行間2
月宮早織と月宮早苗は『二重能力試行実験』が始まった時からずっと同じ家に住んでいた。
ホープの大通りの近くにある一階建ての一軒家。それが2人の家である。
実験が崩壊するまでは、休日の早苗の外出が禁じられていたため、休日に早織が家で1人ということはありえなかった。だは、黒神によって実験が崩壊した後、早苗も普通にでかけるようになった。今も、土曜日ではあるが、朝影と買い物に行くということで家には早織だけである。
「なんか、不思議な気分……」
早織は自室のベッドの上で寝転がったまま、何をするでもなくただ天井を見つめていた。
「でも、早苗が朝影さんとあんなに仲良くなるなんて意外よね。確かにあの時も仲良さそうにしてたけど」
早織は黒神と一緒に部活の買出しに出かけている時に朝影と早苗に会った時のことを思い出していた。
「そういえば、朝影さんって黒神君と同棲してるんだっけ……羨ましいなぁ」
あの時は建前上黒神に説教をしたが、今は本音を言える。恋する乙女としては、その相手が別の少女と同棲していることがかなり気になるのだ。
現時点では、黒神と朝影は恋人同士ではないようだ。さらに、朝影は黒神のことをあまり意識して内容に思える。しかし、黒神のお見舞いに行った時に早苗が言ったように、もし朝影が黒神のことを意識しだしたとしたら。
同棲とクラスメート。あまりにもハンデが大きすぎるだろう。
「……なんか悔しいかも」
呟きながら寝返りをうつと、窓の近くにかけてある男性用の白いコートが視界に入った。
コートは黒神のものであり、黒神の家に行った時に貸してもらった(黒神の意思は完全に無視されていたが)ものだ。実験崩壊後、黒神に洗って返すと言ったのだが未だに返せていない。
「まだ洗えてすらないし、早く返さないといけないんだけど」
朝影は立ち上がると、そのコートを手に取る。
まだ戦闘時についた土汚れがまだ付いている。実験崩壊直後は早苗の返り血が付いていたが、それだけは手洗いで落としていた。洗えていない理由は、なんとなく勿体無い気がするかららしい。
「まだ黒神君の匂いがする……って、やってることはただの変態よねこれ」
自覚はしているようだ。
だが、今は止める人間もいない。いくら常識人であったとしても、この状況で欲望に打ち勝つのは難しかろう。
早織はコートを握ったまま寝転がり、体をクネクネさせながらコートに残っている黒神の残り香(黒神は普通に洗濯していたはずなので、彼女の勘違いかもしれないが)を嗅いだ。
誰もいない家、このまま彼女は妄想に浸っていくのだろう。
だが、そこで予想外のことが起こったのだ。
「忘れ物っ!!」
「――っ!? さ、さな!!」
玄関のドアが勢いよく開き、忘れ物を取りに来たらしい早苗が急いで家の中に入ってきた。
ここで、この家が2階建てならば取り繕う時間があったのだが、残念ながらそうはいかない。しかも、なんの因果か、早織の部屋のドアは開いている。
姉妹で暮らしているからか、危機感が無かったのだ。さらに、早苗の忘れ物は彼女の部屋にあるらしく、早織の部屋の隣にある部屋に行くために彼女の部屋の前を通る。
「あ、お姉ちゃ……んっ」
「あ……えっと、これは……」
「…………」
しばしの沈黙。
先に口を開いたのは早苗のほうだった。
「お姉ちゃん、頑張ろうねっ」
早苗は笑顔だった。早織の行為に対して嫌悪感を抱いていないらしい。寧ろ、早織の想いの強さを確認したというような態度だった。
それが逆に早織には大ダメージだったらしく、彼女の目尻には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「え、お姉ちゃんっ?」
「早苗、あとで姉妹会議……」
「なんでそんなに悲しそうなのっ?」
「うるさい!!」
顔を真っ赤にしながら早織は叫んだ。そして、彼女の部屋のドアがもの凄い勢いで閉まる。中からはうめき声が聞こえてきた。
早苗は首を傾げて、
「私はただ応援してるだけなのになっ」
この姉妹は微妙なところで気持ちがすれ違っているのかもしれない。