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第1話

「出たな! 怪人っ! この稲宮市の平和を乱す者は、繊維戦隊ホワイトファイバーが許さない!」


 そんなセリフをあまり緊張感なく、ショッピングモールの舞台上で言うのは、白基調の戦隊ものヒーローらしき衣装に身をくるんだ男である。繊維戦隊ホワイトファイバーとは、かつて繊維業で栄えたが、今は政令指定市のベッドタウンというポジションになり下がった地方の街、稲宮市の中央に位置する本町(もとまち)商店街のマスコットキャラクター、ご当地ヒーローである。

 彼の名前は、宮下(みやした)鉄志(てつじ)。今まで繊維戦隊ホワイトファイバーの中の人を勤めてくれていた人がある日突然失踪し、連絡がつかなくなったとかで、実家が商店街のおもちゃ屋、商店街の店経営層の高齢化が進み、衣装をかぶってご当地ヒーローを勤められる若い人が他にはいないと言われ、舞台に立つことを余儀なくされていた。こんな売れない、仕事も月に一度しかないようなご当地ヒーローだろうからいなくなったのでは、と憶測され、ゆえに、実際に商店街を盛り上げないと困る人間にやってもらおうということになったのである。


「とお! えっと、あー、とう!」


 初の舞台上の仕事だったが、鉄志はあまり緊張していない様子だった。それもそのはず、ショッピングモール内には、ある程度のお客さんはいるはずなのに、このヒーローショーを見ているのは、両手の指で数え切れるほどの数しかいない。やる気もでない。そして、戦隊ヒーローっぽい名前にも関わらず一人しかいない予算に優しい隊員構成も気に入らない。


「いいぞー! 頑張れ、ホワイトファイバー!」


 送られる声援は野太い数名の親父たちの声。何を隠そう、商店街の何件かの店の店主たちである。彼らにとって、このご当地ヒーローは商店街復興のための希望の光。灰色の声援は、子供たちの視線を集めるが、そんなことは気にせず、アクションがある度にその声援は続けられる。

 そして、声援を送られている鉄志は心の中で考えていた。ああ、帰りたい、と。

 演ずる男にやる気がなければ、当然、本来ターゲットとなっている子供たちもさほど盛り上がらない。子供たちは、一応、視線を注いではいるものの、その目つきはあまり真剣でもない。そんな彼らを見て思う、ああ、こいつら、親が買い物している間の暇つぶしに、この俺の滑稽な姿を眺めてやがるんだ、と。そこまで邪悪な心をもっている子供たちではないのだが、心の汚れた大人の鉄志にはそう見えてしまったのである。




 宮下みやした鉄志(てつじ)、十九歳。一昨年、なんだかんだ受かると思っていた大学受験に失敗してしまい、去年は、予備校に通って一年浪人生をし、目標の大学に受かろうと努力してみたものの、再び受験失敗。辛酸をなめる。

 そして、今、彼はもう一年だけという約束で、片親で収入源が父経営のおもちゃ屋の家収入だけという家の財政状況のこともあり、宅浪をすることにして、家で過ごしていた。


「あ~ひまだ~」


 そんな彼が今座っているのは、父、宮下(みやした)鉄郎(てつろう)経営の「おもちゃ屋みやした」のカウンター。一応、カウンター手前の客に見えない位置に、勉強道具が広げてあるため、正確に言うと決して暇ではないのだが、人間、やりたくないことは目からそらし、ついぼやいてしまうものなのである。ちなみに、今勉強しようとしていた科目は英語。鉄志、文系の道に進んだにも関わらず、英語弱く志望校にレベルが届かない。

 おもちゃ屋といっても、残念ながら客はほとんど来ない。立地がこの寂れた商店街ということもあるし、今の時代、インターネットという文明の利器が浸透し、わざわざおもちゃ屋まで足を運ぶ人も減ってしまっていた。だが、店を開けている以上は、誰かがレジ前にいなければいけないため、鉄志がこうして店番を任されている。去年までは鉄志が予備校に通っていたため、父親が店を見ていたのだが、今年に入り鉄志は宅浪することを決定したため、父鉄郎は、外で働いてくるといって出ていってしまったのだ。ただでさえ浪人させてもらっているため、外で稼ぐという父に反対する訳にもいかず、仕方なしにおもちゃ屋の店番をしながら勉強することになった。

 レジが置いてあるカウンターには、もう一つ、店に取って重要なものが置いてある。それは、コンピュータ。もちろんインターネットにも繋がっており、実のところ、この店の経営のほとんどはこのコンピュータによって支えられているといっても過言ではない。なぜならば、


