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呪いの人形とご当地ヒーローに任せときゃーて!  作者: 上野衣谷
第二章「対決! 怪人古墳女!」
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第9話

 商店街に奇妙な噂が流れだしたのはちょうどその時だった。噂は二つ。


「うちも、そろそろ潮時かなぁ」


 と、口にするのは、商店街にある喫茶店の店主。年は六十近い。こう話すには訳がある。息子は働いているし結婚もしている、孫もいる。喫茶店は、客入りがさほど少ない訳ではないが、この客入りでは、利益は微々たるもの。

 息子夫婦のために店を売って……というように考えているのだった。

 そんな店が、ここに来て、何故かやけに増えているというのが噂の一つだった。原因は鉄志には、まだ分からない。何件か、そういう話を直接耳にしたり、時計屋越しに聞いたり、はたまた風の噂で聞いたり、とにかく、客入りがここに来て特別減ったという訳でもないのに、そういう店が増えているということ。

 商店街の客の多くは、地域に昔から住む人たちの層であり、それらの人々が減っているという訳では決してないのだ。その点が、この噂に関して、鉄志が納得できない理由だった。タイミングがおかしいのではないか、と思うのだ。

 そしてもう一つ。こっちは、鉄志にものすごく心当たりがある。

 シャツにジーンズ姿の若い美人さんが、商店街に頻繁に表れて、住民たちと世間話をして去っていくということ。ただ特徴のない人が世間話をするくらいならこんなことは噂にならないだろうが、その身なりが特徴的であり、かつ、世間話をしたがるのに買い物をしていかないというちょっとした迷惑さがこの噂を商店街全体で認識するものたらしめた。

 商店街の人達の話によると、


「あれは、疫病神だ」


 とか、


「あれは、幸福の女神だ」


 とか、言う噂になっている。鉄志の口から、


「いや、あれは、ただの古墳大好きな変な人です」


 と説明しようものなら、あっという間に鉄志自身が変な人扱いされそうなので、その説明はしない。あの人がどう思われようが、鉄志にとっては知ったことではなかったからというのもある。

 この二つの噂が流れだしたのはちょうど同時期。ひょっとすると、本当に疫病神という話はあっているのではないかと疑いたくもなってしまう。

 こんな噂が流れていたものだから、時計屋に呼ばれて準備をし終えた後、繰りだされた次の話は、鉄志にとって、非常に大きなものだった。


「今度、市から、商店街に対して、今後についての説明会があるみたいよ。そのお知らせが明日くらいには届くみたいなんだよねぇ」


 その言葉を聞いた時、色々な予想が頭を駆け巡った。

 市から、今後についての、説明会。これだけの言葉で十分も十分。

 そして、時計屋の言う通り、はがきが店に送られてきた。一通の説明会の通知。内容は、商店街の今後について、とだけ記されている。日付と時間、場所が明記されており、商店街に店を持つ方々はご協力お願いしますという記載。

 鉄志は迷った。本来なら、鉄郎が行くべき説明会だ。ひとまず、この事を鉄郎に相談すると、


「ああ~、あら、あら……」


 というなんとも微妙な反応。だが、鉄志が、俺が代わりに行く、というよりも前に、


「鉄志、行きたそうな顔してるな? いいぞ、代わりに行ってきてくれて。その間、いちまちゃんと店は俺が見とくから」


 と言われてしまったので、反論する余地なく、その言葉に従うことにした。




 説明会の日。場所は、あまり新しいとは言えない市役所の中のある会議室。壁がところどころ剥がれており、そろそろ建て直しか何らかの手段を検討した方がいいのではないかという見かけ。

 まだ開始まで十数分あるが、早くもほとんどの人は揃っている。会議室の前方には、説明者が立つらしき場所が用意されており、そこに向かって座れるように、パイプ椅子が並べられている。入口では、市の職員の人が出欠確認のため名簿にチェックをしている。ほとんどの店の人が揃っているようだった。店を閉めるにはいかない人達は、代わりに奥さんが来ていたりする。

 中にはスーツ姿の人もちらほらいる。これは、商店街内にある、チェーン店の居酒屋だったり、事務所として店舗を使っている人だったり、学習塾といったような、昔から商店街に店を持つ層とは少し違う層の人たちだ。

 鉄志は会議室に入る。ピリピリとした空気が流れていた。この場にいるほとんどの人が、この説明会の内容を分かっているからだろう。かくいう鉄志も、あまり心穏やかな気分ではない。

