第二章 ソノ覚悟ハアルカ(1)
帰路では、襲われることはなかった。
そこで2人が話すこともなかった。
『白』の本部に戻ると、中には数名のメンバーがいた。各々笑顔で話していたり、真剣な顔でシャドーボクシングをしていたりと、行動はバラバラである。
「帰ってきたか、2人とも」
奥の方から成宮が近づいてくる。それを見て、1階にいた全員が赤城の方を向いた。新しいメンバーに興味を示しているらしい。
「焔君、その様子だと『裏』のルールを目の当たりにしたようだね。最初はみんなそんな顔をするよ」
成宮は階段を上るよう促した。赤城は何も言わず、俯いたまま彼の後に着いていく。狩矢は一緒に来ようとしなかった。彼なりの配慮だろう。
会議室に入ると、成宮は壇上ではなく近くの椅子に座った。その隣の椅子に赤城も座る。
「さて。今の気持ちを聞こうか」
成宮は足を組み、椅子の背にもたれるような格好をした。
赤城は小さな、震える声で答える。
「正直、決心が揺らいだ。俺は、親友を、終夜を助けるんだ。そのために『裏』に来たんだって、思ってた。でも、人が目の前で死ぬなんて考えもしてなかった……あの子だって、生きてたかったはずだ。それに、家族だっているだろ。なのに、俺は彼女が死ぬのを黙って見てるだけだった。助けを請う声にも応えられずに……」
成宮はじっと赤城を見つめながらも、静かに彼の話を聴いていた。
「あの子に申し訳ない。確かにそれも思った。でもそれ以上に、それ以上に……」
そこで赤城は声を詰まらせてしまう。成宮は全てを察したのか、優しい声色で彼の代わりに言葉を継ぐ。
「自分もああなるっていう恐怖感が芽生えた、というところか?」
「…………」
「でも、君は殺される恐怖を味わったはずだろう。『楽園解放』のリーダーと戦った時に」
「でもあの時は、誰も死ななかった」
そう、死の恐怖はそれを目の当たりにしたときに訪れる。神原との戦いでは大怪我をしたものの、自分の目の前で誰かが死ぬなんて事はなかった。もしもあの時、あの場にいた誰かが死んでいたら、赤城は『裏』に行こうなんて考えなかったかもしれない。
行き場の無い恐怖。そして、あのセーラー服の少女よりも自分を優先してしまっている罪悪感。
様々な感情が赤城の中を走り回っている。
「真にも言われたかもしれないが、『裏』に初めて来た人間はみんなそうなる。中には死ぬのなんか怖くないって豪語するやつもいるが、やはり死を目の当たりにしたときには頭を抱えてたよ。そして、己のことしか考えてない自分に気付いて、罪悪感に苛まれる。寧ろそれが正常なパターンだ」
そこまで言って、成宮は立ち上がった。そして、未だに俯いている赤城の横に移動して、彼と頭の位置を合わせるためにしゃがんだ。
「だから私はいつもこう言うんだ。自分のことを優先して何が悪いんだ? と」
その言葉に、赤城はバッ! と成宮の顔を見た。天然が発動したのかと思ったが、彼の目がそうじゃないと告げている。
「いいかい、君の目的は親友を救うこと。それは間違ってないだろう。というか、『裏』に踏み込む理由なんかどうだっていい。理由がある、それだけで正解だ。じゃあ、その目的を達成するのに最も大事なものは何だ? 金か、力か、強い意志か。いいや、全て違う。問おうか。ならば一番大事なものは何だ」
「……命、だ」
実際、目的を達成するのに力や意志は必要かもしれない。だが、そもそもの話、その目的を達成する前に自分が死んでしまっては意味が無い。
命があるからこそ、目的が達成されるのだ。詰まるところ、この世で最も尊いものは自分の命なのである。
だから人は生にしがみつき、死に抗う。
「他人を救いたいのなら、まずは自分が生きることだ。そして、そのためなら手段を選ぶな。敵を殺してでも生き延びろ。欲張るな。全てを救う、なんてのは英雄にしかできない。そして『裏』には英雄なんかいない。いるのは、生を渇望する醜い人間だけだ」
成宮は一呼吸置いて、
「誰かを救いたくば、生きろ。まあ、君にも大切な人が出来れば分かるさ。そう、大切な人がね」
そう言い捨て、成宮は1階へと下りていった。『大切な人』、成宮が言ったその意味を、まだ赤城は理解しておらず、1人になった部屋でしばらく俯いていた。