2#魔力
その後、二人は手分けして家中の玉という玉を探し、暫定“魔力”を注入していった。
不思議な事に玉の中には、寒奈が触っても何も反応しないが、紫王が触ると反応するもの、はたまた逆のもの、二人どちらが触っても反応するもの、しないものの四種があった。例えば、ガスコンロは寒奈が触れても何も起きなかったが、紫王が触れると暫定“魔力”を吸収し始めた。
その玉の色も冷蔵庫の様に水色ではなく、透き通った赤でまるで典型的な“属性”を表しているかのようだった。
他にも室内灯等はどちらが触っても問題なく吸収され、玉の色は無色透明であった。
肝心の冷房は、寒奈が注入すると問題なく動き出し、快適な風を吐き出し始めた。
「一体どうなってんだろうな?これ。寒奈どう思う?」
漸く冷房が効き始め暑くなくなったリビングで、ソファに足を投げ出すように座った紫王がぼやく。
「さあ…ひとまず言えるのは、これは夢じゃない。後、わけがわからない。これだけかな。」
同じく一人がけのソファにぐったりと座り込んだ寒奈が答える。
訳の分からない状況が二人の疲労を極限に増加させている。こんな訳の分からない状態に、たかだか二十年程度しか生きていない若造が効率的に対処できるわけがないのだ。無意識に保護者を求め、拠り所を探してしまう。
「実家のみんな大丈夫かな…」
「都内よりはどうにかなるだろ。庭に災害時用の井戸もあるし、畑もある。俺らよりどうにかなるだろ。…なるはずだ。」
「だよね。紫王の所には鶏もいるし。」
心細さ故かつい実家の事を考えてしまう。出来ることなら今すぐにでも帰りたいが、長野の山奥に帰るのはこの状況では自殺行為だろう。今住んでいる都内のマンションとは全く異なる実家を思い浮かべ笑い合う。
お互いの顔色はお世辞にも良いとは言えないが、気心の知れた相手がいるおかげでどうにかもっていると二人は実感する。
「ねえ、紫王?これからどうする?」
「…暫くは部屋に篭ってた方がいいと思う。少なくとも、何かしらの情報が得られるまでは。」
「まあ、俺もそう思う。でもさ、ご飯はどうすんの?」
二人の間に重い空気が流れる。
今の所確認されている食べ物は、米、冷蔵庫のキュウリ等夏野菜数種類、ベランダで実をつけているプチトマト、カップ麺二食。以上である。
夏休み中の男子学生の食料事情を舐めてもらっては困る。昼過ぎに起床する為、朝は食べない。昼は適当にカップ麺。夜は外食、自炊しても白米と実家から送られてきた漬物。こんな程度である。
正直、ベランダでプチトマトがなっているのが奇跡だと思われる。
外に出たくない、しかし食料が無い。
どうにもならない状況に絶望しかけた時、何かを思い出したのだろうか勢い良く紫王が立ち上がった。
「あれ!あれあっただろ!寒奈!あれ!」
「びっくりした。なんなのさ…あれじゃわかんないよ。何?」
「だからぁ、あれだって。ほら、こないだいらねーってなったヤツ。」
寒奈への返答もおざなりに紫王は物置と化している一室へ向かう。ガタゴトと派手な音を立てながら、紫王はそれなりな大きさの箱を持って戻ってきた。
周りの包み紙すら開けていないそれは、先日届いた実家からの支援物資の一部である。
躊躇いなく包み紙を破けば、中から出てきたのは御中元などで大活躍している素麺セットであった。普段ならば、またコイツかとうんざりされ、次の夏へ持ち越される筆頭の素麺であるが、今回だけはその食べきれない程の量が何よりもの幸運に思える。
「それなりな量あるし、馬鹿みたいに食べなければしばらく持つだろ。」
得意げな顔で紫王は振り返り、寒奈の不安を少しでも軽減させるためとでも言うように不敵に笑ってみせる。
大量の素麺に一瞬唖然としていた寒奈だが、紫王の笑みに感化されたかのようにわざとらしく肩をすくめ溜息をついて茶化してみせる。
「素麺ってワードが出てこないなんて、もう歳なんじゃないの?」
「寒奈は存在そのもの忘れてただろ。そっくりそのままお返しするよ。」
早速、素麺の束を持ちキッチンへ向かう。朝、と言っても昼近くだったが、に起きてから口にしたのはキュウリと水のみで、そろそろ空腹感を誤魔化すのも限界なのだ。
いつものように二人で軽快に言葉を交わしながら素麺を茹でる。
お互いわざとらしい程に“普段通り”を意識しているのは理解している。空元気で気丈に振舞っているだけなのだ。相方が気丈に振舞っているからこそ、自分も対抗するかのように不敵に振る舞う。
まるで細いロープの上を綱渡りしている気分にさせられる。少しでも馬鹿みたいな会話が途切れてしまったら、途端に不安と言う奈落に落ちてしまう様な気がしてならないのだ。
できるだけ今までの日常を演出しなくてはいけない。さもないと、外から非日常の現実に飲み込まれそうになる。
もし、そうなってしまったら自分は立ち直ることが出来るだろうか…
まるで澱の様な不安が心中に溜まるのを感じながらも二人は食事を終えた。どんなに明るく振舞っていても胸中は綱渡り気分なのだ。そんな心境で食べた素麺の味は美味しいとは言えなかった。
「ねぇ、紫王。やっぱり、現実逃避しないで考察すべきだよ。」
「…俺もそう思う。でも、なんだか…」
紫王は最後まで言葉を発することなく、大きすぎる溜息と共に癇癪を起こしたかのように頭を掻き毟る。
馬鹿らしい、信じられない、現実なわけあるか…続けたかった言葉はこんな所だ。今迄培ってきた常識では決して有り得ない事象を現実と認めるとなれば仕方もないのだろう。
暫し机に突っ伏す様に俯いていた紫王がばっと顔をあげ、真っ直ぐに寒奈を見つめる。無理矢理吹っ切ったかのような紫王の様子に思わず寒奈は吹き出しそうになる。
昔からこの幼馴染みは、理解出来ない事があると必死に悩むのだ。悩むのだか、暫くするとそんなことどうでもいいと言わんばかりにその物を受け入れてしまう。
小学生の時には、あいうえおは何故あいうえおなのか。中高では、数学の公式はなぜそうなるのか。そんな事を寒奈まで巻き込んで解明しようとするのに、一日もしないうちに「そういうもんなんだろ」と自己解決しているのだ。こちらは必死に色々調べたりなんだりしているのに、本人はそんな事考えたことも無いと言った様子で飄々としていた。
今回もそうなるのだろう。どうにも理解出来ない現状だが、そういうものだと受け入れてしまえば一先ず土台が完成する。その上に考察と言う積み木をしていくことが出来る。なんだかんだ言って豪快な幼馴染みとなら現状も理解はできずとも受け入れることぐらいは出来るだろう。そう、期待を込めて寒奈は眼前の紫王が言葉を発するのを待った。