最強はのぶ
「ってぇ~~」
頭の回りを星がチカついていた。
獲物は竹刀だし、面もつけている。
ーーガキの棒遊びとは違う。
思わず笑った。
「おい!逃げんのか!?」
自分でも何を言うのかと思いつつ、思わず口が出た。
「ああん?」
下がろうとしていた相手の男が不思議そうに不機嫌そうに答えた。
「もう一回だ。次負けんのが怖くないんならかかってこいよ」
「負けたのはてめぇだろうが!わかったボコボコにしちゃる」
彦五郎は思わず顔を覆った。
「はじめっ!」
言うほど余裕があったわけではない。
正面で向き合っていながら、自分の背後までも見られているような感じと窮屈そうながらもそれなりに整っている構え。
思わず舌打ちするほどにはやりづらかった。
一方の歳三といえば、ーー見すぎた。
構えは分かった。次は撃ち方、と思って見ていたらいつのまにか竹刀に注視し過ぎていたのだ。
試合の様子を見ている男たちまで見えるように・・・
しばしの見合いが続いた後、最初に動いたのは相手の男だった。
初心者相手に何をやっているのか、と思ったのかは定かではない。
一歩遅れて動き出した歳三も撃ちおろした。
道場内の門人たちが一斉に息を飲む。
歳三の竹刀は相手の肩を撃ったが、相手の面を後から打ち落として面を狙うー面切り落とし面である。
ノビがある将来が楽しみな一撃であった。
相手の男はそれで焦ったのか小手、胴と狙い始めるが、どれもギリギリで歳三には当たらない。
それどころか歳三が小手、胴と使い始める。
一度目より二度目、二度目より三度目と振る度に風を切る音が鋭くなっていき、最後には
「参った、参った!」
と男の方が降参したのである。
皆唖然としている。
「旦那ぁ、本当にこの坊主、初めてなんで?」
「ああ・・・」
正直な話、彦五郎も妻のぶの身贔屓だろうと、ちょっと感のいい程度だと思っていたのだ。
「よし!歳!次は俺とやろう!」
にぃっと笑って彦五郎が言った。
「はぁ?」
門人一同がますます唖然とした。
義弟の思わぬ才能に喜びを隠せぬ彦五郎により、歳三はその日ボコボコにされた。日野宿に帰った歳三と彦五郎を見たのぶにヒドく怒られたのは言うまでもない。