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呪いの人形とご当地ヒーローに任せときゃーて!  作者: 上野衣谷
第四章「対決! 最終ボス!」
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第17話

 鉄志以外の人が全てショッピングモールの建設に賛成という立場になっていた集会の翌日。

 いちまは、酷く残念がっており、今日、カウンターの鉄志の近くにいつものように座ってはいるものの、生気のない目をしてぼーっと外を見ている。落ち着いているというよりは、どうでもよくなっているような感じ。

 いちまは、機織感謝際の賑わいを見て、本町商店街はまだまだ元気だ、きっと、おもちゃ屋みやしたにもまた賑わいが戻ってくるに違いないと思っていたらしい。また、機織感謝祭の後、一週間ほど、少し客入りが良くなっていたという事も、いちまの上機嫌に繋がっていた。

 それが、蓋を開ければ全く違った状況。ショッピングモール建設問題は深刻さを増しているどころか、もはや決定事項にまで進んでしまっており、いちまが頼れる唯一の人間である鉄志にはなすすべもないところまで行ってしまっていた。この事実が、いちまの心に強く突き刺さっていたのである。

 一方の、鉄志も似たようなものだった。

 昨日、鉄郎に相談をしてみたものの、鉄郎が言うには、


「自分のしたいように全てができるとは限らないからなぁ。色々な事が起きても、それに合わせてうまく生きるのが、大人ってもんだ」


 と、少し厳しい言葉を返されてしまった。しかし、鉄志には、これが、鉄郎の優しさだということは分かっていた。憔悴する鉄志に、気にしても仕方ないから早く立ち直れよ、と暗に言っているのだ。

 けれども、鉄志は、まだ諦めきれなかった。それもそのはず、鉄志は人一倍、機織感謝祭でこの本町商店街が復活すると思っていたからだ。しかし、その思いとは裏腹に、事態はどんどんと進んでいってしまっていた。

 時計屋の話では、もうしばらくすれば、他の商店街の店は土地を売るということだ。おもちゃ屋みやしたが断固として土地を手放さなければ、ショッピングモールの建設は出来ないかもしれない。けれども、現実的に考えて、周りの全ての店が閉店し、土地が売り払われ、また、市としても、ショッピングモールの建設を推している点や、何より、商店街の住民の鉄志以外の全てがショッピングモールの建設に賛成しているという点から見ても、一人でどうにかなるという問題ではない。

 それにしても──


「なんで、俺のとこには、交渉が来てないんだろう……?」


 鉄志にしてみれば最もな疑問だった。噂によると、肉屋を始めとして、店を持ち続けたい願望が強い店──他には学習塾だったり、客が入っている居酒屋だったり──は、ショッピングモールの中に店を持つという。店を畳んで隠居生活に足を踏み入れたいなと思っている人達には、土地と引き換えに、他の地で暮らすのに十二分なお金を提供してもらうらしい。にも関わらず、鉄志のもとには、何も打診がない訳だ。

 このままでは、周りがいなくなったから、という理由で、最悪の事態としては、あまりにも安い値段で土地を手放さざるを得ないといったような事にも繋がりうるのではないかとさえ思えた。周りが陥落した今、鉄志は、追い詰められている側なのである。とても強気には交渉に出られないような低い低い立場。交渉の舞台に立てるかさえ怪しい。相場相応の土地の値段を言われ、有無を言わずにその条件を飲まざるを得なくなる可能性だって十分にある。

 そんな不安を頭に抱えながらも、ネット販売の発送作業等々を黙々とこなしていく。隣でいちまがとても沈んだ目でその作業を見守っていたりする。

 実際のところ、このおもちゃ屋みやしたの経営は、ネット通販で成り立っている。ゆえに、商店街に店を構える必要もなければ、それどころか、現状では、実店舗を持っている意味も薄い。その事は、鉄郎はもちろんのこと、鉄志自身も自覚していた。

 そう考えると、鉄志は、自分が何故、店を持ち続けたいと思っていたのか、段々を分からなくもなってくる。ただなんとなくこだわりを見つけたいがために商店街の町興しを必死にやっていたのだろうか、本心は他の商店街メンバーと同じなのではないだろうか、という疑問さえ浮かんでくる。そして、その疑問さえ、本心なのか、自分が自分のやりきれなさをなんとか拭い去るために出てきている感情かどちらか分からなくなってくる。

