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全員オトすまで帰れまセン!  作者: 優凛
チュートリアル
2/3

⑴説明書を読もう!

(ああ……頭が痛い)


 グラグラと脳の中から揺れる気持ち悪さと痛みで目を覚ますと、そこは美しい桃色が映える桜に囲まれた庭のような場所だった。爽やかな風が花を揺らし、花弁がひらひらと舞い落ちる。


「っ!? めぐる!」


 ここは現実か。はたまたクソ親父の創り上げた仮想世界か。

 横たわった体を捻り、馬鹿な実験に巻き込まれた幼馴染みを慌てて探す。


「う……ん? あ、りょー、ちゃん?」


(うん?)


 昔から聞き慣れた筈の幼馴染みの声がどことなく低い。声変わりする前の男の子の声、と言うやつだろうか。


「めぐ」


 声を出してみる。嫌な予感は当たった。自分の声も低い。

それもなかなかアルトなボイスである。


「ははは、本気(まじ)かよ」


 起き上がるとサラリと髪が肩を滑った。どうやら髪型はそのままのようだが、手を見れば硬く大きくなっていて、更に顔を触ればこれまた骨格が変わっているように思える。


「うわぁ。りょーちゃんったら男前ぇ……」


「そう言うめぐこそ」


 巡流は涼子のすぐ隣でだらりと寝そべっていた。

 ぽっちゃりとした体型は(胸だけはなくなっていたけれど)そのままに、髪は少し短くなっている。童顔も変わらず健在で、まさに小動物系男子と言う感じだ。

 彼(彼女?)はずれた眼鏡の奥の、生気のない目で涼子を見上げ、乾いた笑いを漏らしている。


 対して涼子はクールな一匹狼を絵に描いたような、近寄り難くも凛々しい少年となっていた。


「状況を整理しよう」


 ここは異世界? 電脳世界?

 最初こそ戸惑ってはいたが、もう既に二人は慣れた様子で現状を把握しようとしていた。

 緩慢な動作で起き上がり、まずは体の異変はないか調べる。

 まぁ、男の姿になっていること自体、大変な異変なのだが。


「ふぅん、藍色の詰襟か。ダセぇな」


「本当に男になったんだねぇ」


「そうだな」


「むぅ。男になったんだから、身長も伸びてたら良かったのに」


 およそ百六十センチも無い身長に唇を尖らせ、巡流が拗ねる。

 涼子は元々、百七十センチ弱あったが、この世界ではもう少し高くなっているようだ。


「いいなぁ」


「そうか? めぐは男になっても可愛いんだな」


「なんだろう。ちょー複雑。いやでも、りょーちゃんは男になってますますカッコよくなったね」


「ちょー複雑……」


 乙女心は何かと複雑である。


 ぺたぺたと自分の体を触りながら、またまた巡流が頬をふくらませて、今度は「体型も何とかしてくれたら良かったのに!」なんて怒っているのを、涼子は笑って宥めてやった。


「なんか胸がないのも違和感だし、下半身も……変な感じぃ」


「自分で実験すればいいのに……あんのクソ親父」


 そんでそのまま仮想世界でくたばっちまえば良いのにな。なんて、そんな理想はさておいて。


「で、どうする?」


「オジサンが言ってたこのゲームの “クリア条件” は、

“全員オトすこと”……つまり、恋愛シミュレーションで言うところの、女の子とエンディングを迎えるって事だよね」


「“全員” ってことは、何人かいるってことだよな」


「しかも普通は一周につき一人しか落とせないわけで」


 そうなると導き出される答えは、攻略対象の人数だけエンディングを迎える=何周もしなければならない。となる。


「ちょっと待って……これ、このゲーム、期限は何年なの? 攻略対象の人数が十人超えてたら、すごく……面倒臭いんだけど」


「面倒臭いどころか、三年間とかリアルに過ごさなきゃならない場合……現実世界はどうなるんだよ……」


 ぞっ、と脳裏に浮かんだ最悪の事態に、二人の少年の背筋が悪寒に震えた。

 その時、涼子のポケットからクラシカルな音楽が鳴り響いた。


「電話?」


「スマホだな」


 シックな黒のスマートフォンを取り出し、非通知の文字が浮かぶディスプレイに指を滑らせる。


『やぁ! 二人ともそちらの世界はどうかね!』


 通信をぶち切りたい衝動に駆られた。しかし、ここで繋がりを切っては一生、聞きたいことも聞けなくなる恐れがある。


 涼子は堪えた。とてつもなく堪えた。


(りょーちゃん、偉いっ!)


