第4話
翌日。鉄志はいつものように、レジ後ろのカウンターにて、店番をしながら勉強をする。相変わらず集中できないのだが、集中できない一因としては、
「……なにかや?」
間違いなく、このいちまがあげられるだろう。いちまは、鉄志に用意してもらった椅子に座って、鉄志の横にじっとしている。じっとし過ぎていて、さながら人形のようだ。人形だった。
いちまがいなかったとしても、集中できていたかどうかと言われれば、そうとは限らないが。それにしても、何故、この呪いの人形はああもすんなり鉄郎に受け入れられたのだろうか。どうせ集中できないならば、と少し話でもして、抱いていた恐怖心を少しでも解決することを試みることにした。
「なぁ、いちさん。いちさんって、何か呪力とかあったりするの? こうー、人を呪い殺せる、とか」
さすがにそんな能力があるのなら、ここに置いておくのはさすがに怖いから。
「そんなもんあらすかあ」
アラスカではない。ある訳がない、という意味である。この辺りの人間の老人はまだこういった言葉遣いをする人が多く、また、祖父祖母もそういった言葉遣いだったためか、鉄志にはある程度理解することができる。鉄志からしてみたら、もっと東北だとか、南の方だとかの方が、よっぽど何を言っているのか分からないのである。
そして、一つ思い当たる節がある。いちまの言葉遣いが明らかに方言であるということは、必然的に、このいちまという存在が外部からの存在であったり、新しい存在であったりする可能性が低いということだ。呪いの人形と呼んでいたものの、そんなに多くの場所を旅してきたようには考えにくい。
「ところで、鉄志。うちも、鉄志に聞きたいことがあってなぁ。この店、客が来ぉせんけど、大丈夫かね?」
痛いところをついてくる。昨日食事の時、怖い顔、もとい、寂しそうな顔をしていた会話に関係するのだろう。
「んんー、大丈夫、って胸を張って言える訳じゃあないんだけど……。まぁ、注文もらってものを売ってはいるよ、一応ね」
そう言って、そういえば、もう一つ言っておかなければいけないことを思い出す。
「そういえば、いちさん、お客さんが来たら、人形として動かず話さずじっとしててね……」
「なんでえ?」
「……とにかく、なんでもです!」
理屈を説明するのがいまいち面倒くさくなった。
「なんでか知らんけど、分かったわ」
やけに物わかりの良い辺りは、非常にありがたい。
「やけど、一つ聞いてちょうす?」
「なんですか?」
「店に、もっとお客さんを入れてちょうよ。子供んらとか」
その時のいちまの顔は、少し寂し気で、どこか、儚げだった。だから、鉄志は叶えてあげたいと思った。しかし、こればかりは鉄志の力では、今すぐにはどうしようもない。もちろん、鉄志としても、今自分が店を預かっている訳だから、少しでも店を繁盛させたい思いはある。
子供たちが全く来ないという訳ではない。平日の夕方、休みの日など、たまに来るには来る。近所の子たちは、気軽にどのゲームが最新かだとか、新しいカードを買いに来ただとか言いに来る。だが、その頻度は確かにかなり低い。きっと、いちまは納得しないだろう。
「ところで、なんで、いちさんは店にお客さんが来てほしいの?」
「そうやね、昔んのこの店の繁盛っぷりをまあいっぺん見てみたぁーからねぇ」
鉄志はなんとなく想像した。きっと、いちまというのは、昔からこの店を見てきた何かなのだろう、と。そして、ほとんど確信した。いちまは、少なくともこのおもちゃ屋みやしたに危害を加えるような存在ではないだろうということを。だからといって、店に来る客をどうこうできる訳でもない。
「あー、そうだ、いちさんの力でお客さんを呼ぶとかできないの? ほら、呪いパワーでさぁ、店の前を通った客は全員立ち入るみたいな」
できる訳ないだろうが、雑談ついでだ。
「できるよ?」
「さすが呪いの人形だぜ」
伝統の玩具の持つ謎の技術に息巻く鉄志。
「じゃ、じゃあ、さっそくやってみてよ! ほら、ほら!」
