第12話
鉄志は、時計屋の家にて、時計屋との話し合いをしていた。
「鉄志くんは、やっぱり、機織感謝祭の日程は二日間じゃ嫌だよね」
鉄志は、当然、答える。
「もちろんです。ここまで準備を進めてきて、はい、そうですか、じゃ収まりがつきません! ただでさえ、商店街の勢いがなくなっている今だからこそ、三日間盛大に客寄せをして、今後のために活かすべきだと思います!」
鉄志は、意気揚々とそう答える。部屋は、冷房がつけられているものの、その鉄志の熱気に押されてか若干熱いくらいだ。ちなみに、時計屋は、お年寄りだかきちんと冷房をつける性質である。客商売をしているというせいもあるかもしれないが。
「それだと、やっぱり、市の職員の人がこの前電話かけてきたんだけど、その話し合いの場にいかないといけないねぇ……」
時計屋も別に嫌そうではない。むしろ、鉄志から見る限り、意気込んでいるように見える。
「分かりました! 絶対に説得してみせましょう。大体、今商店街の勢いが落ちつつあるとはいっても、まだまだ店はたくさんありますし、何より、お客さんだってそんなに少ない訳じゃないんです。……っと、うちとかは、そんなに多いわけでもないんですけど……」
その自信なさげな言葉を時計屋はフォローする。
「いやね、それでもみやしたを慕ってくれるお客さんはきちんといる訳だし。それに、例えば肉屋さんなんて、連日たくさんお客さんが来てるよ。それ以外にも、この本町商店街を慕ってくれてる人はたくさんいる。それなのに、商店街全体がまるでシャッター街かのような物言いをされるのについては、私もね、黙認する訳にはいかないから」
その言葉は、鉄志の励みになる。
「でも、ただ真正面から、三日間にしろ、っと言ってなんとかなるもんですかね……」
鉄志の頭に思い浮かぶのは、やはり先日の説明会の時のこと。あの一方的な説明。こちらの意見を質疑応答という形で聞いているのにも関わらず、聞きはするもののその事務的な対応は鉄仮面のごとし、変わる事なく、繰り返される無駄に見える時間。
それらの事実から考えるに、鉄志と時計屋が一緒になって市に意見しても無駄なようにさえ思えた。これまでずっと味方で、一緒にやってきた市という存在は結局のところ、ショッピングモールという大きな利益を目の前にして味方ではなくなってしまっているように思えた。
民意、市民の声、色々な言葉で市は自分たちは皆さんの味方であると言ってきていた。そして、事実、これまで味方として、歩みを共にしてきたのだ。その可能性を信じたいという心はある、だが、そんなうまくいかないんじゃないかという疑いは、鉄志の心を包みこむには十分だったのだ。
けれども、時計屋の意見は少し違った。
「……大丈夫、なんじゃないかな。私たちが全力で訴えれば、少なくとも、何かしらの道は示してくれる、そう思いたいね」
少し楽観的過ぎるのではないか、とも思った。
けれども、言う通りではある。そのために、出来ることは、まず、話し合いの場に立つということなのだ。
鉄志は、その日、時計屋から帰ってきて再び残された時間を、カウンターに少しけだるげに頭を預けながら、店番している時に、いちまに聞いてみる。
「どう思う? いちさんは、やっぱり三日間、お祭りやるべき、だと思うよね?」
いちまは、少し考えて、落ち着いて答える。
「そりゃあ、もちろん、そうやね」
「やっぱり、そうだよね~!」
そのいちまの言葉を聞いて、鉄志は決意を新たにする。背を押された気分になったのだ。絶対の自信、とまではいかないが、少なくとも今の鉄志にとってはとてもありがたい言葉だった。いちまがそこまでの思いで言ったかどうかはさておき。
「うん……だで、大切なこと、見失わんようにせんとかんね」
「? そうだね!」
鉄志は、その言葉の真意を分かっていなかった。大体、理解していたつもりで、そう返事をした。
いちまの顔は、のんびり落ち着いている。いつもことだ。
いちまが腹の底で一体何を考えているのか、そんなこと鉄志には分からない。けれども、目指すところは同じなのだと思っていた。
何が何でも、機織感謝祭は三日にして見せる、そう思いつつ、鉄志はその日に臨むのだ。
いよいよ、市の担当者との話し合いの場。
