彼女と俺の交叉録
ー俺は何のために警官になったのだろう。
「動くな!」
そう言って一歩も踏み出せなかった、 自分 。
職務も忘れ、ただただ嘘だと叫びそうになった。
簡易ベッドに座り込み、見るも堪えないような姿でこちらに顔を向けた 彼女 。
顔色も悪く、手足に広がる無数の痕が痛々しい。
なのに、どこか強気で色っぽい瞳に現実を突きつけられた。
あぁこの女は間違いなく"彼女"だ、と。
俺に続いて入ってきた同僚に連れられて部屋を出た彼女。その横顔には、もうあの頃の面影すら見当たらなかった。
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「お前。今までどうしてたんだよ。」
「………」
「探してたんだぞ。ずっと。
あいつら誰一人知らなかったし。仕事も辞めてたろ。」
・・・・・なにしてんだ。俺。
あれから数日後。俺は彼女と面会していた。
そう。事情聴取ではなく、面会。
なぜ、といえば"担当を外されたから"。
まぁ早い話、あの夜使い物にならなかった俺は別の案件の担当になってしまったのだ。すべて、一緒だった同僚が仕組んだことである。
気を使ってくれたのはありがたいが(仕事にならなかいかもしれないし)、少々ありがた迷惑だ。
ちなみにこれは せっかく今まで築き上げてきたものが崩れてしまいそうなので、言わない約束だ。
俺は静かになるのが嫌でずっとしゃべり続けた。
俺たちの友人のこと。周りの様子。それから、彼女の周りを少しだけ。
あの頃とは違い相槌すら返してくれなかったけれど、彼女の気には召したようだった。少しは役に立てたのだろうか。
結局、一度も声は聞けなかったし随分と変わってしまったが、彼女の優しげな強い瞳だけは昔と同じだった。
きっと、根本は変わっていないのだろう。
少し、希望が見えた気がした。
それからしばらく経ち。11月半ばに、彼女は出所した。
元々被害者でもあることから酌量減軽された結果である。
彼女は軽く会釈をして留置所を去ったらしい。
その背中は凛としているのに どこか虚ろだったと、同僚は怪訝そうに話した。
そんな報告を聞いて―――――――3日。
俺は彼女のアパートの前にいる。
・・・・・・本当。なにがしたいんだろう。
彼女の変わり様が気になって、ついここまで来てしまった。
べ、別に深い意味はないはずだ!と、一応言っておこう。(きっと井村や松藤が居たら睨まれる気がする。)
実際に下心は全くない。これにはハッキリ断言できる。
しかし、結局一言も言葉を交わせなかったのにちゃんと会話ができるのか。
色々と手遅れな不安を抱えつつも 意を決して足を踏み入れる。
そして、インターホンに人差し指が触れる寸前―――――――――――
「…なにしてんの。」
背後からの声に 肩がはねた。
どうやら、買い出しから帰ってきたところらしい。
呆れた風に立つ彼女に対し、俺の方が予期せぬ状況にしどろもどろになってしまった。
そんな情けない姿に何かを察したのか、彼女はお茶に誘ってくれた。
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落ち着いたテーブルに、少し小さめのテレビ。
昔引っ越し祝いに友人と贈った丸い時計。
カチカチと規則正しい音が、部屋に響く。
相変わらず、彼女の几帳面さとさっぱりした性格が窺える部屋だった。
久しぶり過ぎて落ち着きがなかったせいか、彼女は苦笑混じりに座布団を勧めた。
「今、これしかないけど。」
「……悪いな。」
コップを渡され、そのまま口をつける。
少しだけ肩の力が抜けていくのを感じた。
―――――それにしても、"これしかない"か。
嘘つけ。俺を甘く見んな。
彼女が出してくれたのはコーラ。俺の好物の1つだ。
ちなみに、俺は敢えて指摘したことはないが彼女は炭酸が苦手だった。昔よりはマシのようだが、カラオケに行くと必ず炭酸ジュースと炭酸の入っていないジュースとを混ぜている。それでいてちまちま飲んでいるのだから、それ炭酸入ってるって言えるのか?とすごく問いただしたくなる。
そのくせ、いつも出されるのはコーラ。彼氏がいても、いなくてもコーラ。
…おいおいそれは何の自己表示だよ。毎度毎度「これしかない。」とか言いやがって。
そしてこちらも毎度のことながら、不謹慎にもその事を嬉しく思う自分がいる。
「で?」
「―あぁ。出たって聞いたからさ。
この間は何も話せなかっただろ?」
「なんだ、そういうこと?
いきなり来るから何かあったのかと思った。」
彼女は笑いながら土産のクッキーを頬張る。
1枚で漸くはにかんだことから、彼女も多少は緊張していたらしかった。
まぁ、それもそうか。
自分から客を呼ぶような性格じゃないもんな。
「悪い悪い。でも安心したよ。」
「なら良かった。
あ、そうだ。ついでにアドレス教えてくれない?新しくしたら全部パーになっちゃって。」
鞄から取り出したスマホをちらつかせ、彼女は明るく話す。
どうやら、この2日でだいたいの身辺を整えたらしかった。
うーん。流石、というか。
スゲェとは思うけど……なぁ?
