名刀談義
試衛館道場での稽古は荒々しかった。
中でも客分達や高弟、沖田や近藤らは常軌を逸する。
竹刀や防具が発達し、3大道場はもちろん、場末の小さな道場であって
もそれらを使うのが当たり前の中、彼らは疑問を持つことなく木刀で打
ち合うのだ。
そんなわけだから打ち身や打撲といった怪我は珍らしいものではなく、
歳三の持ち込んだ"石田散薬"を近藤が望んだのも歳三を引き込む建前と
いうだけではなかった。
とは言え、休憩のときや練習の後には集まってあれやこれやと座談す
ることも多い。
それは膳を囲んでだったり酒を片手にではあったが割と熱心に議論し
山南も熱弁を奮ったのである。
左之助がうっかり
「勤皇とか攘夷とかよくわかんねぇだよな」
と軽口を叩いたときは熱くなり過ぎた山南に誰もが閉口しつつも
逃げ出せる雰囲気ではなかった。
それ以来山南の前でこの話題はNGと裏で協定が結ばれたのを知らぬは
本人ばかりである。
そしてこの日も皆酒盃片手に車座になっていた。
歳三も参加しつつも、ツネと顔を合わせれば頭を下げずにはいられな
い。
「僕は菊一文字とかがいいなぁ」
「おいおい総司、そいつはちょっと高望みし過ぎじゃないか?」
「わかってますよ、でもどの刀を持ちたいかっていう話でしょ?だった
らボクはやっぱり菊一文字がいいなぁ」
他の面々は年少の総司をからかいつつも、この剣の寵児にはそれくら
いがふさわしいかもしれない、と内心思っていた。
「俺はなんといっても虎徹がいい。」
(武骨で切れ味鋭い、実戦向き。ああ、おっさんにはお似合いだな)
「なんだ?悪名名高い村正とかいいんじゃねぇか?」
「馬鹿者!幕府に仇名すつもりか!」
「まぁまぁ近藤さん、ただの戯言じゃないですか」
「そもそも縁起の悪い刀として回収、鋳潰されたそうですから手に入れ
ることさえほぼ不可能ですよ」
「歳、さっきから黙ってばかりだが、お前はどうだ?」
「おっさん、酔っ払ってるのか?」
「なんの~これしきぃ~ぃっく」
「たく、おっさん、酒弱いくせになんで飲むかねぇ」
「しかし土方君、君ならどれがいい?」
「そうだな、出来るならノ定とかがいいんじゃねぇか」
「なんだ、歳さんも負けず夢見がちだな」
とそんな会話に花開かせていたところに、折り悪く参加指定なかった
斉藤一が顔を見せた。
「おそいぞ、斉藤君。まぁ駆けつけ一杯」
「すいません、頂きます。ところで一体何の話です?」
斉藤はここでの雑多な話を聞くのが結構すきだった.
「持つとしたらどの銘の刀がよいかだ。結構皆夢見がちで。斉藤君は
どうだ?」
「俺は、どんな有名な刀より、この相棒ですかね。今まで命を助けられ
てきた信頼がありますし」
騒がしかった部屋の中が一斉に静まり返った。
「当たり前じゃねーか。もしもの話だよもしもの」
「夢がねぇなぁ」
そしてなんだかんだでお開きとなったその日、愛刀を手入れするもの
が多かったとか。
自分の命を預ける刀への信頼、敬意が厚かったことを思わせる。
尚、なんだかんだで愛刀を2本、3本と持つようになる一であるが、
まだ知る由もない。