「……発送作業でもするかぁ」


 そう、この実店舗を持つ「おもちゃ屋みやした」の最大の敵であったインターネットによる通信販売を味方につけているのが、この「おもちゃ屋みやした」なのである。古いおもちゃが大量に店内に不良在庫として残っていたのだが、それらの中でもプレミアがつくものがいくつもあり、ある日それに気づいた鉄郎がインターネットを利用することで、コアな層へ売るという形で、実店舗にほとんど客がこないこの店の財政を大きく建て直すことに成功したのだ。

 鉄志は、売れた商品をチェックし、店の奥からダンボールを引っ張り出してきて、店内の該当商品を梱包していく。我が父ながら、本当に先見の明があるというか、経営センスがあるというか、ありがたいと思う鉄志だった。本当は今年も予備校に行って良いと言われていたのだが、鉄志は、自分で断っていた。おそらく、本当に、予備校に行くだけの金銭的余裕はあったのだろう。もしかしたら、外で働くといって出ていったのは父親なりの自分への気づかいかもしれない。おもちゃ屋の店番という仕事を与えることで、鉄志が感じていた居心地の悪さのようなものを拭い去ろうとしていたかもしれない。

 そんなことを考えつつ、梱包作業をする鉄志。発泡スチロールがものにこすれ合う時に生じるキィキィという音だけは、何度梱包作業をしても慣れない。

 梱包作業を進める中でも、やはり来客はない。午前中から午後おやつの時間にかけては、ほとんど人は来ない。おもちゃ屋みやしたのある商店街、本町(もとまち)商店街は、稲宮市の中央の駅前に位置する商店街ではあるものの、その勢いはかなり衰えている。稲宮市自体は、政令指定市のベッドタウンというポジションを獲得しているため、約四十万の人口を抱えてはいるものの、やはり、商店街という特性のためか、その中央に位置するこの本町(もとまち)商店街は、普段あまり賑わっていない。

 午前から昼過ぎにかけて客を獲得できるのは、八百屋や総菜屋といったような、地域のお年寄りたちに優しいお店、古い近所づきあいを獲得できているお店で、おもちゃ屋に朝から足を運ぶ人なんてほとんどいない。休日、祝日であれば話は少し変わってくるが、今日は平日だった。

 鉄志は梱包作業を終える。発送は、郵便屋さんが自宅まで取りに来てくれる。結構な頻度で発送を行うための待遇である。楽なもんだ。


「勉強、するかなぁ……」


 一通りの業務を終えて、ふぅと一息つきつつ、英語の参考書をぱらぱらと眺める。覚えようとしても頭に入ってこない。英語が無駄なものだとは思ってはいないのだが、いざ日常で使うのかと言われると全然そんなことはない。こんな田舎に、ベッドタウンで、おもちゃ屋を営んでいてはなおさらだし、この街で外人を見たことさえない。

 そんな訳で、結局のところ、本来の目的よりも、受験のためという理由をつけて勉強をするしかない訳で、それは頭では分かっているのだが、どうにも集中できない。


「ドミネート、支配する、ドミネート」


 声に出してみたり、書いてみたり。

 しかし、やはりやる気が出ない。やる気が出ない理由というのは、英語がどうというより、実のところ、二年目となる浪人生活にもあるのかもしれない。最初の一年でさえ、予備校という勉強を後押ししてくれる存在があったものの、今となっては、勉強を後押しできるのは己の意志のみ。そして、そもそも、己をそんなにしっかりと律することが出来ていたら、浪人を二年間もしていないのではないかという疑問が浮かんでくる。


「あー、そういえば……」


 まだ三十分程しか経っていなかったが、鉄志はふぅと一息ついて、背をそらせながら顔を上へ向け、目線を天井へ。


「親父が、店の奥の商品をネットで売りたいから整理してくれって言ってたなぁ……」


 独り言でも発しないと店の中も外も静かすぎたから口に出してみる。勉強をしないといけない、いけない、と思っていると、他のことをしたくなる。そんな作用が鉄志にも働き、椅子から立ち上がり、店の奥へと移動していく。

 店の深部──店表から約三分の旅路の末にたどり着いた底。そこは、おもちゃ屋みやしたの歴史を物語るかのような大量の古びた玩具が所狭しと格納されている部屋。そもそもは、商店街の通りに面する店先とは逆の、店の裏手には、鉄志が生まれた頃、まだ祖父と祖母が生きていた頃までは、土蔵が建っていた。その土蔵が取り壊される時に、中身の大半をここへと運び入れたらしい。祖父いわく、このおもちゃ屋みやしたの歴史はそれ相応に古く、この本町(もとまち)商店街ができる前身である、宿場町の頃、本当かどうかは分かったものではないが、江戸の頃から、雑貨屋として店を出していたそうな。ゆえに、土蔵があり、その中には、江戸時代のものまでとは言わずとも、近代の何十年も前のおもちゃが眠っていたりする、らしい。