 それ故か、前方のパイプ椅子は、全て埋まっており、空いているのは中ほどより後ろの席。席に座っている人達は、当然ながら、皆顔見知りばかり。一部知らないのは、関係が薄い、昔から商店街に店を持つ層ではない経営層。

 少し多めに席が用意してあるのか、後ろの方の席は空きが目立つ。

 だから、分かった。一番後ろの席に、見慣れた姿の女性がいることが。何故いるのかは分からないが、彼女は紛れもなくメリッサその人だった。今回の説明会に何か関係があるのだろうか。新しく店でも出すのだろうか……。

 疑問が疑問を呼ぶが、話しかける訳にもいかない。その横には、一人のスーツ姿の初老の男性。こっちは、鉄志は見たことのない人。他のスーツ姿の人達は、さほど興味がないのかあまり前方には座っていないことから考えると、この人が一番後ろの席に座っているのはそこまで大きな不自然ではない。だが、鉄志は、何か他の人達とは違うオーラを感じた。二人が一番後ろの席で隣あって座っていることから、メリッサの知り合い、のような感じがする。友人にしては、年が離れすぎているようにも見えるが。

 そんな二人を見つつも、鉄志はなるべく前の空いている席に着いた。

 前の方に座っている人達から会話が聞こえてくる。


「俺は、絶対死ぬまでこの商店街から動かねぇんだ。そうだろ? なぁ?」

「おう、もちろん。俺だってな、伊達に何十年も店持ってるって訳じゃねぇからな。ガツンと言ってやろまい」


 息巻く二人は、八百屋と肉屋の二人。肉屋は、最近新しく余った肉を使った惣菜の販売も始めたようで、その自慢のコロッケが雑誌に取り上げられたとかで、たまに外からの人もやってくるくらいには客足があったりする。

 そんな二人の会話は、あたかも会場全体の雰囲気かのように、少なくとも鉄志には見えた。

 そうして数分が過ぎ、後ろの扉が市の職員によって閉められ、前から二人のスーツ姿の男が入室してくる。片方は四十前後、もう一人は若く、まだ二十五歳くらいだろうか。商店街メンバーたちと対峙するようにして一礼してから、用意されていた席に着く。

 その二人の一人、若い方は、手元のカバンから紙の束を出すと、立ち上がり、部屋の後方に待機していた、受付をしていた職員にも等分して手渡し、二人で手分けして、パイプ椅子に座する商店街メンバーたちに配っていく。


「えー、今、お配りしたのは、今回の説明会に関する資料です。えー、ご記載の通り、まず、私の方から、今回の説明会の主旨、内容をお話させて頂きまして、えー、その後、質疑応答へと移りたいと、考えております」


 入室してきた職員のうち、老けた方が、事務的な態度で話をする。

 商店街メンバーも、まずは話を聞こうじゃないか、という態度で、話を聞いていた。

 内容は、鉄志が予想していたようなものにほとんど近かった。

 近年の商店街の客足の伸びの悪さは残念ながら深刻なものとなっており、機織感謝祭の勢いも年々弱くなってきているということ。今年度から、二日にしようという声も上がっていて、現在調整中だということ。また、それらの理由から、商店街の存続を危ぶむ声が多く聞かれており、それに伴って、ある筋からショッピングモールを建設したいという要望が来ているため、その方向を商店街全体と市で一体になって考えていかないかという話。

 最初の方の話こそ、全員大人しく聞いていた。事実その通りであり、商店街メンバーの多くか危機感を抱いていた問題だからだ。その間、会議室内に響くのは、職員の説明の声と、古い冷房機器の発する空調の音くらい。

 しかし、後半に入ってからはそうはいかない。怒号が飛び交うということはないが、前方の席では、おいおい、いやいや、それはないよぉ、といったような批判めいた野次がちょくちょくと入る。隣同士でひそひそと話し始める声もあり、室内は、騒がしくなった。

 けれども、そんな様子に対しても、市の職員はあまり動じることなく、淡々と説明を続けていく。まるで演説をしているかのように、それらの批判は関係ないといわんばかりに、淡々と説明は続けられる。お役所仕事と批判されても仕方ないようなドライな対応だ。

 それに腹を立てるのは、当然、前の方の席に座っていた、今回の説明会に対して何か一つ文句を言ってやろうと思っていた人達だ。長々とした説明が終わりを告げ、聞いている側は疲労困憊している──ということはなく、質疑応答の時間に入りますという宣言があってすぐ、何人もの人が手をあげる。

