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呪いの人形とご当地ヒーローに任せときゃーて!  作者: 上野衣谷
第四章「対決! 最終ボス!」
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第19話

 ついに、その時は訪れた。今、鉄志の前に立っているのは、青山メリッサ。


「さぁ……そろそろ」


 メリッサのその声で、いちまは、メリッサのところへと歩み寄る。鉄志は、けれども、それを止めようとはしない。話し合ったのは、昨日の夜。答えは、これ。鉄志の心に全くわだかまりがない訳ではない。むしろ、鉄志としては、行ってほしくない側の立場に立っていた。

 けれども、いちまは違った。いちまは、店を続けて欲しいと鉄志に本気で訴えかけてきた。

 例え、商店街の中にないとしても、おもちゃ屋みやしたをおもちゃ屋として続けて欲しいとひたすらに訴えかけてきた。いちまが、メリッサの元へと行くことに対して、鉄志は反対、いちまは賛成、鉄郎は中立。票としては、五分五分である。だが、一票の重みは違っていた。思いの強さが違っていた。鉄志には立ち入ることが出来ないような重みがそこにはあった。

 ゆえに、この結論となった。


「鉄志、今までありがとねぇ」


 そう言う顔は落ち着いている。鉄志は、悲しみにくれつつも、いちまの最後の姿を見る。メリッサに抱えられ、店を出ようとするいちまの姿を、ただ見守ることしかできない。


「鉄志さん、という訳で、このドールは私が頂いていくわね。ああ、安心して? ショッピングモール内に出店の話は、間違いなく進めるし、転居先を用意するだけのお金も渡すわ。他の店への待遇を考えると、幾分か好待遇よ」


 そう言うメリッサの表情は、淡々としたもの。


「……ああ、それと、別に、この話は、何も情けで言ってる訳じゃないの。この、おもちゃ屋みやしたの経営力を見て、経営スタイルを少し工夫すれば、ショッピングモール内なら十分な利益を出すことが出来るということを見込んだ上での提案だから。この件に関しては、おもちゃ屋みやしたの経営を大きく握っていた鉄郎さんの手腕が買われているんだけれどね」

「それ、今言う必要あります?」


 鉄志が刺々しく返答すると、メリッサは一つため息をつき、続ける。


「気分を害したなら、ソーリー。でもね、鉄志さん、これから、あなたが経営するつもりなら、やるべきことがあるんじゃないの? そのこと、忘れないようにね」


 メリッサから言われた一言は、鉄志の胸に突き刺さる。そう、これまでの店舗経営とは違う、利益を大きく出すことを求められる経営。収益に関係なく、経営していればいい訳ではない。いくら、出店させてもらえるといっても、ショッピングモールの中に店が立つ以上、それなりの維持費はかかる訳で、ただただ店番をしていればなんとかなるという話ではなくなっていた。


「……わかりましたから」


 メリッサの抱えるいちまは、鉄志を見続ける。そう言って会話を終わらせようとする鉄志に対して、さらにメリッサは続けた。


「いい店にしなさい」


 いちまの視線と沈黙は、まるで、いちまが言いたいことはメリッサがすべて話していると語るようで、鉄志は、メリッサの言葉というより、いちまの言葉なのではないかとさえ思った。

 しかし、その言葉は、いちまの言葉ではない、メリッサの言葉。


「私のためだけじゃない。鉄志さん、あなたのためでもある」


 その言葉の真意は、今の鉄志には分からなかった。だが、鉄志が今、どうあがこうとも、もうこの先の道のりは決まったのであった。後はこのレールに乗っかるしかない。己の手ではなく、いちまによって敷かれたレールに。




 鉄志は、その夜、夕食を食べながら、鉄郎に相談──報告した。もうそこにいちまの姿はない。あるのは親子二人。

 自分は今、おもちゃ屋みやしたの経営を本気でしたいと思っているということ、それに伴って、大学受験は止めたいということ。鉄郎は言う。


「それが──お前が考えた結論なら」


 その言葉は、鉄志の胸を突くのには十分だった。しかし、鉄志は、折れることはない。しっかりと、鉄郎の方を見て答える。


「うん、確かに、これは、いちまに背中を思いっきり押されて出た結論かもしれないし、結果かもしれない……。でも、たとえ、それが他から押し付けられたような道でも、今、自分がその道を行きたいって思ってるんだ」