 だが、薄暗い中で見渡してみて、目に入るものは、


「……ガラクタばかりな気がする」


 のだが、鉄郎が言うには、


「そういうものこそマニアは欲しがるんだよ」


 らしい。世界は広いということだろうが、鉄志にはあまり理解ができなかった。理解できないながらも、父親がインターネットを通じて出品しているものは、確かに利益を確保しており、一概に否定することはできない。

 しかし、鉄志も男の子。このように大量のガラクタ──に見える何かの中に、お宝があるかと思うと、少しは好奇心も沸いてくるし、興奮してくる。これは、宝探し。物置きという大海原にある伝説の宝を探すのは、孤高の戦士、ファイバーホワイト!


「清き繊維の白き心が、平和を求めてふんふふん~」


 繊維戦隊ホワイトファイバーには、テーマ曲があり、なんとなくそれを口ずさむ。ちなみに、鉄志はまだ歌詞を全て覚えられていない。興味がないので仕方がないが、こんなんでヒーローやってて良いのかとたまに罪悪感に襲われる。そもそも、嫌々やっている中の人ではあるが、もう少し責任をもってやらないといけないだろうか……。

 少し歩きまわってみる。足の踏み場は少ないが、物と物の合間をぬっていけばなんとか奥の方へは進んでいける。照明が切れてしまっているため、下の方に埋まっているものについては、一体それが何なのか分からないが、上の方に積み上げられているものに関しては、おおよそ形や色など外見的特徴は分かる。分かるが、一体それが何なのかは分からない。

 奥に行くと少しスペースが出来、人一人座れるほどの空間。木製のタンスをなんとなく開けてみると、女の人の裸が描かれた本──なのだが、あまりに古すぎて、鉄志は思わず、面白いという意味で笑いをこぼす。


「すっごいな、これ……いつのだよ、こんなエロ本……」


 その他にも、何やら古い、本がたくさん入っている。紙の状態は意外にも良い。一冊、そのエロ本──といっても、全く興奮はできないのだが──を取り出して、座り込んで読んでみる。


「だめだこりゃ。これは店の売りものにはできないよな、困った困った」


 何の足しにもならないなぁと、タンスに本を戻す。と、何か後ろから視線を感じたような気がして、さっと後ろを振り向く。


「……気のせいか」


 おそらく、一応、エロ本を見ているという変な背徳感があったせいで、敏感になっていたのだろう、と立ちあがろうとして、その視線の正体に気がつく。


「あー……こわっ!」


 それは、日本人形だった。それも、かなり大きい。ガラスのケースに入っているのは、高さ一メートル程はあろうかという、黒いおかっぱ頭の日本人形。一メートルという高さのせいか、座っていた鉄志とほとんど同じ高さに目の位置があったため、視線を感じたのだろうかと考える。


「にしても、こんな薄暗い中で見ると……」


 気味が悪い。だが、ガラスのケースの中にあるということや、この人形にしては大きめのサイズからしても、結構立派な品だったりしないだろうか。鉄志は若干の気味の悪さを感じつつも、もしかしたらこれは売りの対象になるのではともう少し近づいてその人形を見てみる。それでもやっぱり、


「こわいわ、これ……うわ、こっわっ!」


 怖い。ここになくても怖いのではないだろうか。顔立ちは、人形であるため当然非常に綺麗で整っているし、目は生きているかのような済んだ黒。表情がないのが怖い要因だろうか。あとは、髪の毛も。もうちょっとこう、栗毛色でふわふわさせたらいい感じに可愛くなるんじゃないか、とかなんとか考えつつ、着物を着ていることに気づいて、それじゃだめだなと思い直す。

 ガラスケースごと外に引っ張り出してケースの掃除をしてやろうと思ったが、上に色々とガラクタが積もってしまっていることから、今すぐに、という訳にはいかないということに気づく。


「んー、また、後からだなぁー。じゃあ、また後でなー」


 そういって、なんとなしに手を振って、そろそろリフレッシュも終わりで勉強に戻らないと思い、別れを告げる。

 途中、後ろから何かが見つめているような気がしたが、恐らく気のせいだろう、ということにして、鉄志はその場を立ち去った。この時、鉄志は気づかなかった。日本人形の目が確かに鉄志の背中を追っていたということに。

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