第一章 運命の邂逅(11)
コルンを脱出し、ホープの町へと戻ってきた。どうやら、コルンでの事件の情報はまだ入っていないらしい。駆け抜ける黒神と朝影を不審な目で見る者はいない。一瞥されたとしても、あのカップルクリスマスに駆け落ちかよ、くらいなものである。
(でも、超情報社会なのに情報が入っていないというのはおかしくないか?)
そう考えては見るものの、答えなど浮かぶはずがない。
黒神はとにかく自宅を目指して走る。
事情を知っている者が見れば、さきほどまで戦っていた2人が仲良く走り回っているという不可思議な光景である。
「着いた! はっ、はっ……さすがに、あの距離を走るのはキツイな」
ドアを開けながら黒神は言う。
電気を点けていないためか、太陽が照らす外よりも部屋は薄暗い。
「…………」
朝影は俯いたまま、黙っている。
「入れよ。聞きたいことが山ほどある」
黒神に促され、朝影は申し訳無さそうに部屋へと入る。
そして、2人は向かい合って床に座り、息を整える。
「一体、何がどうなってるんだよ。その、ああもう! 聞きたいことが多すぎる!! とにかく、まずは……お前は一体何者なんだ?」
朝影はもう拒絶しなかった。素直に、低いトーンで全てを語りだす。
「朝も言ったけど、私は外界の人間。そして、『エデン破壊論者』の1人」
「『エデン破壊論』、か。その意味は分かった。でも、どうしてエデンを破壊しなきゃならないんだ?」
黒神の質問に答える前に、朝影は彼の目をしっかりと見つめながらこう問うた。
「その前に。ここからはもう引き返せない。逆に言えば、今ならまだ引き返せるわ。それでも貴方は『こちら』に踏み込むの?」
「踏み込むの何も、もう無関係じゃないだろ。それに、逃げるのは俺の性に合わないんでな」
「……分かった」
次に朝影が放った言葉は、衝撃的なものであった。
「第四次世界大戦」
それの単語だけで、黒神が踏み込んだ世界がどれほど深いものなのかを実感させる。
「だ、第四次世界大戦?」
「そう。エデンはその引き金となるの。具体的には、その能力実験が」
「でも、他の国に対抗するための手段って話だろ? それがなんで……」
「日本の、いえエデンの実験は世界でも群を抜いている。抜きすぎてるの。つまり、日本が戦争を始めるためのピースは既に揃っている状態なのよ。その気になれば、今すぐにでも戦争を起こせる」
だから、と朝影は言葉を継ぐ。
「戦争を阻止するために、エデンを破壊しなきゃならないの」
「だけど、ならどうして日本は戦争をしないんだ? やっぱり国のトップが抑えてるからじゃないのか?」
「いいえ。実験がまだ『終了していない』からよ。それに、今の首相は戦争肯定派」
「……そうか、デバイスに頼っている以上はデバイスの不具合で戦えなくなることが多い。だから、それが無くなるまでは実験は終了できないってことか」
「その通り。ゲーム会社がゲームを発売する前にバグテストをするようなものね。だから、実験が終わっていない今のうちに、最大のピースであるこのエデンを破壊しなければならないの」
実験が終了してしまえば、日本はすぐにでも戦争を始めるだろう。世界を侵略するために。そして恐らく、その戦争に動員されるのは通常の軍隊ではなく、エデンの能力者たちだ。
それを阻止するためにエデンの破壊を掲げる――それが『エデン破壊論』。
「貴方も、賛同できるでしょ? そして、その『エデン破壊論者』の集団が『楽園解放』、私も所属してるわ。そうね、寧ろ貴方を勧誘――」
「断る」
「……どうして? エデンの破壊は、貴方たちのためにもなるのよ? 戦争に駆り出される運命から解放される。それが私たちの使命」
黒神は、静かだった。静かに、また明確な怒りを示していた。
「……何が不満なの? 私は! 私たちは貴方たちのために!!」
そして、その怒りが爆発する。
「ふざけるなよ。そんなのお前らのエゴじゃねぇか! 俺たちを解放する? そのためにエデンを破壊する? じゃあ、どうしてお前は解放すべき人たちを巻き込んだ!! コルンの町の、露店の、店主たちを! どうして巻き込んだ!!」
「――っ!」
「確かに、お前の言うことも一理ある。でも、だからってエデンを破壊するのは間違ってるだろ! エデンが破壊された後、俺たちはどうすればいい!? 住む場所も無く、生きる糧も失って、路頭に迷って死ねばいいのか? そんなのおかしいだろ! 俺たちが、エデンに住む人たちが何をしたって言うんだ。俺たちのエデンをお前らの勝手で破壊させるわけにはいかない!!」
「でも、このままじゃ戦争が――」
「だから、どうしてエデンを破壊するんだよ。本当に戦争を阻止したいなら、実験を止めればいい話だろ!?」
「あっ……」
「結局はお前たちのエゴだ。そんなことさせない。許せるわけがない!!」