邂逅の時
いうまでもなく、この時代の灯りは電気やガスなどではない。
蝋燭などの火が主たるもので、戦場で陣を敷くとなれば辺りを照らすた
めに篝火が焚かれるのだ。
身を焼く炎に吸い寄せられる蛾のように、近づいてきている乱世の炎へ
の先触れとなる試衛館にも引き寄せられる者達がいた。
「ごめん」
普段聞きなれない声が道場に響いた。
「私は山南 敬助と申します。こちらが天然理心流の道場、試衛館でよいでしょうか?」
「あん?」
応対したのは稽古の合間に水を浴びようとしていた歳三である。
普段、外見だけを見てボロ道場とか芋道場としか言われないので正しく
呼ばれたことで逆に戸惑ったのだ。
「あ、いや失礼。確かにここが試衛館だが、うちの道場になんか用か
い?」
歳三としてはボロ道場とか芋道場と言われるほうがしっくりくる。
それは悪意をもっているわけではなく、もはや自分の家だと思っている
が故の愛着からだ。
それ故にこのサンナンとかいう男の言い方だと別の所を指している用
にしか思えない。
そもそもこの男、どこか風流を兼ね備えた、というか気品のある男で
うちの道場に訪れるような体ではないのだ。
歳三がサンナンのことを怪しく思ったのもある意味当然だった。
周助老に叱られて、正式に天然理心流に入門するところとなり、つい
にフラフラと余所の道場通いを止めざるを得なくなった。
自分と同じような年の近藤と、年下の総司という良い競い相手が出来て
歳三自身水を得た魚のように格段の成長をしたが、近藤、そしてなによ
り総司が滝を昇った竜のように成長するのだからたまったものではな
い。
どちらを相手にするにしても得るものはあるのだが、総司の天賦の身
体操作の感はと簡単に真似できるものではなかったし、近藤の見かけと
は裏腹に洗練された剣を前にすれば形だけの自分の剣がお仕着せのよう
にも思えてくる。
自身が成長するに従い、相手の化け物振りがわかってくる。
もはや総司には全然勝てない。
年下相手に悔しいからと、つっけんどん対応をしてしまうのは少々大人
げないと自覚しているが、どうしようもない。
実は負けが込んできたきたことで、
「もしかして、俺は自分が思っていたほど大したことないんじゃ」
という、他の人間が聞いたら何言ってんの!?と突っ込まずにいられ
ないことを考えており、それが少々妙な形で歳三の今後に影響していく
のだが本人に自覚はない。
周助はそろそろ勝太に道場を、近藤家を継がせようと考えていた。
その機会をもたらしたのは歳三である。
フラフラしていた歳三を正式に道場に入門させて、道場の隆盛を見れば
この時をおいて他になしとばかりに跡を継がせた。
それを機会に嫁を娶らせ、勝太は名を勇と改めた。
周助自身は周斎と名乗り、悠々自適の生活を送る。
大好きな鰻を食いながら剣の話をするのがこうじて永倉新八と意気投合
して連れて帰ったし、同じような流れで伊庭八郎とのつながりも作っ
た。
そして山南敬助が訪れてきたのだ。
後の新撰組隊長が顔をあわせようとしていた。