第15話
いよいよ祭り当日。天気は曇り。夏故、湿度が高いのは少し気になるところだが、あまりに快晴であっても、それはそれで倒れる人が出てくる割合も高まるだろうし、祭りの日としてはちょうど良いとも言える天気。
「うちも祭りが見たい! どーしても見たい! 見たい!」
といういちまのかつてない強力なお願いを聞いて、流石に連れていくという訳にもいかず、鉄志は店のシャッターを開けつつ、外が良く見える位置にいちまを置くという案を提案。
「本当は参加したかったになぁ」
とぼやくいちまをなんとかなだめることに成功し、無事、その条件で納得させる。
家を出て、最後のチェックを時計屋と一緒にする。運営テントの中へと戻り、祭り開催のアナウンスが商店街全体に流れる。
「鉄志くんは、もう少し人が増えたら、歩き始めるんだっけ?」
運営テントのパイプ椅子に座っている時計屋が言う。鉄志は、落ち着かないらしく、衣装の準備やら、台本の読み直しやらをしていた。
「あ、はい。まだ人がまばらなんで……後一、二時間後、昼過ぎくらいから人が増え始めると思うので、そのあたりの時間になったら衣装着て、宣伝はじめようかなと思います!」
鉄志のこの後の予定は、ホワイトファイバーの衣装を着て、商店街の宣伝兼今日から明後日にかけて一日一回行われるホワイトファイバーの舞台の上での劇の宣伝をしていくこと。
緊張していると、時間はみるみる過ぎていくもので、運営テントにて落し物だの迷子だの、今後の予定を聞いてくる人だのに対応していると、昼を回る。
鉄志は、他のスタッフたちに挨拶をして、鉄志起案のこの祭りがこれまでと違うと思わせるための一つの要素、練り歩きへと繰り出す。
道の中を歩いている時は、
「なんだろう、コスプレ?」
等々、少し好機の目で見られつつも、何も言われない。だが、ひとたび、
「ホワイトファイバー参上!」
と名乗りを上げれば、そこに輪ができる。舞台ができる。道行く人は、その皆が振り向く。鉄志は予め予定していたセリフを動きを交えながら話していく。
「この本町商店街の平和は、俺が守る! 今日、十六時から、稲宮市本町商店街のご当地ヒーロー、繊維戦隊ホワイトファイバーの舞台があるから、皆よろしく!」
道に突如としてできたステージ。客は、何百人といる訳じゃない。ただ十数人。
「今から、祭り以降、この本町商店街で使えるクーポン券をお配りするので、是非受け取ってくださ~い!」
鉄志は手にするチラシをどんどん手渡していく。最初に受け取るのは、やはり子供たち。良く分からないヒーローだけど、とりあえず近づけるもんは近づいとけ、くらいの気持ちなんだろうか。
「ありがとう~! ありがとう~!」
と言いながら、チラシを手渡しついでに、握手なんかもしておく。次に受け取りに来る層は、クーポン券という言葉につられたであろう主婦の人達。
「よろしくお願いします~!」
と言いながら手渡していく。その主婦がポツリと、
「あら、お得……」
等々口々につぶやくものだから、それを聞いた、最初は遠慮がちに遠目に見ている人達も近づいてきて受け取る。
そろそろ頃合いかと考え、鉄志はチラシを人々に配りつつ、ゆっくりとした速度で歩みを進めていく。面白いように人だかりは鉄志について動く。その人だかりを見た他の人達が何かやっているのだろうかと注目し始めればしめたもの。人が人を呼び、鉄志の手にあるチラシは少しずつ配られていく。
十、二十、とチラシが配られていくと、徐々に注目を失っていく。鉄志が自分から何名かに渡す側になり、数分が過ぎる。
「……よし、そろそろかな」
場所を変えて、もう一度。
運営テントから少しずつ移動して、同じ事を何回も繰り返す。
恐らく、普段の商店街の中でこんなことをやっても、数名が受け取ってくれるだけだろう。だが、今は祭りだ。商店街は、祭りという名の祝福状態にある。これがものすごく大きい。