これまで友好的であり、味方であり、共に歩んできた人たちとの意見の対決。場所は、商店街でやるという訳にもいかず、前、説明会があった市役所内にある会議室。
挑むのは、宮下鉄志その人と時計屋の二人だ。
「なんか、緊張しますね……」
そこまで何回も市役所に足を運んだこともない鉄志は、市役所に入る前にそう呟く。時計屋は、にこりと笑って、
「そんなに緊張しなくても。鉄志くんが言いたいことを存分に言えばいいんです。私もきちんと見ていますから」
二人は、事前の話し合いの結果、一つの作戦を決定していた。それは何もそんなに奥深い作戦という訳でもない。単純にして明快。鉄志がメインとなって言いたいことを言うということ。
市の担当者は、今は意見が食い違っている存在であるとはいえ、元々は味方であったはずの人な訳だし、今後とも、よろしくやっていかなければならない存在だ。そういう相手に対して、敵対的な意見をひたすらぶつけるというのは、あまりスマートな方法ではない、と鉄志も時計屋も考えていた。
それならば、出来ることは、自分たちの熱意を伝えることで、三日間という日付を勝ち取るということだ。その為に何をすればいいか。それは、これまでの商店街とは少し違うという点を見せつけることが武器の一つに成りえた。そして、その違いというのは、鉄志の存在そのもの。
これまでは、ほとんど年長者が受け持っていた実行委員をこれだけ若い人間がやっているという事実。これは、すなわち、この若者はこの先も、本町商店街に深く関わっていく意志を持っているということも同時に伝えることが出来る。
それを見てなお、反対してくるようならば、もはや徹底抗戦しかないだろうが、この作戦により、市の真意を確かめることが出来るだろうと思われた。何せ、商店街の未来を担う存在がいるということは、その商店街を潰すというのは、その若者の未来も潰すということに直結しうるのだ。そんなことを国がしていいはずもなく、また、人間個人の感情としても、し難いことだろうと考えられる。
加えて、幸いにも、今日は、市と商店街の話し合いの場であり、ショッピングモールを建てたがっている青山の存在はない。
祭り三日間という勝利を勝ち取らんとし、今、ここに、鉄志と時計屋、そして、担当者三名の話し合いの幕が切って落とされた。
担当者三名は、三名とも時計屋とも馴染みの深い、昔から、祭りの度に付き合いを続けている人。
「本日はわざわざご足労頂き、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
平和な、和やかな空気で対話は始まる。この前の説明会のように、市側が一方的に意見を叩きつけるということはなく、正しく会話が行われる。
「──ですので、市としては、予算の関係上、二日間にしたいと考えている訳です」
「ということは、商店街の存続といった問題とは別問題として考えている訳ですか?」
鉄志の問いにも、担当者は分かりやすい言葉で答える。
「ええ、そうですね……。この二日間にしようという話は、市の、違うところから提案された形で、それに対して私たちは特に反対意見が出なかったので、そうしてはどうかなと考えている訳です」
市の中でも、どういう意図があってこの提案がされているのか分かっていない訳か、と鉄志は考える。それならば、余計に話は簡単で、やりやすい。
「そういうことならですね……確かに、機織感謝祭の客入りは年々少しずつ、本当に少しずつではあるんですが、減少してます。でも、それを三日から二日にしたら、その客入りは更に減ってしまうのは明らかですよね?」
鉄志は落ち着いて話す。冷静に、冷静に、話す。
「今、本町商店街の勢いを保つには、どうしてもこの祭りが必要なんです。その生命線となりうる祭りの日数を減らすというのは、商店街の勢いを削ぐ、ということになりませんか?」
時計屋も、静かに頷きながら見守る。頷くことで、同調の意を示し、担当者に向けて働きかける。
「んー、そうかもしれない、ねぇ……」
担当者たちは、別に頑なに二日間だという意見を主張しているようには見えなかった。少なくとも鉄志はそう感じた。
「それなら……!」
ただ、そう簡単には、はい、そうですか、三日間にしましょう、とはならないようで、
「ただねぇ……やっぱり、予算の関係というか、市のね、上からの圧力というか……何もなしで、やっぱり三日間で大丈夫です、という訳にはいかないんだよねぇ……」