そのあと俺は、2時間位居座って帰った。
-----3ヶ月後。
「「あ。」」
電車で、スーツ姿の彼女と会った。
彼女によれば小さな事務所で経理をしているとか。
少しだけ、前の快活さが戻っていた。
「じゃあ、お先。」
と言ってヒールを鳴らす姿に、いつかの同窓会を思い出した。
---さらに1ヶ月後。
「おーい竹永。スマホ鳴ってたぞ。」
「えっ。あ、すみません。」
汗を拭きながら帰ってくると同じ課の上司が教えてくれた。
勤務中に誰だよ、とか思ってるとなんと彼女からだった。
………。
あ い つ ! !
俺はすぐさま同僚に電話した。
もちろん、外に出て。
「おい。どういうことだよ。」
「あ、やっぱりお前だったか。良かった良かった。」
「おい!」
「悪い悪い。でも俺だって親切でやったんだからさ。」
同僚の話を要約すると、
非番で街中に出たらたまたま道の隅でしゃがみ込んでいる女性と、そのとなりで挙動不審なほど周りを見ている学生がいた。
話を聞くと、走ってて女性とぶつかってしまった。しかも自分がぶつかったせいで立てなくなってしまったらしい。
とりあえず道の隅までは来れたたものの、これからどうすればいいのか分からなくて途方に暮れていたのだとか。
どうしたものかと思案していたら、その女性は女性で「別に大したことはない。気分も大分良くなったからもう大丈夫。」と真っ青な顔して言い放つ始末。
さすがにダメだろと思った同僚は、学生に軽く注意してその女性を病院まで連れて行くことに。
その後、ご家族に連絡した方がいいのではと考えスマホを借りたら なんと一人暮らしでご家族も遠くに住んでおられるそうで?
マジか!と思って頭を抱えそうになったとき、ふと見知ったアドレスが……。
そう、俺のアドレスではないか!
ただ、確信はなかったのでまずは俺の性格的に確認せざるを得ないだろう内容のメールを送った―――と。
はぁ。
「で?今どこだよ。」
「彼女のアパートの前。
一体この子何なの?最後の最後まで自分はもう大丈夫、とか言い張ってたけど。」
あれじゃもう自己暗示でしょ。
同僚は、軽く笑っていた。それを電話ごしに聞きながら、俺はタオルを置いて彼女のアパートまで走った。
ぴーんぽーん
「はーい。
………また来たの?」
「悪いか?」
「いや別に。」
入っててー。
そう言って彼女はキッチンに入って行った。
俺は遠慮なく上着をその辺において、こたつの中に入った。
あの風邪事件(同僚から連絡が入ったやつ)の後、週に1~2度(いや2~3度?)は行くようにしている。
どうしたのかって?
そりゃあの日、仕事を急ぎめに片付けて訪ねてみれば?
「あれ。何か用?」とかふらふらしながらとぼけられ?
挙げ句中に入れば仕事のであろう書類が机に広がっていれば…なぁ?
「バカだろお前!!」って怒鳴り付けた俺は、悪くない。
「夕飯、オムライスだけどいるー??」
キッチンからの声に短く「頼む!」と答えた。
なんか、慣れたな お互い。
今では、夕飯も出してくれるし。(久しぶりに食べたときは思わずガッツポーズした。)
「「いただきまーす」」
うん。
やっぱりこいつの飯はうまい。
あー、そうだ。
「この前、萬田と会ったぞ。」
「えっ、志音と??
何か言ってた?」
「あー、お前のことで怒られた。」
「あらら。」
「ーあと、今度また会おうって。
たまには連絡してやれよ。」
友人なんだから。
そう言った一瞬だけ、泣きそうな顔に見えた。
「そっか。…あ。そうそう。
あたし、今週の金曜はいないから。」
「まじで?」
「うん。幼なじみと呑みに行く。」
なんだ、さっきのは見間違いかもしれないな。
よほど楽しみなのか、すごく機嫌が良さそうだ。
「ほどほどにしとけよ。」
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「ありがとうございましたー」
背後で若い学生らしき声を聞きながら自動ドアをくぐった。
通い慣れた暗い夜道で、コンビニ袋から湯気の立ちそうな肉まんを取り出す。
豪快にかじりつきながら、この前萬田に呼び出されたときの会話を思い出していた。
あの日、萬田には現在の彼女の様子をすべて話した。
それは見事に怒られ冷やかされ挙げ句には奢らされた訳だが、最後に萬田は、なんだかんだで中途半端な俺に釘を刺したのだ。
『ねぇ…それ、まだ必要なの?
今は良くても、いつまでもとはいかないでしょ?』
あんたは所詮、"友人"なんだから。
あむっ。
……そろそろ、俺も腹くくらねぇとなぁ。
ふと見上げた空に、ゆきんこがふわふわと舞い上がっていった。




