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呪いの人形とご当地ヒーローに任せときゃーて!  作者: 上野衣谷
第四章「対決! 最終ボス!」
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第16話

 何のために戦うのか。

 平和を守るため。市民の笑顔を守るため。繊維の街を守る、繊維戦隊ホワイトファイバー。


「──人数なんて関係ない。守るものの数だけ俺は強くなる、か」


 鉄志は、やる気なさそうな姿勢で、店のカウンターに突っ伏していた。一応、勉強道具は広げてあるが、今日は全く進んでいない。

 機織感謝祭という一つの大きなイベントで、二日間に縮小予定だった日程を三日間勝ち取るという大きな使命を果たして、鉄志は脱力感に襲われていた。クーポン券を配ったからといって、おもちゃ屋であるおもちゃ屋みやしたの元に、そんなに大量の客が押し寄せたかというと、残念ながらそんなことは起らなかった。

 それでも、普段の客入りよりは、ここ一週間の客の数は少しは増えている。

 一日に一人来るかどうかという量だった客が、二人から三人くらい来るようになった。倍率で言えば、三倍。もし仮に、これまでに百人の客が来ていたとしたら、二百人から三百人の客が来るようになったというのだから、店も相当忙しくなり、増員も考えなければいけないくらいの出来事ではあったが、生憎と、そんなうまい話でもない。それだけの客入りでは、たった十数分、一日の接客時間が増えたに過ぎない。

 ちなみに、ここ一週間で来る人の大半は、クーポン券の利用をしてくれているので、鉄志が行ったホワイトファイバーの活動はかなり有効だったということは示せている。事実、おもちゃ屋みやしたではなく、肉屋であったり、その他、食品系の強みを持つ店は、客入りが二倍近くになっているという話を聞くし、鉄志も、近所の店の店主に会った時など頻繁にお礼を言われたりしていた。

 そのため、達成感はあった。

 だが、後が続かない。次にどうしたらいいのか、というところが出てこない。目の前の目標にあまりに向かいすぎていて、それは、全くゴールではないはずなのに、いつの間にかゴールに設定してしまっていた。ゆえに、こうして、今、脱力感に見舞われている。

 対するいちまは、ここ一週間、これまでより少し上機嫌だった。どうやら、一日に入ってくる客の数が増えたことが嬉しいらしい。


「鉄志! 次は、何しやーす?」


 等々、問いかけてくるが、それに対する鉄志の答えは大体決まってこう。


「どうしようねぇ……」


 そんなだらだらとして気の抜けている鉄志が気を引き締めざるを得ないようなとんでもない事態が起きようとしていた。

 いや、正確には、既にその事態は進行していた。




 鉄志が、商店街に起きている問題をようやく把握することが出来たのは、機織感謝祭の後の初めての商店街の集会。

 時計屋が仕切る。


「まずは、皆さん。この前の機織感謝祭、様々なご協力、大変ありがとうございました。例年通り三日間の開催をすることが出来たのは勿論のこと、鉄志くんの企画へのご協力も大変感謝です」

「いやぁ、そんなそんな、お礼を言いたいのはこっちの方ですよ!」


 そう言うのは肉屋。なんでも、クーポン券を配ってから毎日大忙しで、バイトを雇うことも考えているくらいだとか。今や、駅近くの名店舗の一つとしてカウントされるくらいの人気っぷり。

 時計屋は続けて言う。和やかな空気の中、次の話題を不気味に繰りした。


「それで、今後の商店街の方針なんですが、急ピッチではありますが、年内には、ショッピングモールの建設に着手したいという話が上がっていまして……えっと、一応確認なんですが、この中で、ショッピングモールの建設に反対、という人は……?」


 その時計屋の話は、鉄志の頭をまるで槌でぶたれたかのように揺らす。ぐらりと空気が変わった気がした。

 鉄志は、一体何のことを言っているのか全く理解できなかった。理解できなかったというよりも、理解することをしたくなかったのかもしれない。ともかく、時計屋が言っている言葉が、何を意味しているのか、そして、その意味していることが信じられなかった。

