第一章 初心者ノタメノ説明書(11)
「お、おい真。どど、どうしたんだよその人」
震える指を狩矢の右手に向けながら、赤城は尋ねた。
「殺したんですよ? 敵ですから」
それが当然であるかのように、彼はきょとんとした様子で答えた。そして、右手を離す。すると男の体が地面に落ち、うつ伏せになった。
「殺した……?」
「あれ、その少女まだ生きてるみたいですね」
狩矢の顔が、赤城の足元に倒れている少女に向けられる。彼は真面目な顔をしていた。その顔を見て、少女は声にならない悲鳴をあげる。
「待てよ、この子はもう戦う意志が無い。殺す意味なんか無いだろ」
「……? 焔さん、一体何を仰ってるんですか。殺す意味、そんなのこの子が敵だから……で十分では?」
赤城には、狩矢の言っていることが理解できなかった。唖然としている赤城を無視して、狩矢は懐からハンドガンを取り出した。
そして、次の瞬間。
彼は躊躇なく引き金を引いた。
「あ、あぁぁぁぁああああああああああああ!! た、たふけ、いやぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」
狩矢は何度も引き金を引く。その声が途切れるまで。その度に、少女の顔や手、胸に穴が空いていく。そしてそこから血が吹き出していった。
最初、少女の体は釣られた魚のように跳ね回っていたが、次第に小刻みな震えに変わり、絶叫が消えていくに連れその震えも止まっていった。
最終的に、全身が赤く染まった少女は動かなくなってしまった。
見開かれ、血走った目には大量の涙が浮かんでいる。また、彼女は許しを請うかのように片腕を伸ばしていた。
「は? ……は?」
動かなくなった少女と、ハンドガンをしまう狩矢を何度も見比べる。赤城が状況を把握するのに、数秒を要した。
ようやく状況を理解した赤城は狩矢の胸倉を掴んで、彼の体を壁に叩きつけていた。
「痛いですね。何するんです」
「こっちの台詞だよ。なあ、何でだ。何で殺した!!」
「殺さなければ、死ぬのは焔さんです」
「あの子に戦意は無かった! 俺が殺されることなんて!!」
「どうしてそう言いきれるんですか。顎を砕いたくらいで、彼女の戦意が削がれたと? あのまま暢気に背中を見せていれば、彼女は懐に持っている銃で焔さんの頭を打ち抜いていましたよ」
「お前こそ、どうしてそう言いきれるんだよ」
「それが、『裏』という世界です」
狩矢は真剣な眼差しで赤城を見つめていた。彼は胸倉を掴む赤城の手に両手でそっと触れて、
「その程度の覚悟も無いのなら、『裏』では生きていけません。僕は焔さんが覚悟を決めているものだと思っていましたが」
「…………」
「まあ、これ以上責めはしませんよ。僕も最初はそうでしたから」
そう言うと、狩矢は今までの彼からは想像も出来ない程の力で赤城の手を掴み、力ずくでその手を胸倉から離した。
「さて、戻りましょうか。詳しい話はそこで」
乱れた服装を整えると、狩矢は歩き出した。
赤城は死んでしまった少女に目を向ける。さっきまで得意気だったり驚いたり恥ずかしがったり、色んな表情を見せていた少女が、いまは苦悶の顔を浮かべたまま動かない。
この少女に特別な感情など無い。ただの顔見知りレベルだ。だが、それでも。
「分かり合えたと思っていたのに。俺も、終夜と同じように……!!」
怒り、悲しみ、不安と様々な感情が彼の中を駆け巡る。それに耐えられなくなった赤城は、その場に跪いて絶叫した。
涙は出ない。ただただ、吼える。その咆哮を聞いて、狩矢は暗い表情を浮かべて立ち止まった。
「焔さん、貴方が選んだ道はこういう道なんですよ」
その呟きが赤城に聞こえることはなかった。