「で? これからどうしたらいいの?」


『ふむ。チュートリアルという奴が必要かね』


「いいからサッサと答えろ。クソ親父」


『いやー、いい声だね。パパ、息子も欲しかったんだよねー』


「めぐ。切っていい?」


「だーめ」


 にっこりといい笑顔で否定された。大親友である幼馴染みの笑顔には逆らえない。


『そうだなぁ。パパ、お願いって』


 ぽち。


「あ」


「後悔はない」


「それでこそ、りょーちゃん」


 その潔さ天晴! である。


 一生この世界に閉じ込められようと、あの糞野郎をパパと呼ぶ事は出来なかった。

 電話が再度鳴る。

 まぁ、そうなるだろうなと思った。


「先に進まないと実験にならないもんねぇ」


「もしもし?」


『もー、直ぐに切るのやめなよー』


「うるさい」


『はいはい。じゃあ、ヒントね。まずは学校に行くこと。ちゃんとお助けキャラも用意したから、その子と仲良くしてね』


「終わりか?」


『あと、設定等の説明はスマホのファイルに入れてあるからね』


「よし」


 ではお前にもう用はない。涼子の指は無慈悲に通話終了のボタンを押した。


「着信拒否は?」


「うーん」


 したい様な、してはいけないような。

 巡流が返事を躊躇うその横で、涼子はいい笑顔で何かの操作を華麗にしていた。


「中、見てみるか」


「PDFファイルかな?」


 スッスッ。現代っ子ならではのスマートな操作で、二人は “恋色センセーション! の遊び方” と言う説明書らしきファイルを開いた。


〖 恋色センセーション! の遊び方〗


 ストーリー……桜咲く長い長い坂道を登りきると、そこに旧私立結姫(むすびめ)女子高等学校が建っている。

 この春よりここは主人公の通っていた男子校と合併し、晴れて共学となった。

 男の子に免疫のない女の子と共に今日からドキドキの学園生活が始まる――


「お、おう」


「またベタだねぇ」


 ゲームシステム……マルチエンディング採用。八人の攻略対象との恋愛が楽しめます。

 ゲーム期間は一年間。好感度を上げ、イベントをこなし、少女達とエンディングを迎えましょう。


「八人か」


「まぁまぁ、多い方かな。でも一人で四人ずつ落とせば、四周でいけるね」


「いや、待て」


 ※エンディングは一人につき二個、友好エンディングとトゥルーエンディングがあります。

 ※また難易度は高いですがハーレムエンディングも用意されているので、自信のあるプレイヤーは目指してみては?


