第三章 覚悟ノ焔(8)
その爆発音は、『裏』中に響き渡った。
素手の殴り合いを続けていた成宮と闇野も、その音で戦闘を止めたほどだ。小さな納屋であったとはいえ、火薬を積んでいればこれほどの威力になる。
そして、納屋の周辺は紅蓮の炎に包まれていた。
――1部分を除いては。
「……生き、てる?」
固く閉じた両目を開き、赤城は燃え盛る炎を眺めていた。そこに鏑木の姿は無い。数秒経って、自分が生きていることに気付く。
よく周りを見てみると、自分の近くだけは燃えていなかった。まるで赤城の周りにバリアが張ってあるかのように、無傷なのである。それは、彼の後ろ――つまり、納屋の唯一の窓がある側もそうだった。
爆風で窓は粉々になっているものの、そこに炎は無い。広範囲ではあるがあくまで燃えているのは、赤城に影響の及ばない場所だけだ。
「なんで、いや、助かったんだから喜ぶべきなのか……?」
戸惑いながら燃えていない方へと体を向けると、そこには綺麗な黒い瞳から血を流しながら、両手を広げて立っている少女がいた。
白いカーディガンには、爆風で浴びたのであろうガラスの破片が突き刺さり、血が滲んでいる。整った顔は、突き刺さりはしなかったものの擦過傷が見られる。
その少女は赤城の顔を見て、笑顔を見せた。
「ひ、氷川……ちゃん」
「こんな、繊細な範囲の指定……初めてですよ。爆発の、瞬間に、焔さんと私を囲むように、酸素を減らして……」
笑顔を見せてはいるが、かなり辛そうだ。時折咳き込んでいる。
氷川は鏑木が赤城の方に向かったことを悟ると、急いで来た道を引き返していた。赤城の居場所が分からず、がむしゃらに走っていると補給所の裏に出たらしい。そして、窓越しに赤城と鏑木が対峙しているのを見つけた。
赤城の意図に気付いた氷川は急いで『酸素増減』を発動し、赤城と自分を包むように低濃度の酸素の壁を作った。
炎の一番の燃料は酸素。それが無くなれば、必然的に炎も消えてしまう。だから、爆風こそ来るものの炎が彼らを襲うことは無かった。
そして今も。
「あまり、動かないでくださいね。下手に動くと、酸素が、無い場所に、そして、死にますよ」
「氷川ちゃん、そっちこそ死にそうじゃないか! 今すぐ能力を!!」
「……分かりました。正直、限界……です」
氷川は両手の力を抜くと、そのまま倒れてしまった。意識はあるようだが、話すことは出来ないらしい。
「氷川ちゃん!! くそ、俺が引き起こした状況とはいえ、周りは炎だらけじゃないか!!」
自分が死ぬ覚悟は決めたが、それに氷川を巻き込むわけにはいかない。それに、生き残ったのであればこれ以上無意味な死を選ぶ必要もない。
鏑木は死んだのだろう。あの状況で生きていられるわけがない。
「俺1人なら自分の炎を纏うことでこの場を離れることが出来るんだが……」
氷川を抱えるとなると、彼女に赤城の炎が引火してしまう可能性がある。そうなれば、氷川は炎に苦しみ、死んでしまう。
「どうすればいい、どうすれば!! あいつなら、終夜ならどうする。この子を救い出すために、あいつなら……」
『英雄』なら、どんな選択肢を取るのだろうか。
そこで、赤城は己の間違いに気付いた。
(そうだ、俺は終夜じゃない。『英雄』なんかじゃない。俺が選ぶのは、『俺の』選択肢だ!!)
一体どうすればこの炎の海を抜けられるか。能力は使えない。
(俺は……)
赤城は氷川をお姫様抱っこの形で持ち上げると、燃え盛る炎の中を走り出した。
炎が体に纏わりついてくるが、構わず走る。赤城はいつも炎を扱っているのだ、多少纏わりつくくらい我慢できる。それに気付いたから、赤城は走り出したのだ。
それに、これなら抱えている氷川にもあまりダメージを与えずにここを離脱できる。
「少し熱いのは我慢してくれよ……」
少年には、殆ど体力が残っていなかった。だが、氷川の顔を見ると自然と力が湧いてくるのだ。それが何故かは分からない。だが、今は走るしかなかった。湧き上がる力に逆らわず、少年は走り続ける。
少し火傷を負いながらも本部へと辿り着いた赤城を待っていたのは、顔もハチマキも服もボロボロになった成宮であった。