第20話
ショッピングモール全体の集客は、開店から一週間、二週間しても衰えることなく、平日だろうとひっきりなしに人は入ってくる。
休日になると、その数はおよそ倍ほどに膨れ上がる。稲宮市がベッドタウンということも理由の一つで、娯楽施設がさほどないこの市周辺では、大型ショッピングモールというのはその代わりとなりうる施設なのだ。
おもちゃ屋みやしたは、ショッピングモールの端、人通りの多すぎない位置にあった。周囲も落ち着いた雰囲気の店に囲まれており、隠れ家的──とまでは行かないながらも、いかにもレアものが発掘できそうな場所である。
というのも、このおもちゃ屋みやした、ほとんどの商品が新品ものだったかつての経営スタイルから一転、中古のものについても広く取り扱うようになっており、いわゆるプレミアがついた玩具の取り扱いに特に力を入れているという点がポイントになっていたのだ。
ゆえに、そういった雰囲気が出そうな、こみ入ったような店内の作りをするなど、こだわりを見せていたりもする。
これは、鉄志の提案だった。鉄郎から少しアドバイスをもらったというのもあるが、鉄志自身が、この先ショッピングモールでいかにして生き残るかを考えた時、この手法思い付いたのだった。客がより多く入ってくれるショッピングモールなら、客が不要になったおもちゃなどを買い取ることもできる。
おもちゃ屋、というよりは、リサイクルショップ、中古品店という色も強くなるが、取り扱う商品を玩具に限定することで、より深いところ、コアな客層を狙えるような立ち位置にしていることがポイントだ。
何より、ショッピングモール内に店を構えることで、昔はおもちゃ集めが趣味だったけど、家族が出来てコレクションは押し入れの奥、といったようなお父さん層に、ついでに寄ってもらって売ってもらうといったようなことも出来るようになるという点が大きい。かつて商店街の中にあった時とは違い、今はもう興味がない層が、おもちゃ屋みやしたの存在を知るというのがメリットなのだ。
このような工夫により、おもちゃ屋みやしたは、ショッピングモール内でも十分に利益を出せる存在となり、商店街にあった頃よりも、かなり賑わうようになっていた。店内にこだまするのは、子供の声だけではない。だが、父親に連れられて子供が来たりすることも多く、子供客層がいないという訳でもない。
マニア向けの店としては、地域一帯の中では一番の品数を誇る有名な店となり、また、中古も取り扱うという性質上、県外からもお目当ての商品の実物の状態などを見るため、探しに来るという人も珍しくはない。そして、中古の商品の増加に伴って、ネット通販の売り上げも徐々に上がっていき、店の売り上げは、家計を支えるのに十分な額にまで優に達する。
「大変だなぁ、忙しい忙しい」
鉄志は、レジの仕事をバイトに任せて、店の奥で在庫の整理やネット通販の梱包作業などを行っていた。店の奥は、買い取ったもののまだ値段をつけていない品だったり、通販で売れ先が決まった品だったりが色々なところに山積みにされて、非常にごちゃごちゃしているが、鉄志は、ここがかつてのおもちゃ屋みやしたのように、少し古臭いおもちゃに囲まれた場所であり、また、かつていちまと出会った店の奥の倉庫のような場所でもあり、それゆえに、気に入っている場所でもあった。
こうして鉄志が裏の仕事をする時間が多く必要になった結果、このおもちゃ屋みやしたは、バイトを雇うまでになったのである。本来なら父親である鉄郎が手伝ってもいいようなところだが、鉄郎曰く、
「もう、おもちゃ屋みやしたは鉄志に譲った!」
らしく、人の管理も鉄志が一人で行うまでになっていた。しかし、鉄志が一人で店を経営しても、うまく行くほどにこのショッピングモールの力は強かった。経営スタイルの一新も大きな要因ではあるし、その経営スタイルが見事この立地にマッチしたということもあるかもしれないが。
噂によると、かつて商店街にあったあの肉屋は、ショッピングモールに移転してから、売り上げが倍増どころか数倍になったとかなんとか。平日でもひっきりなしに人が訪れているようで、名店の一つとなっているようだった。
鉄志は、そこまで大繁盛というような店にするつもりはなかったが、細く長く、入れ替わりの激しいショッピングモールから追い出されないような安定した経営をしていければいいなぁと考えたりしていた。そんなことを考えながら、作業を進めていると、
「店長~! 店長に大切な用事だっていう女の人が~」
バイトに呼ばれて、表へと出てみると、そこには見覚えのある女性。金髪にシャツにジーンズという見慣れた服装のその女性は、メリッサ。手に、大きなアタッシュケースを持っていることが気になる。ずっと忘れていた存在。しばらく会っていなかった存在。
「……何の用ですか」
鉄志が問うも、メリッサは、口を開こうとしない。メリッサが目立つのか、店長が店内で険しい顔をしているのが目立つのかは分からないが、店内の客の視線がちらちらとメリッサと鉄志に集まり始める。メリッサの態度に苛立ちを覚えた鉄志は、このまま変に声を荒げてしまうことを恐れて、
「場所、変えてもいいですか?」
と提案する。メリッサは、首を小さく縦に振って同意した。
「ごめん、少しの間、店任せるよ。レジだけで大丈夫だから」
鉄志はバイトの人にそう告げると、メリッサと共に、おもちゃ屋みやしたを後にする。