 そんなごちゃごちゃとした心中の鉄志のもとに、一人の訪問者がやってくる。

 おもちゃ屋みたしたのガラス製の扉が開く。


「ハロー! やっとかめ~」


 何処で勉強したのか、方言で、久しぶり、を意味する言葉を発しつつ、メリッサが現れる。

 なんとなく、心のどこかでそろそろ来るんじゃないか、と思っていた鉄志だが、その訪問に少し驚きつつも、


「いらっしゃいませ」


 と普段通りの客対応をする。あくまで、メリッサを一人の客として扱おうとした。メリッサは、当然、商品を見ることなく、鉄志の前まで近づいてくる。


「鉄志さん~そろそろ、そのドールを譲ってくれる気になりましたか?」


 にっこりと笑って言ってはいるが、雰囲気はまるで穏やかではない。その様子を見て、鉄志はピンとくる。


「……! まさか、あんた……! いちさんと引き換えに、商店街を残す、とかそういうことじゃないだろうな!?」


 だから、自分の家を一番最後にした、ということは考えられなくもない。だが、その言葉を聞いたメリッサは、笑顔をすっと引っ込め、冷たい目になる。それは、父親である征修が、ビジネスで、強い立場を分からせるために時に見せる目と似たような表情だった。メリッサは怒るでもなく、ただ冷静に、淡々と言う。


「鉄志さん、その人形一つで、ショッピングモールの建設を止めるだけの価値があると思っているるのかしら?」


 まさか、そんなことはないですよね、と付け加えた気な表情で、鉄志といちまを交互に見比べる。いちまは、黙って、けれども、真剣な目で、先ほどまでとは全く違ったキリッとした顔つきでメリッサの顔を睨んでいた。鉄志に代わり、いちまが返事をする。


「メリーさん──」

「メリーじゃな……まぁいいわ、続けて」

「メリーさん、うちは、この店から出てまったら動けんくなってまうけど、そんでもいーんか?」


 それは、いちまが前々から言っていたこと。鉄志は、思わず、止めたいという意味で


「いちさん!」


 と言うが、その言葉に、いちまもメリッサも反応しない。二人は鉄志を見ることなく向き合っていた。


「動かなくなる……ね? でも、やってみないと分からないでしょ? なんでもチャレンジです!」

「……んんむ……うちが、メリーさんのとこに行きゃあこの店は助かるんかね?」


 そのいちまの問いに対しては、メリッサは即答せず、店の中を一通り見渡し、今度は鉄志に言う。


「この、おもちゃ屋みやしたが、ネット通販で経営を繋いでいることも、売り上げがしっかりとあることも、私は知ってるの、だからね、商店街を残すのは無理でも、この店を残すくらいなら、出来るかもしれないわ」


 それは、交渉というよりは、もはや押し付けに近い。


「……結構ですよ、別に、うちは実店舗がなくったって、経営できるんですから。さ、何も買わないなら早く帰ってください。いちさんを渡すつもりもありませんし」


 これは、鉄志の強がりではない。先ほども述べたように、商店街が残って実店舗が残る、という見返り以外、鉄志にとっては意味のないことなのだから。メリッサはそれを聞いて、そういえば、と返す。


「店がなくなる、ショッピングモールが建つってことは、ドールはこの場にいられなくなる、そのドールが言うことが正しいなら、動かなくなるっていうことじゃないの?」


 それを聞いて、鉄志は、はっとする。何故そんな簡単なことに今まで気づかなかったのか、と。そして、思わずいちまの方を見る。いちまは、苦い表情をしていた。


「……たぶん、そうだわね」


 鉄志は、いたたまれなくなり、声を荒げて言う。それは、理屈でなく、ただ怒り。腹立たしいという苦い思い。


「もう、良いでしょう。あなたには関係のないことですよ。さあ、早く出ていってください。いちさんと引き換えに店を保つだなんて、そんなこと、考えてませんから」


 鉄志は、そう言うと、いちまを抱えて店の奥へ引っ込もうとする。もう向き合っているのも嫌だったからだ。無論、メリッサが今回のショッピングモールの建設を企てた訳ではないということは分かっている。けれども、メリッサがそれを利用して、自分の弱みに付け込んできていることは確かな事実だ。そうである以上、やはり、どうしても、鉄志はメリッサに好感を持つことはできないのだった。