時間は昼過ぎ。平日のこの時間はまだまだ客足はほとんどない時間帯だ。
「よし、待っとりゃーせ! んんんん、はっ」
なんだか気が抜けそうな掛け声と共に、ばっと辺りに光が拡散するといったような変化もなく、かちかちという静かな時計の秒針の音だけが店内にこだましている。
「…………」
「…………」
なにも起きないじゃないか、というにはまだ早いのかなとちらりといちまの方へと視線をやる。いちまは目を閉じて、んんんと唸っている。大丈夫か。なんかやけに苦しそうな様子だが。ああ、そろそろ冷房をつけないといけない時期かなぁと思いつつ、店の外を見る。人通りはほとんどない。たまに通るのは昼休みか何かであろうスーツ姿のサラリーマンやOL。駅付近ということもあり、オフィスも何件かあるこの街で、商店街へと昼食を取りにきている人達だろう。貴重な商店街のお客さんである。
さすがに、このオカルトじみた人形であっても、客を呼ぶというこれまたそれ以上にオカルトじみたことは出来ないんだなと諦めかけたその時だった。
「こんにちは~」
店のガラス製の若干開けるのに力が要る扉が開く。入ってきたのは小さなお客さん。小学生くらいの男の子だ。
「いらっしゃい~」
鉄志は驚きつつも、その子を迎える。ふつうなら学校がある時間帯なのだが……。
「今日は学校早く終わったんですよ、お久しぶりです」
その客は、そういえば、昔も来たことがあっただろうか? あまり覚えていないが、相手が言うのならそうなのだろう。地元に住む子供のお客さんは、このおもちゃ屋みやしたのわりと重要な層を占めている。ネット通販を許されていない層も多く、また、子供ゆえに、遠くの安い小売店へ行くという選択肢も取りにくいからだろうと分析していた。
「今日は何か探しもの?」
普段はそんなに積極的に接客するという訳でもないのだが、挨拶して入ってきたということや、いちまが呼び寄せたかもしれない客ということから、鉄志は立ち上がって近寄りつつ問う。
ちらりと視線をいちまの方へと移してみると、大人しくしているようで、微動だにしていない。よかった。目は閉じているけど、やはり人形でも目を開けたまま動かないというのは難しいからだろうか。
「実は、プラモデルを作りたくて、あの、前作ったことはあるんですけど、色とかも自分で塗りたくて……!」
今時珍しいなと思いつつ、それなら、とプラモデルを作るに必要な道具をちょいちょいとチョイスしていく。
「初心者なら、この辺があれば、一通りは満足いくはずだよ。後は、もうちょっと専門的になってくると今店に置いてないようなのが要るけど、必要ならきちんと取り寄せるから」
こういうところは、おもちゃ屋という単体の店、かつ、エキスパートが店主としてしっかり存在している店の一つの強みでもある。もちろん、ネットで調べればすぐに事足りる事かもしれないが、こうして人から直接色々と知識を教えてもらうというのは、入門としては非常にありがたい点なのだ。
「何かわからないことがあったら、また来てね。別に買い物しなくても、聞きに来てくれるだけでも大丈夫だから」
鉄志は、少し久々に客と話をしたなと思いつつ、子供のお客さんを見送る。
鉄志自身は、プラモデルを作ったことは何度もあったし、その良さも話せる。今でこそもう作ることはないが、小さい頃からこうもおもちゃに溢れた生活をしていれば、必ず一度は手を出してしまう代物だ。ゆえに、最近の客離れは少し悲しくもあるが、一方で、ゆえに、さっきのような出会いがより楽しくもあった。
客が完全に店を離れて行ったことを確認し、カウンターの席に戻る。
「おーい、もういいぞ。話しても」
一応、いちまに客がいなくなったことを伝える。
「おぉ、ほら、来たやろ?」
ううぅん……悩ましい。
「いやぁ、一回じゃなぁ……偶然ってこともあるかもしれないし……」
「一日一回が限界だでなぁ」
