⑵女の子と知り合おう!
「起きろ、めぐ。終わったぞ」
「ん……」
バーチャル世界で麗らかな春を身に感じているのも何だか不思議な感じだが、いい歳したおっさん達の長々した話にぬくい気温、それと静かな空間も相まって巡流および幾人かの生徒達は眠りの世界へと誘われていた。
「ふぁぁ……夢みたいな世界で眠るってのもなんだかなぁ」
「まぁね。それよりこれから教室移動だって」
「あー、クラス……何組なんだろ。バラバラはやだなぁ」
「そんな不安げな巡流くんに朗報です!」
どーん! とオレ参上。と自己主張激しく斉藤が二人の会話に割り込んで来た。
巡流はまだ眠たそうな瞳でにこりと笑い、その存在を軽くスルーする。
「何組かなぁ」
「おおーい。無視しないでーぇ」
「どうやら教室のドアの所にクラス名簿が貼ってあるらしいな」
「そっかぁ」
「君たち。オレ、泣くよ? 斉藤くん、泣いちゃうよ?」
「泣けよ」
「泣いて見せてよ、斉藤くん」
涼子は真顔で、巡流は笑顔で。それぞれがそれぞれのドSっぷりで斉藤を弄る。
それはまるで何年も親友だったかのような安定感のあるやり取りで、二人の中の斉藤への好感度、または斉藤の二人への好感度が高いことが窺える。
「で、何の用だって?」
「ううっ、だからぁ、お前らとオレは同じクラスなんだよぉ」
「あ、そうなの。やったー」
少し大きめの制服の袖から覗く、男にしては小さくて丸い手が万歳と開かれる。
涼子に至ってはフーンと鼻で反応を返すくらいで、あまり関心が無さそうだ。
「巡流くんは可愛いわねぇ。うふふ、お兄さんと遊ばなぁい?」
「せんせー。ここに変態がいまぁす」
「わぁあ! やめて! 女のコ達に変な目で見られる!」
わぁわぁと二人が賑やかにじゃれ合う。涼子はその様子を無表情で眺めているが、それでも居心地は悪くなさそうだった。
「こら、そこ! さっさと教室に移動しなさい!」
「「はぁーい」」
先生に怒られ、今度は素直に体育館を出て、三人は教室へと向かう。
目指すは二年生の教室がある校舎、本館の二階である。
「オレ達はA組だぞ」
「おー。本当に名前載ってるよ」
ざわざわ。誰もが教室の入口に群がって、自分の名前を探している。巡流も涼子も斉藤も、苗字がア行、カ行、サ行と最初にある為、簡単に名前が見つかった。
「あ、りょーちゃんの名前……」
「ちょっとアンタ達! いつまでそこに居るつもり? 邪魔よ!」
甲高い声を高らかに、強い語尾と刺々しい言葉が涼子たちの背中にぶつかった。
振り返ると、そこには豊かな髪を真っ赤なシュシュでツインテールにした少女が偉そうに仁王立ちしている。
「ああ、ごめん」
まぁ、いつまでもドアの前で屯している自分たちが悪い。涼子は短気ではあるが、自分の非をちゃんと認められる人間だ。
だが、それでもツインテールの少女の怒りは収まらず、頭二つ分程高い涼子の顔を睨みつけている。
(あ、この子)
巡流が何かに気づいた。涼子のズボンの尻ポケットに入っていたスマホを勝手に抜き出し、〖攻略対象の少女達 〗と記されたPDFファイルを開く。
(ひの、みかげ)
アーモンド型の目を神経質そうに釣り上げて、折角の可愛い顔をへの時に曲げた唇が台無しにしている少女の写真と目の前の少女を見比べて確信する。
攻略対象者の一人である。
「りょー」
「悪いって謝ったんだから、それでいいだろうが」
「そのっ、態度がっ、反省がないっつってんの!」
「あ?」
ちょっと見ない間に何故か涼子とツインテール少女の空気が一触即発に発展していた。
周りの視線は好奇や心配、はたまた迷惑そうな色をのせて彼と彼女に集中している。
「だから男は嫌なの! すぐ人を見下す!」
「はあ? わた、俺がいつアンタを見下したって?」
「ほら今! 今よ!」
「テメェがちいせぇだけだろうが」
「っ!」
ぼそり。涼子の口から零れ出た暴言にツインテールが跳ね上がる。
激しい怒りを瞳に燃やし涼子を睨み上げる少女。冷たく少女を見下す涼子。
最初に視線をそらしたのは少女だった。
(くっ……こんな男に!)