 鉄志が店の奥に去ろうとしたその背中越しに、メリッサは話しかける。


「何がしたいのか見えなくても、進まなきゃ、何もできないわよ。明日一日考えておいて、明後日にまた来るわ」


 メリッサはメリッサなりに、メッセージを込めて言ったことだろう、だが、鉄志は、その言葉が忌まわしき敵から発せられているという事実だけで、思考を放棄する理由となった。鉄志は、一瞬立ち止まったものの、何も言わずに、メリッサの言葉を背中で聞きながら、そのまま裏のスペースへと引っ込んでいってしまう。

 メリッサは、そのまま立ち尽くしている訳にもいかず、ふぅと一つため息をついて、店の外へと出ていった。



 鉄志は、店の裏のスペースで、二階へと向かう階段の段差に腰掛けて、いちまを横に置いてメリッサが完全に去るのを待っていた。


「……いちさん、本当に申し訳ない」


 謝っているのは、何故だろうかと考える。理由が言葉として、理論として頭に思い浮かぶよりも前に、鉄志は、ただ、いちまに申し訳ないと思ったのだった。きっと、いちまがこのおもちゃ屋みやしたを愛しているということを感じ取っていたから、そして、いちま自らに、自らをメリッサに売りこむようなことを言わせてしまったということへの罪悪感か。


「……いんや、ええよ、別に」


 いちまは、悲しそうな顔でそう答えた。まるで、この先の自らの運命を受け入れようとしているかのような悲しい顔。


「でも、いちさんが出ていく必要はないよ」


 その鉄志の言葉に力はない。そう言うものの、結局のところ、いちまの運命は、この店がつぶれるというところで決まっているのだから。そして、いちまはそのことをしっかりを言葉として出す。


「でも、おもちゃ屋みやしたが潰れてまったら、結局、うちは、もう……」

「なんでさ!」

「うちは、おもちゃ屋みやしたがあるからこそ、動いとれるから……」

「……」


 前に説明をいちま自身から受けたはずなのに、鉄志はそのことを受け入れられずにいた。今動いているんだから、今、おもちゃ屋がどうこうなったからといって、動かなくなるということはないんじゃないか、と思いたかった。


「……めんどうかけてごめんねぇ」


 いちまが謝る。別に謝られる理屈なんてないのに、そうやって謝られるのは、痛かった。


「いちさんは、どうしたい?」


 きっとメリッサはもうとっくに立ち去っているだろう。だけど、この奥の少しくらい場所は、鉄志にとって普段聞きにくいことを口にするのにちょうどよかった。そこで、ふと頭に浮かんだ疑問を、直接聞いた。それは、一度確かめておかなくてはいけなかったこと。鉄志自身が考えることを放棄した訳ではなくて、いちまはどう思っているのかということを、知っておきたかったのである。その意見を鵜呑みにする訳ではないが、メリッサがいちまを条件として話を持ち出してきている以上、いちまは今や当事者である。これまで、おもちゃ屋みやしたに関しては、鉄郎と鉄志のみが当事者と成りえたことだったが、メリッサがショッピングモールの建設、ショッピングモール内へのおもちゃ屋みやしたの移転というカードを握っている以上、いちまが当事者であるのは明白なのだ。

 鉄志の問いに対するいちまの答えは、単純にして明快だった。


「うちは、おもちゃ屋みやしたを、ずっと続けといて欲しい」


 真剣、という印象を強く受けるような強い話し方でいちまは答える。どうやって返答したものかと鉄志数秒間考えたが、結局、その答えに返答することは出来なかった。

 いちまの思いは、きっと鉄志のそれより強いものだと思ったから。鉄志がいちまを渡したくないという、なんとなく感じている感情よりも強いと思ったから。

 いちまが一体どのような思考過程を経て、その答えを出しているのか、詳しいことなんて鉄志には全く分からない。けれども、少なくとも、いちま本人がどう考えているのか、これによって鉄志はしっかり知ることが出来たのである。

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