行間1
その日、黒神は病室のベッドの上にいた。まだ、退院許可が下りていないのだ。
「暇だ。つーか、まだ冬休みの宿題終わってないぞ……? マジで大丈夫なのか、俺」
終わっていない、というよりは終わらせる時間が無いと言った所か。自業自得のような気もするが、黒神にはそう言い訳するしか道は残されていない。
昼間ということもあってか、ちょうど黒神の病室から見える広場はこの病院の患者やその家族などで賑わっている。
「…………」
「何寂しそうな顔してるのよ」
窓の外を眺めていると、病室のドアが開いて、朝影が入ってきた。彼女の手にはケーキの入った箱が握られている。朝影は箱をベッドの近くに置きながら、そう呟いた。
「別に、何でもないさ。お、ケーキじゃねぇか!!」
「貴方の甘い物好きは、女子でも引くかもしれないわね」
「え?」
「って、いつの間に箱を開けて――!? ちょ、それは私の!!」
黒神は既に箱の中からチョコレートケーキを取り出していた。それだけなら、朝影と一緒に食べるために取ったと考えられるのだが、あろうことか彼は中に入っていたプラスチックのフォークも取り出していたのだ。そして、それをケーキに刺していた。
「油断も隙もあったもんじゃないわね……あの戦いで貴方を見直したのに、裏切られた気分だわ」
「そこまで言うことないだろ……」
分かりやすく落ち込む黒神を横目に、朝影は椅子に座った。そして、ケーキを食べ始める。
(ん、流石に言い過ぎたかも?)
少しばかり心配したが、黒神は苺のショートケーキに夢中になっていて、気にしている様子は微塵も無かった。
(た、単純すぎる!)
いつの日か、戦っている敵からケーキを渡されて油断したところを攻撃されるのではないだろうか。
「なあ朝影、俺にはまだ実感が無いんだけどよ。どうしてエデンは、日本は戦争をしたがってるんだ?」
黒神は視線を再び窓の向こうに移しながら尋ねる。
「政治家たちの考えなんて分かりたくもないわ。でも、ああいう連中はいつでもトップに立ちたがるものよ。自分の上に誰かがいるなんて耐えられない。だから、自分が一番上に立つ。腐った思想ね」
「第三次世界大戦を経験しても、その考え方は変わらなかったのか。そもそも、日本人は反戦を訴えてたはずだろ? それがどうして……」
「200年もあれば、人間は変わる。それに第三次世界大戦は、日本が主体ではなかったわ。巻き込まれた、って形になってる。そこで何が起こったのか、正確なことは知らないけど、それが反戦思想を変えるきっかけになったのは確かよ」
「人が死ぬんだぞ、戦争って」
「そうよ、だから止めなければならない。それが、『知ってしまった者たち』の使命」
もしも、本当に第四次世界大戦が始まってしまったら。そう考えると、黒神は背筋に寒気を感じた。
自分がしていることは、否、しようとしていることは、エデンの人間からすれば敵対行為かもしれない。だが、エデンが目指す先に戦争しかないのならば。
彼は拳を握り締めた。そして、もう一度決意を固める。
「俺はエデンの実験を止める」
「俺『たち』……でしょ?」
朝影は優しく微笑んでいた。それを見て、黒神も笑みを浮かべる。
日差しは、先ほどよりも強くなっていた。