出会い
数度彦五郎邸宅の道場に通い、ついには彦五郎ですら負け越し始めた頃、彦五郎は歳三には剣の才能があると言って本気でやってみるといいと出稽古に来てくれている試衛館を推してきた。
珍しい義兄の熱の入りように戸惑ったが、いい加減生計を立てていかなければならない、といって断った。
口に出しては言わないが、姉が未だに兄の厄介になっている自分を気にかけているのには気づいているのだ。
剣術を習うなどと言えば、そんな野蛮なこと、とかお小言も増えるかもしれない。
彦五郎には歳三にしては珍しく懐いたが、姉にはどうも頭が上がらないので、日野宿に足を伸ばすのは楽しみでもあり、苦痛でもあった。
歳三の生まれの石田村秘伝の石田散薬。
素材となる植物が生える頃、村総出で製薬するこの薬の効果を歳三はよく知っていた。
打ち身、骨折は道場でよく見るからだ。
そこに歳三は勝機を、もしくは商機を見た。
先年の黒船の来航により攘夷思想がさかんとなり、撃剣が隆盛していた。歳三も黒船を見に行ったものだが、刀を持ってアレにどう立ち向かおうと言うのかさっぱりわからなかったが、それはさておき
「売れねぇわけがねぇ」
事実、道場巡り(※破りではない)をすればそれなりに売れた。
酒で飲む、というのが売れた理由かもしれない。
もちろん、撃剣道場に通うな人間には荒々しい者も多い。
一介の薬売りなどと思い、
「おい、その薬とやら、我らが使ってやる。ありがたいと思ってそこにおいていけ」
などと因縁を付けられることも多々ある。
普通ならそこは逃げ出す所であるが、そこはやはり歳三である。
口を逆月(杯)にして逆に飛び込む始末。
ーーつまんねえ。
さすがに人数差があるので、逃げることを前提にして戦っている。
たかが薬売りと侮って地に伏した相手に呆然としているうちにとんずらである。
日野宿での相手にも飽いてきていた歳三なりの武者修行も兼ねていたのだろうが、幾ら道場通いとは言え、下っ端では相手にならないほど歳三の地力は育まれていたのである。
この方法で相手に出てくるのは下っ端がせいぜいだったのだ。
そういや、この辺にあるとか言ってたっけ。
薬売りに行った帰り道(とある道場より逃亡中)に近くまできた歳三はふと気になったのだった。
このころ名を馳せた江戸三大道場と比べ、名前を聞かない道場だ、義兄さんには悪いが大したこともないんだろうな、と大層失礼なことを考えながら歳三は足を向けた。
へぇ。
一目見てやっぱりな、とため息をついた歳三だったが、中をちらっと見て考えを改める、いやむしろ感心した。
見た目の小物っぷりに反して、毎日丁寧にきれいにしていることがわかる道場、そして内部の熱気である。
三大道場にも押し売りに入ってみた歳三は負けてねぇかもしれない。
と思った。
「おう、そこの。入門を希望か?」
少し年をくってそうな男に声をかけられた。