第二章 ソノ覚悟ハアルカ(14)
その男は白い長袖のシャツに下はジャージという、寒くないのか心配になる格好だった。
全くセットしていないボサボサの長い黒髪、タレ目の下には隈を携えている。長身であるのだが、猫背で立っているためそれよりも低く見える。
20代後半くらいの男はポケットに手を突っ込んだまま地面に座り込んでいる赤城と氷川を見下ろしている。
「い、一体何が……?」
突然後ろに吹き飛ばされたことに赤城は驚いていた。目の前にいる男は手すら出していない。何らかの能力なのだろうが、それにしても普通ではない。
「あー、やべやべ。悪いな、突然ふっとばしちまって……まー勘弁してくれや」
ようやくポケットから片手を出して後頭部を掻き毟りながら、面倒くさそうに言った。
「お前、誰なんだ」
「そうか、貴様は俺様のことを知らねーのか。こりゃ失礼、俺様は闇野氷河だ」
その名を聞いて、氷川は全身から血の気が引いていくのが分かった。一方、赤城は聞き覚えのある名前に首を傾げていた。
「ほ、ほむ、焔、さん。闇野って、『黒』の……」
「闇野、氷河……」
ようやく、赤城もその名前を思い出した。
そう、成宮が教えてくれた名前だ。その時、成宮はこう言ったはずだ。
――『黒』のリーダーの名前を教えておこう。
「あ、あああああああああああ!!」
「おいおい、人の顔見ながら怖がることはねーだろ。あー、それとな、さっき言ったことなんだが」
そう言うと、闇野は赤城に近づき胸倉を掴んだ片手だけで彼の体を軽々と持ち上げた。闇野の目には氷川は映っていないらしく、気にもしていない。
そして、闇野は赤城の顔面に拳をめり込ませて、彼を殴り飛ばした。
「ぐ、はっ!?」
赤城の体は壁に叩きつけられてようやく止まった。鼻から大量の血が出ており、口から呼吸をするがその口の中も血が溢れている。
「確かに貴様は『人を殺す覚悟』をしたかもしれねーが、それだけじゃ足りねーんだよ。人を殺していいのは、『自分が死ぬ覚悟』をした奴だけだ。だから実際に人を殺したときに気が狂う」
顔を抑えて痛がる赤城に、闇野はゆっくりと近づいていく。
「まー、その程度の覚悟しか出来ねー奴は『裏』にいてもすぐ死んじまうからなー。せめて俺様に殺されることを誇りに思え。滅多に経験できねーぞ」
そう言って、闇野はポケットから銃を取り出し――