行く人は皆、雰囲気に酔い、出店に酔い、装飾に酔っている。心地よい高揚感、緊張感に包まれ、あらゆる楽しみを享受したいと考えている。
だからこそ、付け入る隙がある。
「さぁ、皆さん! 本町商店街をよろしくお願いします! 祭りじゃない時も楽しいよ! お買い得だよ!」
大声で宣伝活動をするヒーローというのも、ちょっと格好悪いかもしれないが、祭りの中ではそんなこと関係ない。気持ちを高揚させている層を取りこむという使命を果たすことが出来るのならば。
鉄志は、全身を衣装に包まれて暑い中、動き回り、どんどんとチラシを配っていく。疲れる。疲れるのは確かだが、同時に、楽しかった。自分が、商店街に貢献できているという事実や、これまでずっとやりたいと思っていたことを出来ているという実感に触れられることが楽しかった。
さりとて、流石に二時間もこの暑い中歩くと、鉄志もばててくる。
「くっ、ここで倒れる訳には……!」
と、それらしいセリフを呟いてみると、数人の人が振り向き、こっぱずかしい。運営テントから持ってきたチラシの量が大分減っていたこともあり、鉄志は一旦引き上げることにした。
運営テントにいた時計屋の奥さんが、鉄志に冷たいお茶を渡す。
「鉄志くん、あんまり無理はしないでね! まだまだ今日明日明後日と祭りは続くんだから!」
本当にその通り。ここで、鉄志が倒れては、この後の舞台は、敵キャラだけが登場するただの侵略パーティになってしまう。鉄志は、周囲の目線を受けない場所で、全身を覆うホワイトファイバーの衣装を一旦脱いで、しっかりと水分を補給して、そろそろ時間である舞台上での劇を待った。
テントの下は夏とは言え、日陰になっていて涼しい。そこから見える商店街の景色は、賑わい。盛況。このままの姿を平日に移すというのはなかなか難しい話かもしれないが、そうでなくても、このうちの何割かが祭り以後も商店街に足を運んでくれるようになってくれれば嬉しい。
けれど、目的はそれだけじゃない──
「宮下さん~! そろそろ時間です~!」
そう言って、運営テントに訪れたのは、頭以外既に敵役の衣装を身にまとった怪人──もとい、臨時バイトの人。
「あ、ああ! ありがとうございます! すぐ行きます」
鉄志は返事をすると、すぐに、衣装に着替える。再び暑さが身体を蝕んでくるが、段々とこの暑さにも慣れてきた自分がいる。
舞台に向かう。そこでは、まだひとつ前の催しものが演じられていた。地元の和太鼓チームの演奏だ。これも、機織感謝祭実行委員の鉄志と時計屋が頼んで手配したもので、毎年行われている恒例行事。それなりに客入りも多く、舞台の客席は八割方埋まっている。このまま引き続き舞台を見続けてくれることを期待する。
舞台の裏で、出るばかりになった状態で、和太鼓の演奏が終わり、司会のお姉さんが仕切る。
「以上、本町和太鼓の演奏でした。それでは、続きましては……稲宮市本町商店街の平和を守るヒーロー、繊維戦隊ホワイトファイバーの登場です!」
その掛け声で出ていくのは、まずは、敵役バイト戦士二人。
「ぎぎー!」
というそれらしい敵ボイスと共に、舞台上へと上がっていく。
「この舞台は俺たちがもらったぁ~!」
と演ずる様は、今にもやられそうな──もとい、今にも町内を制服してしまいそうな趣がある。和太鼓を見終わって立ち去ろうとしていた観客席の人達も、なんだなんだと立ち止まり、再び席に着く人も少なくなる。子供たちに対するウケも悪くない。
少しして流れだすのは、繊維戦隊ホワイトファイバーのテーマソング。その歌に合わせて、舞台上に上がるのは、
「この稲宮市の平和を乱す者は、繊維戦隊ホワイトファイバーが許さない!」
鉄志だ。怪人たちと、それらしい戦闘シーンを表現している横で、司会のお姉さんが、繊維戦隊ホワイトファイバーの説明をしてくれる。