 自分の思いをしっかりと口にする。

 その思いは強い。鉄志は、自分で望んでいるということを言いたかった。たとえそれが押し付けられたような結末であったとしても、自分が望んでいるということを言いたかった。どうしようもなく訪れた結果というだけではなく、自らの意志で決めた結果だということを。レールは確かにいちまによって敷かれたものかもしれないが、それに乗るのは自らの意思であるということを。


「……そうか、ならいいんだ。鉄志がしたいようにしなさい」


 鉄郎は、その意図をくみ取った。百パーセント正しくくみ取ることが出来ていたのか、と言われたら違うかもしれない。だが、鉄郎の答えは、鉄志が感謝を覚えるには十分だった。


「ありがとう、親父」

「いやぁ、いいんだいいんだ、おもちゃ屋を継いでくれるなんて思ってもなかったしな。じいちゃんも喜んでるだろうよ」


 鉄郎の頭に浮かんでいたのは、祖父の顔。鉄郎自身は、そこまでおもちゃ屋を継ぎたいと思っていた訳ではなかったらしい。

 鉄志の頭に浮かんでいたのは、当然、いちまの顔。けれども、鉄志は、いちまが言ったからそうしているのではない。それがないと言ったら嘘になるが、それだけではなかった。


「……この前から、ちょっとだけ店の客入りが多くてさ……別に利益がいっぱい出てるってほどじゃないんだけど、それで、やっぱ、子供が来るとうれしいなあって思ったんだよ、だから」


 何気なしに口にする。鉄郎は、ふーん、と軽い調子で言い、


「俺は別に、そーいうのあんまり興味ないんだけどなぁ~」


 なんて返すもんだから、鉄志も少し調子が狂うし、少し恥ずかしくなる。


「……あ! 鉄志、お前、本気でショッピングモールの中で経営するってんなら、本とか少しでも読んどけよ! 今のうちに! 後、今、新商品の仕入れとかほとんど俺がやってるんだから、お前、やり方とかそういうの全部覚えてけよ?」


 それは、ただのリアル。具体的に、これから鉄志がしないといけないこと。


「……あ! そっか」

「なぁにが、あ、そっか、だよ。お前なぁ、店を経営するってのは結構大変なんだぞ。ネット販売での利益の出し方とか、そういうの、きっちりと覚えないと──」

「分かったよ! 分かった分かった!」


 鉄志は、にこにこして食い気味に鉄郎に言う。鉄郎は、頭にはてなマークを浮かべながら、


「なんだぁ? やけにやる気あるな、いいことだけど……」


 鉄志は気づいた。今、自分がすべきこと。

 それは、抽象的なもやもやとしたものから、具体的なものへと変貌していた。それは、かつて味わったことのある感覚。機織感謝際の時に、目の前に見えたものに向かっていっていた感覚。

 あれが正解だったのかは分からない。あの時、その一点に集中しすぎた結果が、ショッピングモールの迫りくる根回しに対応できないという結果を招いたとも言えよう。しかし、今は、その時と少し違うような、そんな気がした。


「じゃあ、親父、明日から頼むよ、教えてくれ、いろいろ」


 鉄志がそう言うので、鉄郎も、少し嬉し気に、そして、快く了承の返事をするのだった。




 それからの時間は、短く、あっという間だった。

 鉄志は、鉄郎から店経営のノウハウを教わった。どういった商品を仕入れれば比較的売れやすいのか、また、店に余っている商品でどのあたりはプレミア商品となりうるのか。

 特に後者は重要で、それは、どういう商品を仕入れればいいのかということにも繋がりうる内容だ。

 どういった商品に固定のファンがつきやすいのか等々、鉄郎は己の知っていることを全力で鉄志に叩き込もうとしたし、鉄志も、それに答えた。

 鉄志が必死にそういったノウハウを身につけている間にも、月日は流れる。

 ショッピングモールの建設のため、商店街は閉鎖。商店街に住んでいた人は、それぞれがそれぞれの新しい人生を送ることとなる。そのほとんどは、店を経営することなく、その息子の家だったり、もしくは、この付近に住居を構えて、ひっそりと暮らし、残りごく一部の層は、ショッピングモール内に店舗を持つべく、事前の話し合いであったり、経営スタイルの一転のための準備であったりのために駆け回ることとなった。

