第二章 ソノ覚悟ハアルカ(4)
「そういえば、さきほど黒神終夜と言いましたよね。確かその方はカントリーの事件で活躍された方では?」
「ああ、そいつだ。終夜も有名人だな」
「ニュースでは『英雄』扱いですからね。って、そんな方のサポートが目的ってことですか!?」
氷川はかなり驚いている様子だった。親友である赤城からしてみれば、彼が『英雄』になったとしてもそこまで驚くことではなかった。寧ろ、彼が能力者になったことの方が驚きだった。
氷川が淹れたお茶は2人とももう残っていない。氷川がおかわりを提案したが、赤城は遠慮した。そこで氷川は赤城の湯のみも一緒に台所へ持っていく。
彼女が湯のみを洗うのを見ながら、赤城は思った。
(なんか、夫婦みたいだなコレ。あれ、何だか恥ずかしくなってきたぞ)
赤城は黒神と比べればチャラチャラしている方かもしれないが、実際に女の子と2人きりとなればさすがに緊張してしまう。案外彼はピュアな人物なのだ。
「赤城さん? 顔赤いですよ」
「い、いやぁ! お、お茶を飲んだからちょっと熱くなってきたな!!」
「真冬なんですけど。しかもここ暖房ないからかなり寒いんですが……」
赤城は慌てて話題を変える。
「つ、つーかさ。氷川ちゃんはどうして『白』を選んだんだ?」
「だからちゃんづけは止めてくださいってば! で、どういう意味ですか?」
「だって、氷川ちゃんの目的は親友の捜索だろ? だったら、別に『黒』でも良かったんじゃないかって」
そう、氷川の目的に実験は関与していない。つまり、『白』と『黒』のどちらを選んだとしても彼女の目的遂行に影響はないのだ。
「これは、私の目的とは違いますが……私は反エデン派ですから。確かに選んだときは何となくでしたが、今は『白』を選んでよかったと思ってます。人が死ぬのは、嫌ですから」
氷川は湯飲みを小さな食器棚に直す。
彼女も自分で言っていた通り、『裏』に来てから人の死というものを目の当たりにしている。『白』にいる人間の殆どが、それを見てそれぞれの決意を固くしているのだろう。
「私はこれまで誰かと組んだことはありませんから、『白』の作戦に参加することはありませんでした。ですが、今後は……」
そこまで言って、氷川は言葉を詰まらせた。手を洗っていたため、彼女の表情は見えなかったが恐らく顔が強張っているだろう。
「人を、殺さなければならないかもしれません」
作戦に参加することには、そういう意味がある。
「それが嫌で私はパートナーを勧められても拒否してきたんですが……」
「え、じゃあなんで俺と?」
「え!? あ、いえ、その……そ、そうだ! 流石にそろそろ作戦に参加しろって言われてですね。本当ですからね!? 神に誓って本当です!!」
何故彼女が焦ったのか赤城には分からなかった。手を洗い終わってテーブルに戻ってきた氷川は腕を組んで、口をヘの字に結んでいた。心なしか、顔が赤い気がする。
「でも、俺も氷川ちゃんも目的を持ってる。『裏』でそれを達成したいなら、生きていかなきゃならない。そして、生きるためには敵を殺さなければならない……リーダーからそう言われたよ。正直、まだ納得はいってないけどな」
「私も同じことを言われました。ですが、本当に敵を殺さなきゃいけない場面では躊躇してしまうかもしれません」
氷川が一体いつから『裏』にいるのかは分からないが、やはり人を殺すことには抵抗があるようだ。それを聞いて、赤城は安堵の息を吐いた。
「己が死なないために敵を殺す。確かに立派な口上だけどな」
そんな話をしていると、ドアを叩く音が聞こえた。
赤城が立ち上がって、ドアを開けるとそこには成宮が立っていた。
「突然ですまない。2階に来てくれ。作戦の説明をする」