「に、睨んだってっ、怖くないわよ!」
切れ長の鋭い目に貫かれ、明らかに少女は怯えていた。身長差、体格差、全てにおいて自分は不利だと理解していても、彼女は抗うしかなかった。
今更引けない。引けば負けだと高いプライドが彼女を奮い立たせているのだろう。
しかし、昔から意地とプライドによって引き際を見い出せない将に訪れるのは無様な失態である。
「男のくせに髪なんか伸ばしちゃって、気持ち悪い!」
何か粗を探して、痛い所を突かねば勝てない。そうして出た言葉に少女自身も驚いた。
なんてチープで配慮のない言葉なのだろう。
不穏な空気が少女を包む。
何もそこまで言わなくても……。
周囲の中からそんな声も聞こえだした。
「……」
「あ、の」
ふい。涼子が少女から目を逸らす。勝った、と喜ぶにはあまりにもぞんざいな動作だ。
(あらら……)
好きの反対は嫌いではなく、無関心。もう涼子の視界にも、脳にもツインテールの存在は入っていない。
(これはイベントかな? だとしたらフォローしなきゃダメだよねぇ)
少女は、この世界の人間は、人であって人では無い。
全て人格や行動がプログラミングされ、シナリオ通りに動くキャラクターなのだ。
(だから怒る気はないけどさ)
「あ、おい。待てよ」
あっさりと睨み合いを切り上げ教室に入っていく涼子を斉藤を追いかける。
イベントが終わったのか周囲のざわめきも消え、他の生徒達も教室へと入っていく。
残されたツインテールの少女は何やら辛そうに俯いて、唇を噛み締めていた。
「あのね」
巡流が少女に声をかける。
「確かにドアの前でさ、はしゃいでたのは僕らが悪かったし、邪魔したのは謝るよ。ごめんね」
「そ、そうよ。アンタ達が悪いのよ……」
「でも」
少女に近づき、巡流はその目を覗き込む。人好きのする笑顔だが眼鏡の奥は笑っていない。
「いくら気に食わなくても初対面の人の外見を貶すのは、良い事か悪い事かは言わなくても分かるよね?」
「そ……! れは……」
「謝ったら、きっと許してくれると思うよ」
「う」
フォローと言うよりは少し説教みたいになってしまった。
これでは親や教師のようだなと巡流は苦笑を浮かべて、少女の肩をぽん、と叩く。
「さ。先生が来る前に教室に入ろう」
「あ、あの!」
「はい?」
もじもじとツインテールを揺らし、少女は上目遣いで巡流を見つめる。
可愛い。が、自分の中身が女だと普通にそう思うだけでトキメキは無い。
「あ、謝るの……い、一緒に、付いてきてくれる?」
「うん。いいよ」
(好感度、これで上がったかな?)
せめて選択肢が選べたら良かったのだけれど、そこまでゲームっぽくはないようだ。
(シミュレーションと言うよりは、テーブルトークRPGみたいな感じかなぁ?)
自分の作ったキャラクターになりきって、役割を演じて物語を遊ぶ。そんな感じで進めればいいんじゃないだろうか。
(さすがに女の子との恋愛を楽しめそうにはないけどね)
教室の中で一際異彩を放つ涼子と斉藤の姿を見つけ、巡流は窓際の最後列の席へと向かった。
足取りの重い少女がのろのろと巡流の後をついてくる。
振り返って表情を窺うと、相変わらず俯いて唇を噛みしめている。
「りょーちゃん」
「……」
「ほら」
少女の肩をポンと優しく叩く。
それで勢いがついたのか、ツインテールが大きく揺れて、少女は深々と涼子に向けて頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「……」
「ひ、ひどいこと、言って。べ、別に、男の人が髪長くても……変、じゃないわ」
「……ぷっ」
「え?」
「あはは」
無表情だった涼子から笑顔が飛び出した。
それはそれはイケメンな笑顔に、見惚れる女子生徒が続出だ。
(さすがは、りょーちゃん。全部持っていくなぁ)
主人公はやはりこうでないと。
怖い印象しか与えなかった涼子の笑顔は意外と爽やかで、それまで悲痛な面持ちだった少女も頬を赤く染めて彼に釘付けだ。
「くぅぅー! やっぱりイケメンだと笑うだけで一発K.O.ですな!」
「泣くなよ、斉藤くん」
「見ろよ、あれ。もう教室中の女子がメロメロですよ?」
「りょーちゃんだし、仕方ないねぇ」
女の子の時だって、怖がられてたけどモテてたわけで。
(これならゲームクリアも簡単かも)
――なんて。あと七人も攻略対象である少女達と出会わなくてはならない事も忘れ、今は楽観的になる巡流なのであった。