行きついた先は、ショッピングモール内の落ち着いた雰囲気のカフェ。賑わいが強いショッピグモール内で比較的人気の少なめの場所に位置し、利用者も大きな声で談笑というよりは、落ち着いて過ごせるところを求めてくるような人が多い。声を荒げる訳にはいかないスペースだが、なんとなく、本当になんとなく、事態を察していた鉄志としては、声を荒げるというよりは、ため息、落ち込み、沈みこめるような場所がいいかなと思ったゆえの選択。
二人は席につき、飲み物を注文する。しばらくの沈黙が続く。鉄志は、メリッサに、そっちが呼んだんだから、そちらから話すのが筋なのでは、と主張するような視線を度々送ってみるが、メリッサは決心がつかないようだった。
お互いに何も言葉を発しないまま、重い空気が流れ、そうしているうちに、店員が飲み物を持ってくる。店員から飲み物を受け取り、互いが一口を口に運んだ後、ついにメリッサが第一声を発する。
「……ごめんなさい」
その一言だけで、鉄志が、事態を完全に把握するのには十分だった。そして、その事態は、鉄志が十分に予測していたものであり、いちまが、事前に言っていたことでもあった。
「動かなくなったんですね。そのアタッシュケースにいちさんが?」
鉄志が、メリッサの足元に置かれているアタッシュケースに視線を向ける。いちまが入るには十分な大きさ。
「その通り。一応、連れてきたの。鉄志さんに、任せようと思って」
その発言の意図は、恐らく、いちまの人形自体の取り扱いを鉄志に任せるという意味だろう。鉄志が返してほしいといえば、返してくれるということ。メリッサは、動く人形に興味があったのであり、動かなくなってしまったらもうそれはメリッサの興味の範囲外ということ。
鉄志は、事実を段々と受け入れてきた。悲しいといえば悲しい。だけど、泣きだすことはなかった。それは、鉄志はとうにいちまと別れを告げていたからだ。
メリッサには、このことを鉄志に伝える義務などない。けれども、こうして、わざわざ連れてきてくれたということを考えると、むしろ、感謝さえ覚える。色々なことを考え、鉄志の表情が険しいものになっていた。話が前へ進まないことを悟ったメリッサが続ける。
「私のところに来てしばらくは動いていたの。色々なことを聞かせてもらったわ。だけど、身体が動かなくなる日が多くなってきて……」
「そうなんですね」
鉄志のあまり興味なさそうな返事に、メリッサは少しむっとする。
「私が言える立場じゃないのは分かるわ、でも、鉄志さん、悲しいとか、そういう感情はないの?」
本当に、メリッサが言えることじゃないだろ、と鉄志は心の中で思う。もし、仮に、メリッサが、いちまが動かなくなるということを心の底から防ぎたいと思っていたなら、
「そういうなら、貴方は、いちまをうちの店に連れてくるべきだったのでは?」
だが、それに対して、メリッサは、悲しそうに答える。
「ノー。たとえ、いちまドールをショッピングモールにあるあなたの店に連れていったところで……意味がなかったの」
「あぁ……そういうことですか、分かりました」
鉄志はそれで理解する。メリッサがこう言うということは、恐らく、メリッサは、いちまに直接どうすれば動かなくなるのを防げるのか聞いたのだろう。鉄志の店に連れていけばいいのかということも提案したのだろうと思われる。しかし、ダメだった。こうして、わざわざ鉄志のもとに報告に来たメリッサがわざわざ嘘をついているとは考えづらい。要因が、どこにあるのか、その詳しいことについて、鉄志が知る術はなかったが、今、そのことは重要なことではなかった。
「あ、その、いちさん──の人形、うちの店に飾ってもいいですか?」
唐突な鉄志の申し出に、メリッサは不思議そうな顔をして、
「へぇ、そう? 意外ね。てっきり、家とかに大切にしまっておくのかと思ったわ」
鉄志はそれに答える。
「だって、今の店、本当にたくさんの人がいてくれるんですよ。これって、いちさんが、望んでいた姿じゃないですか」
「あぁ、なるほどね……」
鉄志は、今の店の姿をいちまに見せたかった。場所は変わってしまったが、いちまが身を挺して守った、おもちゃ屋みやしたが、こんなにも元気に、賑わっているということを見せたかった。
ただの自己満足かもしれない。だが、自己満足でも良かった。今の鉄志があるのは、間違いなくいちまのおかげだったから。
おもちゃ屋みやしたのカウンターのところにちょこんと古めかしい日本人形が置いてある。
一瞬、呪いの人形かとも見間違えそうなそれは、店を見渡せる位置を気に入っているかのように、少しだけ微笑んでいるように見える。昔、動いていたとは思えないような、落ち着いた、静かな顔。
「店長、この人形さん、なんですか?」
バイトが気になって聞く。鉄志は答えた。
「これはね、この店の幸せを呼ぶ人形だよ」
「へぇ、そう、なんですか」
いきなり意味不明なことを言い始める鉄志を、大丈夫か、と心配そうな目で見るバイトだが、鉄志はそんなこと気にしない。もう少し取り繕った方が良かったかなとも思いつつ、かつて、鉄志がいちまのことを呪いの人形と称していたことに対するちょっとした償いでもある。
かつていちまだった人形は、今日も、明日も、このおもちゃ屋みやしたを見守る。人がたくさん来る光景を、人がわいわいとしている雰囲気を──そして、鉄志が進む姿を。