「繊維戦隊ホワイトファイバーは、繊維の街、稲宮市の──」
本当は、鉄志自身がしたいとも思ったのだが、戦いながらというのも何か真剣みが薄れるし、どうせならきれいなお姉さんにでも読んでもらったほうがいいんじゃないという八百屋のおじさん代表意見を取り入れることにしたのだった。
そんな風に始まったホワイトファイバーの舞台劇。鉄志は、練習の成果をしっかりと出し切ることができ、ミスもなく、無事、演じ終えることが出来た。最後に、
「機織感謝祭の間は、この繊維戦隊ホワイトファイバーが本町商店街を警備するぞ! この祭りが終わった後、本町商店街で使えるクーポン券を配っているから、見かけたら是非声をかけてくれよな!」
との宣伝も欠かさない。これで、商店街内を歩くだけでも、ある程度の人は寄ってきてくれるんじゃないだろうかと期待ができる。
舞台も無事終了し、鉄志は、ふぅと一息ついた。
一日目、難なく終わり。
一日目を通して終えてしまえば後も大したこともなく、二日目、三日目も、同じように平穏に、そして、賑やかに、華々しく、過ぎていく。
何かトラブルがあったらどうしようという不安はあった。
迷子や落としものといったような小さなトラブルはどうしても起きたが、鉄志が心配したような大きなトラブルは、三日間を通して発生しなかった。途中、鉄志が商店街を練り歩いている時に、悪がきに攻撃されたりもしたが、そこはうまいこと機転を利かせて、ヒーローらしくかっこよく解決──出来ればよかったのだが、そこまではいかないながらも、そのトラブルはそのトラブルで宣伝になったりもした。
結果として、鉄志は、用意していたクーポン券を全て配り終えることができ、舞台を通して、多くの人に繊維戦隊ホワイトファイバーを知ってもらうという役割を果たすことが出来たのである。
これは、鉄志一人が頑張ったからできたという訳ではない、ということを、鉄志自身良く分かっていた。時計屋を初めとして、多くの人の協力があったからこそ、成し遂げることができたのだ。もう少し範囲を広げるなら、鉄志の心を落ち着けるのに一役も二役も買っていたいちまの存在が果たした役割も決して小さなものではなかったと言える。
そして、きっと、明日から商店街全体への客入りは、増えるだろう。かなりの量のクーポン券を配ったのだから。一時的とはいえ、大幅な集客が予想できるのではないだろうか。初の試みであるので、その効果は、実に楽しみだった。
一方、いちまは、
「祭りはよぉおおおけ人がおった! 昔のようやった!」
と非常に上機嫌で、嬉しそうだった。いつもの落ち着いている様子とは違い、祭りの空気に触発されていたのか、ぴょんぴょんとはねながら、祭り期間中、鉄志が家に戻るたびに、そう訴えかけてきていた。
鉄志としても、いちまが喜んでくれるのは嬉しいし、昔みたいと言われることは、これもまた非常に嬉しい。同時に、普段の商店街も、これだけいちまが喜んでくれるくらいの賑わいにしたいものだと感じるのだった。
祭りが終わった日の夜、鉄志は仕事を終えて帰ってきた鉄郎に、これまでの話を色々とした。鉄郎は、おもちゃ屋みやしたとしての商店街への参加を全て鉄志に一任していたため、それらの報告を聞いて、まずは驚く。
「お前、いつの間にそんなに商店街好きになってたんだ!」
と。鉄志自身もいつからだか良く分からなかったのだが、こうして、改めて言われてみて、振り返ってみると、確かにいつの間にかやけに力を尽くしていたなと感慨深くなる。
「俺、明日からも頑張るよ」
一つの大きなイベントを終えて、鉄志は、また決意を新たにしたのだった。
目の前に、ショッピングモール建設という大きな敵が控えていることを、しっかりと頭に刻みこんで。
戦いは、まさに、今、始まっていた。