回想 姉のぶの見る歳三
まだ母・えつが生きていた頃すなわち歳三が4歳から5歳にかけての頃より、村の他の同年の子より成長が著しくなった。
それも聞いてみれば当たり前と思えるほどで、日に6度やひどい時には7度も飯を食うのだという。
相手が年上であろうと突っかかっていく気性といい、将来が心配だ、などと村の連中がいうので、親兄弟もそろって諫めたがてんでいうことを聞く様子はなかった。
日毎に叱る彼らもいい加減説得を諦める中唯一違った目で見ていたのは姉ののぶであった。
バラガキなどというのは歳三だけではない。
歳三が突っかかっていった村のガキ大将――村人は悪太と蔑んでいる――なんかもいた。
しかし歳三は悪太のように卑怯な振舞いや、力を背景にいうことをきかせるようなことは決してしなかった。
確かに飯のよく食べることに驚きはするものの(うちが農家としては豊かなほうで良かった)、手伝いもテキパキとやってしまうので、サボって遊んでいるように見られてしまっているだけでちゃんとしているのだ。
のぶにとってはちょっと困った、かわいい弟であり、母・えつが亡くなり、次男の喜六が父の後を継いでから、ますますのぶが歳三の世話をするようになるのだが、非常に容量がよく、きっとでき過ぎるが故に周囲から浮き彫りになるのだとわかるのにそれほど時間は必要なかった。
「俺、もっと手を抜いたほうがいいのかなぁ」
決して弱音を吐かなかった歳三の唯一見せた弱音だったと思う。
私は歳三に織田信長の話をした。うつけうつけと謂れながらも天下統一を目指し、走り抜けていった男。
「でも、天下を一つにする前に死んじゃったんでしょ?」
「そうね。でも信長様が礎を築いていなかったら今頃私達はこうして落ち着いた日々を過ごせていなかった。少なくとももっと長くひどい時代が続いていたのよ。」
私もそれほど詳しく話せるわけではなかったが、知っていることを伝えたつもりだ。
「ねぇ歳。あなたもいずれ歴史に名を残すのかもしれないわね。周りが何と言っても縮こまらずに精一杯生きなさい!歳が全力を出さなきゃいけない時が来たときに嘆かずに済むように力を蓄えておくのよ」
パッと表情を明るくして駆け出していく様子を見て弟って可愛くて反則だわーと思っていたところで気づいて叫んだ
「こら!歳!今日の分の仕事まだやってないでしょ!!」
それまでに増してヤンチャになっていった歳三に、後を継いだ喜六兄さんも頭が痛いようで、
「のぶ、歳三のやつ前よりひどくなってないか?」
なんていわれる始末。ハハハごめんなさーい。
あれから歳三が織田信長や秀吉なんかの話を聞きたがって、ちょこちょこ聞かせてあげたところ、チャンバラに目覚めたみたいで・・・。
でもまぁ、以前みたいに倦んだような目をすることが少なくなったのでよしとしようと思う。
1853年、黒船が来航し、慌しくなるまで今少し時間があった。