 まずは、肉屋、


「うちはね、そんなの絶対に反対ですよ。今まで一緒に祭りを盛り上げたりしてきた市の人がね、こうやっていきなり手のひらを返したように、商店街はもうだめだからなんて言われたら、そりゃあ怒りたくもなりますよ!」


 鉄志も、うん、うん、と頷く。鉄志も言いたい事はあるが、まずは、大人たちの雄姿を見届ける。


「えー、ですので、それは、話し合いを進めていってですね……」


 説明者の職員が、いかにも面倒くさそうに返すので、肉屋は余計に腹を立てる。


「話し合いも何も、今後も自分たちは、自分たちで頑張っていきたいと思っていますよ、それをね、こんな、説明会だなんて。まるで決まったことかのように!」

「えー、そういった意図はないのですが、ご理解と、ご協力をですね……」


 そして、反対派のもう一角、八百屋も口を開く。


「自分は、八百屋一筋でずっと店をもたせてやってきたんですよ、それにね、機織感謝祭の日程の削減も酷い話じゃないですか? 勢いがなくなっているのは事実かもしれない、だけど、今年は、若い子が自分から実行委員をやるって準備進めてるんだよ、それをね!」


 鉄志は、自分の名前が出てきて、少し驚きつつも、八百屋がそれを認めてくれて喜んでいてくれたのかと思うと少し嬉しくもある。そして、自分が言いたかったことを代弁してくれたことにもありがたく思う。そう、鉄志はそのことを一番言いたかったのだ。けれども、職員の回答は実にドライ。


「その件につきましては、えー、話し合いで決めていきたいと思っていますので……」

「話し合い話し合いってね……だから、そんなのは、関係ないって言ってるじゃないですか」


 やりとりは不毛で、押し問答。商店街メンバーの反対は、まるで見越していたかのような対応だった。

 反対は仕方ない。反対されることは想定済み。そのうえで、説明会という場を開いたのだ、まるでそんな対応。鉄志がそう感じたのは、市の職員側から、なんら説得するような様子が見えないことからである。

 この背後に何があるのか、それは分からない。けれども、反対を予想されているのに、それに対する反論を持ってきていないのは、一体どういう理由なのか。

 考えられる可能性は大きく二つ。

 一つは、説明会は義務的なもので、商店街のメンバーが反対しようがしまいが、ショッピングモールの建設に市は力を貸すという宣言。この場合、商店街メンバーに求められるのは、厳然たる反対運動だろう。鉄志も、できる限りのことはしたいと思っていたし、この場合、商店街メンバーが自らの店を手放さなければいくらでも対抗のしようがある訳で、反対活動を維持していけば、商店街は守られる。時間切れで勝つのは商店街だ。最初から商店街有利な戦いと言えるだろう。

 問題は、もう一つのパターン。それは、市が、反対はそのうちなくなると考えている場合。

 鉄志は、薄々、何故だか、そんな気がしていた。押し問答をしている様子、会話を聞きながら、ふっと周りを見てみる。ほとんどの人は、その会話を食い入るように聞いている。きっと、その人達も、声を大きくあげてはいないけれども、反対の意志を示す人達なのだろう。

 一方で、ほんの数人だが、あまり興味なさそうに会話を聞いている人達もいる。これが、鉄志になんとなくの不安を与えている原因だった。

 この人達は、心の中では、別にどっちでもいいと思っているのではないだろうか、という不安。

 市は、もしかしたら、こういう人達が増えると思っているのではないだろうか、という結論に結びつく。それ故に、今、説得するような素振りを見せていないのではないかと思うのだ。

 何の根拠もないし、何が起きたら市が望む結果が訪れるのか、鉄志には全く想像がつかない。だからこそ、余計に不安なのだ。

 話し合いは、より、音量を上げていく。


「えー、ですから、機織感謝祭の日程につきましては、市の方で検討してですね」


 この発言に、鉄志もいよいよ、意見をしたくなる。

 市の方で検討とは一体どういうことなのか。機織感謝祭は、確かに市の協力も借りて実現している一大イベントである。広告の分野での市の力は偉大だ。運営にも市の力を借りるところは多い。しかし、だからといって、機織感謝祭の企画を担っているのは、商店街のメンバーだ。

 それを、市の方で検討とまるでこちらの要望は関係ないかのように言われては、流石の鉄志も黙ってはいられない。

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