「「ハーレムエンド!?」」


 なるほど、これなら一回で行けるだろうか。

 けれど、どうなればこのエンディングに辿り着けるかは説明文には載っていない。


「あ、攻略対象の情報もあるんだ」


 〖 攻略キャラクター〗と記されたファイルを開くと、それぞれの名前とプロフィール、そして隠し撮りの様な写真の載った頁があった。


「リアルなんだねぇ。二次元かと思った」


「私達自身リアルなんだし、そうなんじゃない?」


 景色も現実世界と同じだし、お互いの目に映る相手の姿も三次元のままであるからして、攻略対象の彼女達もリアリティは追求されているはずだ。


「ふーん、ツンデレにドジっ子、クールに小悪魔」


「王子様系と、えーっとお嬢様系に、不良娘」


「あとは斉藤の妹?」


「斉藤?」


 誰だそりゃ。

 二人が顔を見合わせ、ハテナと首を傾げた。


「おーい、お前らー。もう始業式が始まるぞ!」


 遠くから声が聞こえた。誰かがこちらに向かって手を振っている。

 中肉中背。どこにでも居る、明るい年頃の男子高校生だ。


「お前らこんな所で何やってんの? 男同士でヤラシイわね~」


 お調子者、も付け加えておこう。面白そうに口に手を当て、くふふと少年は笑う。

 同じ藍色の制服を着ていると言うことは、同じ学校の生徒なのだろう。


「誰?」


「初めまして。かなぁ」


「ちょっ! 笑ったのは謝るから! オレはお前らの大親友!」


「いや、知らないし」


「はじめまして~」


 いや本当にしらないのだが、この少年の中では意地悪を言った仕返しに知らない振りされていると思っているらしい。


「斉藤だよ! さ・い・と・う! 去年一年間、同じクラスだっただろぉ?」


「さ」


「さいとう?!」


 斉藤。斉藤の妹!

 つい先程、スマホで見た攻略対象の一人にそんな説明が付いていた気がする。


「斉藤!」


「さいとぉー!」


「お、おう?」


 そう、彼は俺達の大親友。斉藤なのだ。

 実際は初対面だが、涼子と巡流は馴れ馴れしく斉藤の肩に腕を回し、満面の笑みを浮かべてみせる。


「ところで斉藤。お前、妹とかいないの?」


「と、突然だな。おい。何だよ急に……」


「斉藤くぅん。わた……いや、僕達、大親友だもんねぇ?」


 恋愛シミュレーションゲームの掟、其ノ壱。

 何をおいても女子と知り合う。


 全ての始まりは出会いから。形振りなど構っていてはスタートダッシュを出遅れてしまう。


「で、いるの? いないの?」


「い、いるけど」


「紹介しろ」


「ちょっ、いきなりぃぃい?」


「わた、僕達、大親友ぅ!」


「えええええ?!」


 突然ぐいぐいと押してくるイケメンと、変にテンションの高い小動物に戸惑いながら、斉藤は「別にいいけど……」と頷いた。


「やったー!」


「斉藤はイイヤツだなぁ!」


「お、お前ら、何か怖いぞ? マジでどうしたの?」


「まぁまぁ。いーじゃないの」


「始業式始まるんだろう? 行こうぜ、斉藤」


 大親友? の二人に挟まれ、斉藤は半ば強引に歩かされる形で始業式が行われる体育館へと案内させられた。

 桜の並木道を男三人が連なって歩く姿はまさしく奇妙で、他の生徒達の笑い声が遠慮なく彼らに向けられ降り注ぐ。


『えー、静粛に』


 だだっ広い体育館では男子も女子も互いに好奇心溢れる眼差しで、忙しなく周りを見渡していた。

 それもその筈、新一年生以外はつい半月前まで男子校、女子校と言う同性としか学生生活を過ごして来なかったのだ。

 特に男子校で二年過ごした男達の興奮ぶりには、怯える女子もちらほら窺える程である。


『それでは、第一回、結姫高校の始業式を始めたいと思います。全員起立!』


 ザッ! と全校生徒が一斉に椅子から立ち上がった。涼子も巡流も斉藤も同じ列にいる。

 周りを一瞥し、涼子は早速やる気を失っているようだった。彼(彼女)の口から溜息が深々と溢れ出るのを、巡流は背中で感じ取る。

 この何百人といる生徒の中から攻略対象である八人の少女を見つける。そんな至難の業を果たしてどれ程の時間で達成できるのか。

 最初から難関過ぎて、涼子のやる気がマッハで減っているようだ。


(ああ、まさかこんな所までリアルとは。普通、こう言うシーンはスキップするでしょ?)


 巡流も尽きそうになるやる気を必死に維持しながら、欠伸の止まらないこの時間を、さて女の子達とどうやって知り合おうかと考える時間に当てるのだった。

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