託されたもの。その名はもふもふ
もふもふは正義
俺の名は佐藤茂治、34歳。
どこにでもいるほどありふれた、ただのいかしたダンディナイスガイだ。
ある日、神様に世界を救えという使命を託され、美しい天使とともにこの世界に遣わされた。
「あの・・ご主人様?あの、聞こえてますか?おーい」
新しい世界は美しかった。
元の世界では見ることができない壮大な自然。
様々な小動物たち。
そして、魔物。
「おーい。もしもーし。壊れましたかー?」
天使と合流してすぐ、俺は狼型の魔物の群れに襲われた。
数は力だ。
しかも、ただの人間である俺との能力差は明らか。
だが、それでも天使を守るために俺はぐふぇえええええええええ。
ゴッという鈍い音とともに、俺の頭部に衝撃が走る。
あまりの痛みに朦朧となったまま見上げると、満面の笑顔を浮かべたミレージュが仁王立ちしていた。
その手には、どこから持ってきたのかわからないが、巨大なハンマー。
人間が持つサイズじゃない・・・あ、天使だからいいのか、うん。
よくわからない納得をしてると、こめかみに青筋を立てながら笑っているミレージュが怒鳴る。
「ぼうっとしてる場合じゃないでしょう!!さっきまで、命のやり取りしていたんですよ?油断すると命を落とすってこと、平和ボケしてるあなたにもわかるでしょうが!?」
「いや・・まぁ・・でも、これはしかたなくない?」
困ったようにこめかみを掻きながら、俺はもふもふの毛玉たち・・・ワイルドウルフの群れ・・・に埋もれたまま苦笑いを浮かべた。
「もふもふは正義!」
「モフモフは正義!!」
その後、俺だけじゃなくミレージュ自身もワイルドウルフの群れが作り出す巨大な毛玉の中に埋まり、頭の悪い言葉を連呼している。
モフモフ地獄。そう、これはモフモフ地獄だ。
引きずり込まれたものは知能を著しく低下させられ、そこからは逃れられない。
何と恐ろしいのだろう・・・。
そんなことを頭の中で浮かべながら、だが、ミレージュ自身もダメ天使になってしまったために突っ込み役がいなくなったので無理やり起き上がる。
このままでは、物語が進行せんのじゃよ。
「で、すごくなついてくれるのは嬉しいんだけど、いったいこれはどういうこっちゃね?」
見上げながら問う俺の視線の先には、白く巨大な狼の姿があった。
白とは、特別な意味を持つ色だ。
何物にも染まっていない神聖な色。
色素を持たないがゆえに、刺激に対する抵抗力が著しく低下している存在。
そして、神の祝福を受けし色。
俺がいた世界でも神秘の色として受け取られるその色は、この世界でも同様の意味を持つらしい。
この群れの長である巨大な狼は、その純白の毛を震わせながら俺に語る。
「種族の長は、生まれながらに神の恩恵を受けている。私の巨大な体躯も、人語を操られる知能も、神から授かったものだ。それはワイルドウルフだけでなく、どの種族にも言える。人間は、王ではなく神子と呼ばれる立場になることもあるようだが」
「ふーん。それで、次を担うそのお役目が、この子ってわけだ」
足元にじゃれついてくる白いわんこ・・狼を抱き上げると、俺はそのまま頭を撫でた。
気持ちよさそうに目を細めると、ぐりぐりと頭を俺の胸に押し付ける。
控えめに言ってかわいい。
控えめに言ってもかわいいです。
ほっこりとしている俺に、愛しいものを見る視線で小さなホワイトウルフを見ていた巨狼が続ける。
「そうだ。だが、人間という種は希少性と神秘性をもつ存在に焦がれるのだろうか。愚かにも他の種族の白き者を捕えてきた。ワイルドウルフも例外ではない。この子の母親も、その運命をたどりかけた。自ら命を絶つことで、その誇りを守ったが」
淡々とした声音。だが、そこには深い悲しみと悔恨が込められていることが分かった。
この世界でも。この世界でも、人間は愚かなのだろうか。
くだらない欲望のために、矮小な自尊心のためだけに、命を奪うのか。
くだらない。本当に、くだらない。
「それは・・・悪い。人間を代表なんておこがましいことは言えないけど、でも、申し訳ない」
深く深く頭を下げた俺に苦笑を返すと、長は言葉を紡いだ。
「汝は、この世界の理から外れたものだろう?ならば、謝る義務はないさ。世界の落とし子よ、頭をあげなさい」
聞きなれない言葉に疑問を浮かべながら頭を上げる俺に、モフモフ地獄に陥ったままのミレージュが声をかけてきた。
「神様に選ばれてこの世界に呼ばれたものは、世界の落とし子と呼ばれるんですよー」
「へー。じゃあ、俺以外にもいるってことか、そういう存在は」
「数は少ないですけど、存在はしています。今現在いるかは、私にもわかりませんけどもー」
問いへの答えはしっかりしているが、語尾がもう駄目人間になってる。
腐ってやがる。
すごく失礼な言葉を飲み込みながら、俺は腐れ天使から長に視線を戻した。
「俺は、神に言われてほかの世界からこの世界へ来た。世界を救うためらしいが・・正直、何をしていいのかはわからない」
「それでいいのだ、世界の落とし子よ。誰かに強制されるのではなく、汝は汝の思うように生きればよい。それがこの世界をよりよくしていくことになっていく、私はそう思う」
力強い言葉だ。
他者を鼓舞し、守り、責任を負う者の強さがそこにあった。
「わかった。俺は俺らしく生きていく」
「ああ、それでいい。そして、一つ頼みがあるのだが。私の孫を共に連れていってくれないだろうか?」
「はぁ?何言ってるんだよ、俺は人間だぞ?」
「だが、世界の落とし子だろう?いや、それ以上に、私はお前だからこそ頼みたいのだ、サトウシゲハル」
伝えてもいない本名を言われても、動揺はなかった。
神といえるほどの神々しさを持つ彼なら、すべてを見通すことくらいは可能だと思えたからだ。
そして、その存在が託すというのだから、無下に断るわけにもいかない、そう思えた。
「わかった。任されたからには、全力で守るよ」
「よろしく頼む」
頭上からの声を心に受け止めながら、俺は、手の中の子狼の頭をそっと撫でた。