 一体何を言っているのか、という純粋な疑問。感覚。同時に、手を上げないとと思って手をあげる。当たり前だ。鉄志は断固として反対。それに続いて、当然、肉屋を初めとして少なくとも八割は、いや、ここにいる商店街メンバーの全員が手をあげた──と鉄志は思った。

 そう思って、周りを見渡してみた。くらっとする光景。空気が変わった気がしたのは、鉄志の単なる気のせいだった。周りは、全くの無反応。中には、気まずそうに鉄志の方を見る人もいるが、他の人に至っては、ほとんど無反応。無反応が意味するのは、すなわち、同意だと考えるのが一般的であり、鉄志も、当然そう考えざるを得ない。

 つまり──この場で、時計屋の言葉に反対を示したのは、鉄志、ただ一人だけだった。

 けれどもここで、鉄志は、一人、猛烈に反対をしてくれていた人の存在を思い出す。そう、肉屋だ。一人も反対がいないなんて、そんな訳ない。何せ、肉屋は、かなり流行っているのだ。さっき、つい数分前だって、お礼を言っていた。彼はきっと手を上げているに違いない、ただ、自分が見落としただけなんだ、と思って、肉屋の方を見る。

 だが、そこにあった光景は、そんな期待を簡単に裏切るものだった。

 そして、鉄志も、ゆっくりと手を降ろした。何故か、と問う気力もなかったし、まだ、目の前で起きたことの意味が分からなかったから。




 鉄志には理解不可能な事態。理由は、あった。時間は、機織感謝際の準備期間へと遡る。

 青山征修(せいしゅう)は色々なところで暗躍しようとしていた。暗躍、といっても、違法なことをしている訳ではない。これは取引。ビジネス。

 征修にとって、この地にショッピングモールを築くことは、ただの一つの通過点に過ぎない。征修は資本家だ。仮に、この計画が失敗したとしても、征修は、その会社の株から手を離せばいいだけのこと。ただ、今、経営しているこの会社の業績アップのためには、このベッドタウンの中央、そして、駅からすぐ近くに位置している寂れた商店街という立地は、好都合だという話。

 ゆえに、このショッピングモールの建設は、征修の命をかけたような大事業でもなければ、悲願の地という訳でもない。日本に進出したいという気持ちは昔からあったが、ここだがダメなら他に行けばいいだけのことだった。

 ほんの少しだけ、プライベートについて述べるならば、征修は娘──メリッサのことを愛していた。メリッサがしたいと言ったことはほとんどを叶えてきた。けれども、これは単なる親馬鹿ではない。叶えてきたといっても、メリッサが彼女自身で本当に手に入れたいと心から望んでいるものしか与えなかったし、彼女が心から望んているということを行動として示していなければわざわざその心中を察するといったような過保護なことはしなかった。これは、征修の一種の教育。己が本当に心から手に入れたいと思うなら──行動せよ。

 そして、今回、メリッサは、本当に、呪いの人形とやらを欲しがっていたようだった。

 そこで、一つの、おもちゃ屋みやしたに対するカードをメリッサに渡す。

 一方で、他の店との交渉は、征修が次々に進めていた。

 征修は、市役所の説明会の時のあの場で、どの店の店主が、どれだけ反対意見を出しているのかをよくよく後ろから見ていた。説明会を聞く様子、質疑応答の時の様子、最後に、前から征修自身がショッピングモールの建設について話した時の各店の店主の様子を事細かに観察し、記憶していた。

 その観察によって、それぞれ商店街に店を持つ住人に対する交渉材料を確保したのである。何を見たか。それは実に簡単。


「あの時、定食屋さんは、そこまで反対していませんでしたよね?」


 今、行っているのは、定食屋。この定食屋、客足がさほどない訳でもない。駅周辺にある会社の職員たちがランチを食べに来ることもある。最も、客の多くは駅付近のチェーン店だったりに取られてしまっているので、採算が取れているかというと、微妙なラインだった。


「いや、それは……その、そんなことないですよ。うちはね、もうかれこれ何十年もここに店構えてるんだ」


 店主は、通常の企業なら退職していてもおかしくない年齢。店主と妻の二人で店を切り盛りしていた。息子は、会社員として家を出ている。そんな定食屋の昼時が過ぎた頃に、征修はこの場を訪れていた。