 鉄郎と鉄志も、そう距離の遠くないところへ賃貸で住居を構える。引っ越しなどは、鉄志が行った。鉄郎は日中仕事があり、そっちへと全力を尽くしたがっていたからだ。なんでも、鉄郎は鉄郎で、この年になって、バリバリと営業をすることに目覚めたらしく、新しいことを出来ることは楽しいことなんだぞ、などと鉄志に嬉し気にものを語ってくる。鉄志は、そんな鉄郎のことが少し羨ましくもあったが、よくよく考えれば、自分も今まさに新しいことに挑戦しようとしているということに気づく。鉄郎も、それを意識してのことだったのだろう。どんどん挑戦しろ、という放任主義ながらも、後ろは任せておけというような心強さがあった。

 宮下家の家庭事情がどうであれ、ショッピングモールの建設は進んでいく。商店街一帯という実に大きな規模に加え、三階建てという高さを持つショッピングモールの建設。非常に大規模な工事ではあったが、何事もなく始まり、そして、進捗にも支障が出る事なく着々と進められて行った。商店街だった一帯は白の鋼板で覆われ、工事中と一目で分かる一帯は、駅近くということもあり非常に注目を浴びる。これも一種の広告となりうる程の目立ちようだった。加えて、チラシや駅内看板による宣伝活動も、オープンが近づくにつれどんどんと行われ始める。

 そんな様子は、鉄志にとって、少し心苦しくもあったが、時間が経つにつれ、街が徐々に活気づいていっているような風を感じ取ると、その心苦しさも次第に消えていった。時間が経つにつれ、かつてのおもちゃ屋みやしたがなくなったということに対する感情やいちまがいなくなったという感情は、マイナスのものから徐々にプラスのものへと変わっていく。決して良い思い出ではないかもしれないが、そういった出来事があったからこそ、今、自分は前を向いているんだ、と。

 ショッピングモールに来ることが予測される客層は、市内一帯といった狭い範囲ではなく、市外からの客入りも十分に考えられるほど、非常に広い範囲。

 何か月もの間、大規模な工事が行われ続け、ついに、ショッピングモールはオープンの日を迎えた。オープン当日は、土曜日。より多くの集客を狙うため、敢えて、休日に設定してあった。当初の予測通り、非常に多くの客がオープンの一時間、二時間前から列を作り並んでいる。待ちくたびれつつも、わくわくとした表情を浮かべている客たちにとって待望の瞬間が訪れる。


「いらっしゃいませ!」


 という相当数の店内スタッフの声と薄いガラス製の透き通った自動ドアが開くのを合図に、何百、いや、何千という客が、怒涛のようにショッピングモールの各入口から入っていく様は、かつての本町商店街からは全く考えられないようなものだった。

 客が次々と吸い込まれていくショッピングモール内の一角に、一軒のおもちゃ屋があった。あまり多くの人通りが予想される場所ではないが、これは、相談の末に決めた場所である。鉄志、鉄郎、ショッピングモール側の相談の末、この場所を選んだ。そして、店の名は、おもちゃ屋みやした。

 オープンからしばらくして、ぽつりぽつりとおもちゃ屋みやしたにも人が集まり始める。店主は、笑顔で客を迎え入れる。


「いらっしゃいませ!」


 客層は色々。小学生くらいの子供や、中年の大人、変わったところでは、マニアっぽい風の男。どの人も、物珍しそうに店内を見て回っている。どの人も、この店が、どういった店なのかを知りたいんだろう。

 鉄志は、会計をしに来る人がいないか気を付けながらも、一人一人にさりげなく商品の説明だったり、どういうのがあるのかだったりを言って回る。中にはコミュニケーションを拒んでくる客だっているが、ネット通販が流行る今、店頭にわざわざ来るというのは、足りない知識を知りたいという欲もあるのではないかという分析をしての行動だ。色々聞かれれば教えるし、在庫がどうだと言われればチェックする。当たり前の作業かもしれないが、鉄志にはそれが楽しかった。

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