そう言われても、鉄志は引き下がらない。ここで引き下がる訳にはいかない。
「ですけど、やっぱり、さっき説明したように──」
話は平行線。
担当者は、どうしても、絶対に、二日間にしたいという訳ではないようだった。だが、それでも決定打がない。これまで通りでいいじゃないか、という鉄志らの主張に対しては、この先のことを考えれば、どこかで変化を起こなさないといけないという至極まっとうな主張で対抗してくる。それは、その通り。この話し合いに、妥協の場はないのだ。どちらの主張も、正しい。どちらの主張も、間違っている。
二日と三日の間を取って、二日と半日、という訳にはいかない。どちらかが折れないといけない。この話し合いの末にあるのは、どちらかの妥協。いかに、なんとかしてその妥協を勝ち取る、それが鉄志の目的だ。そのために、一つ重要な切り札、三日間やる必要があるという根拠を繰り出す。
「ただ、今回は、違うんです。これまでとは……!」
鉄志のその言葉に、担当者も耳を傾ける。
「違う、というのは……?」
疑問を持ってくれたということは、聞く気があるということだ。担当者は、本町商店街を、機織感謝祭を見捨てた訳ではないという思いが鉄志の頭に宿る。
「はい、繊維戦隊ホワイトファイバー──市と本町商店街が一緒になって企画した、本町商店街のご当地ヒーローですけど、そのホワイトファイバーが三日間動きまわって、クーポン券などを配る予定です! これまで機織感謝祭では、その場限りでしか商店街を訪れない人が多かったので、いくら人がたくさん来ても、その後の商店街の経営に大きな影響があったかと言われると微妙なところがありました……。でも、今回は違います。その後のこともきちんと考えて……だから、その、お願いします、なんとか三日間、三日間やらせてください!」
鉄志は頭を下げる。
担当者たちは、それぞれに顔を見合わせて、少し時間が経つ。一人が口を開いた。
「そこまで言うのでしたら、分かりました。ただ、本当に申し訳ないのですが、こればかりは、私たち担当者、そして、商店街の人達だけの意見で決めるという訳にもいかなくてですね……」
鉄志は、その声を聞いて、顔をあげて、言う。その言葉は強く、若干の怒りもはらむ。
「それじゃあ、一体、どこに、どのように言えっていうんですか!?」
すると、担当者は、その言葉に対して、一つの提案を返す。
「そうですねぇ……署名、とか、ですかね……」
それには、時計屋も、なるほど、と頷く。その手があったか、と。同時に、この担当者たちは、何も門前払いをしたい訳ではなく、上からか何処からか、指示があったから、二日にしようと考えていたのではないかとも想像する。それは、鉄志も同様だ。まだ、希望は全然小さくなんてないんだ、と分かったのだ。
「分かりました……! 署名、集めます!」
鉄志は、思わず前のめりになる。
「はい、署名が集まれば、市としても、無理に日程を減らすというのは難しくなりますから。時間は短いですけど、よろしくお願いします……!」
無事、鉄志と時計屋は勝利条件を市から勝ち取ることができた。達成できるかどうかは分からないが、やるべきことができたのだ。
そうして、署名の目安の数や、様式を確認し、話し合いの場が終わる。鉄志は十分な成果を上げたと言えよう。
その帰り道、鉄志は時計屋と話し合う。
「署名って言うと……商店街の人達に協力してもらって、集めていく形、ですよね」
「そうだねぇ、幸い、明日集会だし、そこで頼んでみようか。きっと、皆快く協力してくれるだろうし」
そういう時計屋の顔は明るい。鉄志もまた、目先の目標が見えて、動きやすくなった。
まさか、こんなに簡単にことが運ぶとは思っていなかった。門前払いを食らうのではないかという恐れさえあった。もちろん、まだまだ署名が集まると決まった訳ではないのだが、店に来る人は皆機織感謝祭を楽しみにしている人ばかりだ。中には、三日間やってくれるからこそ、自分の行ける日程に行くことができるという人も多く、署名を断る人なんていないだろう。
また、数がどうしても集まらないようだったら、駅前で活動するくらいのやる気が鉄志にはあった。店の宣伝ついでに、やれることはなんでもやろう、そう考えていた。
前途洋々である。