「なるほど……となると、やはり、まだまだこの店で頑張っていきたい、と。まだまだ十年、いや、二十年と続けられるおつもりですか?」


 征修は、にこにことして、さも尊敬しているかのような眼差しで言う。もちろん、定食屋にそこまでの気はない。もってあと数年だろうと思っていた。体もついていかなくなってきていたし、後は年金でのんびり、とも思っていたが、それでは少しお金に不安がある、ということで続けているという程度のこだわり。そして、征修もそのことを分かっている。何故なら、説明会の場で、この店主の態度をしっかりと見ていたから。定食屋の返答は煮え切らない。


「いえ、ね。でもね、生活もあるしね」


 すべての本心はそこ。そして、征修はそのことを知っている。


「もちろん、ショッピングモールを建設するには、この土地を買い取らせていただかなければならないのですから──」


 そう言って、定食屋の耳元に顔を近づけ。悪いことを言うかのように、小さな音量で、いくらくらいの値段が入る、という話をする。途端、定食屋の表情がまるっと変わる。その表情をしっかりと見て、征修は定食屋を後にした。


 征修が、また別の日に向かうのは、最大の敵であるとも思われる、肉屋。少なくとも、鉄志にとっては、最大の味方だった。

 けれども、征修はそうは考えてはいなかった。むしろ、肉屋は自分の味方になる、そう確信していた。店前につくと、なるほど、中途半端な時間だというのに、何人か客がいる。征修は、少し距離を置いて、客が去るのを待ってから、肉屋に話しかける。


「今、少しお時間よろしいでしょうか……?」

「はいよ、いらっしゃい! ……って、あんたか。あんたに話はねぇよ、帰ってくれ」


 肉屋は、嫌そうな顔をして、すぐに視線を征修からそらす。けれども、そんなことに負ける征修ではない。むしろ、これくらいの方がありがたいとさえ思った。


「いやぁ、素晴らしい店です。先ほどもお客さんが来ていた。ああ、そう、いや、別に、店を畳めと言って来ている訳じゃないんです……この辺りでおいしいと噂になっているお肉屋さんのコロッケを、食べてみたくてですね」


 征修は、少し微笑みながらそう言うと、コロッケ一つ分の代金を肉屋に支払う。肉屋は、流石にお金を渡されて物を売らないという訳にもいかず──なにより、自分の作っているものの美味さを知ってほしいという思いも少しあり、視線を合わせないように、コロッケを手渡した。

 征修はそれを一口頬張ると、満足気に、うん、うんと二回頷く。


「ああ、本当に美味しいじゃないですか! なるほど、これなら、学校帰りの学生たちが寄ってきたりとこの時間の客入りも十分期待できる訳ですね。夜のご飯にも良いし、手に持ってこうして食べてもいい」


 そう言うと、無言で最後まで食べる。肉屋は一瞬、どうだという顔をするが、すぐに表情を戻す。視線は合わせない。目の前にいるこの男は商店街の敵なのだから。けれども、征修は気にせず続ける。


「この商店街の中で、一番輝いている店といっても過言ではない。……肉屋さん、私はね、これでも経営者です。経営のことには詳しいんですよ」

「……いいから、帰ってくれ。もういいだろう」


 追い払おうとする肉屋。征修は、経営者であり、凄腕だった。引く時は引く。


「……そうですね、また来ます。ただ一言、もったいない、とだけ言っておきますよ」


 この言葉の意味を肉屋はまだ深く理解していなかった。そして、本当にもう一度くるとも思っていなかった。


 征修は、また来た。そして、言った。


「勿体ない。この店、もっといい場所にあれば、そして、周りにもっと集客力のある店があれば、さらに、もっと、もっと、輝くのに」

 この言葉を聞き、肉屋は、表情を驚きへと変える。そして、その顔を上げ、征修と顔を合わす。そこには、微笑む顔でもなければ、怒りの顔でもない、ただ真剣な顔があった。そして、征修は続ける。


「ショッピングモール、というのは、たくさんの店が集まるんですよ。この言葉の意味、分かりますよね?」


 肉屋は、ただ無言で、頷くしかなかった。

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