えぇ、力よわっ。呪い殺されることはないなということは良くわかったし、そう考えると、さっきのように力を使ってくれると考えると、やっぱりこの人形、全然呪いじゃなくてむしろ幸運の人形なんじゃないかと思えてくる。いつも一人で店番している自分の暇つぶしもしてくれるし……。いや、違う、勉強しないといけないのに妨害されてる気がするからやっぱり幸運じゃない! 騙されるところだった。
「じゃあ、また明日で……」
さらに翌日。
昨日よりは勉強に集中することができ、午前中はなんとか集中しきることができた。よかったよかった。その間、いちまもずっとおとなしく虚空を見つめるような目つきで座ってじっとりとどこかを見ていたが、少し怖かったのは言うまでもない。逆に、その恐怖心から、集中できたのかもしれない。
昼を過ぎて少しした頃。夕方くらいだ。
「よし、じゃあ、今日も客を呼んだろかね」
いちまがそう宣言する。力が回復したのだろう。
再び、しばらくの時が流れる。相変わらず効果が出るのが遅いところが気になるところだ。しかし、偶然か必然か、この日も、客が入ってくる。
「こんにちはぁ」
店に入ってきたのは、スーツ姿の男性。まだ夕方だが、仕事帰りだろうか?
「すみません、以前、インターネットのサイトで、結構古いフィギュアを買わせてもらった者なんですけども……」
ネットのサイトで何かを購入して、直接店に来る人もいるにはいる。そして、その多くが、何かクレームを言いに来る人だということを鉄志は知っていたので、身構える。
「ああ、えっと、お世話になっております……。何か、問題がありましたか……?」
鉄志のその態度を見て自分が警戒されていると感じたのか、客の男は少し慌てたように、
「いえ、いえ! 決してそういう訳ではなくてですね……私、実は住んでいるところが近くて、お礼を言いに来たんですよ。本当に、貴重な商品を売ってもらってありがとうございます、と。そんなに高いものではないですし、プレミアがどうこうつくような人気のあるものではないんですけど、見つけることがずっとできなかったので……子供の頃の思い出なんですよね」
客の男は、本当に嬉しそうに笑う。鉄志は少し申し訳なく思いながら、いえいえと是非また何かありましたらと返す。
「ああ、それなんですけどね、実は、こういうのを探していまして……メールとかで聞いても良かったんですけど、せっかく近くにあるんだからということで、今日は直接足を運んでみたんです」
そういう男性の手には、おもちゃの情報だろうか、メモ書きがあり、鉄志は受け取る。
こういう客も、中にはいる。インターネットで何かを注文したという場合に限らず、探し物を見つけたい、という客だ。こういう時は、鉄志の腕が光る。
「ああ、これなら……店の裏の倉庫にあるかもしれませんね……」
なんとなく見回る倉庫の情報はどこに記録されているでもない。売れるか売れないか分からないが処分するのも勿体ない。そんな商品が倉庫には押し込められていたりする。
「すぐに見つけられるか分からないので、お急ぎでなければ、今度探しておきますよ。見つけたら連絡しますんで、よければ電話番号かなにかを……」
そう言うと、客と鉄志は連絡先を交換する。
すでに生産がとっくに終了した商品で、どこにあるのかもわからず、さほど人気があったものでもないので、インターネットでも売っていない。そんな商品を探す人にとって、このおもちゃ屋みやしたはかけがえのない存在だったりする訳だ。
男性客は、鉄志にお礼を言うと去っていった。
そして、これにより、一つ、人形の力がある程度証明されたことになる。
「いちさん、いいよ、もう」
じっと目を閉じていたいちまに呼びかける。
「ふわぁ、ああ、うむ」
寝ていたのか……?
「ああ、いやぁ、ほら、来たやろ?」
そして、この後、二日続けて同じようなことが起こる。これはやはり、信用しない訳にはいかないのだろうかとようやく力を信じ始める鉄志だが、一方で、なんかもっと商店街規模で力を発揮してもらいたいものだとも思うのだった。