ゾクゾク山南敬助
「おい総司、ありゃあなんだ?刀ならともかく、木刀が重いってわけじゃあねぇよな。おっさんの鍛錬用でもあるまいし」
散々文句を言っていたわりにいざ試合が始まるとこうである。
眼光鋭く相手の剣を見極めようとする様子に呆れる他ない。
「僕にもわかりませんよ、ただ、向かい合ってあんなにチラチラと動かされたらちょっと邪魔かなって思いますけど」
そう言ったら眉間に皺を寄せて考え込んでしまう歳三を総司は微笑ましく眺めていた。
相対する近藤からすると、目の前をちょこまかと動く剣先が邪魔で仕方ない。恐らくなんらかの誘いであるのだろう。
――が、それだけのことかと腹をくくってしまえば近藤は躊躇うことを止めた。
そもそも今回のことは義理の弟のことを思えばである。
歳三は剣だけで終わるような器ではないと思っている。
しかし、奇しくも自分も総司もひたすらに剣以外に語ることはないのである。自分などはまだマシで書物を読むようになったが、それでも人に教え諭せるほどのものではない。
正直、歳の言うことも満更間違っていないと思ったが、今の時勢のことなどを語れるこの男は歳にとって有益なものになるだろうし、それが回り回って道場のためになると思えば山南という男を引き込むことに是非はないのだった。
などとかんがえていたのも試合が始まるまでのこと。
いざ構えてしまえば、後は自身の持つ最高の一打を見舞うのみーー
なるほど、見識のある客分がほしいところであろう。
山南は圧倒されていた。
鶺鴒の尾と呼ばれる攪乱とまではいかずとも相手の集中力を磨耗させるこの北辰一刀流の技。
相手が上手ならそれほど効果がみられなくてもおかしくはない。
そしてこの相手は間違うことなく格上であろうことが知れたのは山南自身が優れた剣士だからだが、巌のような重厚な気配を醸す目の前の男をみればそうは思えない。
幾度か挨拶代わりに打ち合ってみればわかる。
この男の剣筋は素直でありながら頑迷ですらある。
しかし、よく鍛えられているのがわかる。
真っ向から打ち合うのは体躯の差からも明らかに不利だった。
がそれはつまり自身の剣が小手先のそれでしかないように錯覚させられた。木刀がこれほど頼りなく思えたのは初めてのことだた。
そして追いつめられていった結果、木刀はその手を離れ宙を舞い、道場にカランカラカラと音を立てたところでようやく周囲の状況が戻ってきた。
「参りました。どうか私を一門に加えてください」
妙に素直な態度に逆に一同躊躇ったのだった、一人を除いて。
「先ほどご自身が仰られたとおり、立場もおありでしょう。今後も色々と教えていただきたい。」
「はっ、微力ながら尽くさせていただきたく存じます」
山南は向かい合って悟った近藤の剣から彼の人格を理解した。
勝ちながらも相手を敬う姿勢に惹かれるものがあった。
このときは少し興奮していて後に冷静になってみれば、少しはしゃぎすぎていたことを恥ずかしく思うのだが、気分はそれほど悪くなかった。