう言っているわけではない。彼の戦いをその目で見ているからこその言葉だ。
「どうせ参加しなきゃならんし、その前に片付けるべきものが山積みなんだよな」
黒神の視線の先には、出された宿題のせいでパンパンに膨らんでいる通学バッグがある。それどころか、入りきれなかったものが入っている紙袋まであるのだ。
それを見て、黒神は再び大きなため息を吐く。『英雄』と言えど、彼はまだ学生。学校という縛りからは逃げられないのである。