刀縁の誓い
「痛っ」
気づいたら床に寝ていて、視界に入ったのは見知らぬ天井。
身を起こそうとしてひどい頭痛が動作を緩慢にした。
「おお、気づいたか。だが、無理はいかんよ。君は頭を撃っているからね」
試合の時に1段上から見ていたじいさんがそういう。
恐らくこの道場の主であろう。
座っている様子をみても重心の落ち着き具合が違うのがわかる。
「お、薬売り、気がついたか。なかなかに頑丈だな」
ガハハと笑うおっさんはなんともないようで少し複雑だ。
見下ろされているのは気持ちのよいものではなかったので、鈍い痛みを
我慢して立ち上がる。
「儂は当道場の主、近藤周助というものだが、お主、どこかの道場で撃
剣をやっておるのかね?」
なんとなくこのじいs・・・周助老の発言には逆らいづらいものがあっ
て、歳三にしては珍しく素直に答えてしまう。
「えぇ、まぁ日野宿の義兄のところで少し。」
「もしや彦五郎殿か?ということはお主が噂の歳三か」
「どんな噂かは存じませんが、確かに俺は石田村の歳三です。」
周助老はかっかっと笑って、
「なーに、自慢話だよ。飲み込みが早いとかいずれ大物になるとか
自分の息子のように自慢しよるわ。先ほどの構え、平青眼というが、そ
れも彼に教わったのかね?」
ピリっとしたものが周助老から発せられる。
「いや、道場に入ったときに見えてたもんで。なんとなく俺に合いそう
かなーっと思ったら使ってたっていうかですね。」
自分の膝をピシャリとやって周助老は笑い出すとしばらく止まらなか
った。
「歳、お前の持っていたこの薬、よく効くな。もう直ったような気がし
てきたぞ」
「は?」
「いやな、お前に打たれたところが少し痛んだのでな、そういえば薬売
りだったと思って悪いとは思いつつ勝手に改めさせてもらった。よくよ
くみれば打ち身骨折に効くというので飲んでみたのだがこれはいいな。
酒で飲む、というのがいささか気にくわんが」
「おっさん!あんたに歳なんて呼ばれる義理はねぇ。好き勝手しやがっ
て。薬代よこしやがれ」
「ガハハ。試してみてわかったが、この薬はよく効く。うちは荒稽古で
な、傷が絶えん。是非おいておきたいが見てのとおりうちは貧乏なの
だ。なんとかまけてくれんか」
「好き放題いってんじゃねぇぞ!おっさん、さっさと払え!」
「よし、じゃあこうしよう。歳、うちの道場に入門するといい。薬代は
月謝と引き替えだ。うん、実に名案ではないか。ガハハ」
「勝手に決めるんじゃねえぞおっさん」
そこに少年が1人タイミングよく入ってきた。
「あ、目が覚めたんですね薬売りさん。僕とも一試合しましょうよ、
ね?」
なんだかますます頭が痛くなってきやがった。
「そういえば、三国志では劉備たちが桃の花の下で義兄弟の誓いを立て
たという。どうも俺は歳との出会いに運命を感じてならんのだ。生憎桃
の花などという洒落たものははないが、桃園の誓いにあやかって義兄弟
となろうではないか」
「はぁ?おっさんみたいのが兄とかありえねぇよ!」
「うわぁ、僕、姉はいるんですけど男兄弟っていなくって憧れてたんで
すよ。いいじゃないですか薬売り・・・歳さん?」
「だいたい、俺たちじゃ、桃の園ってより刀の縁って感じだろうが」
「ほう、歳は意外と文才があるようだな」
「へぇ」
「うっせぇ、ゴリラのくせに三国志を読んでるんじゃねぇ」
そういってニヤリと口を歪ませるおっさん(近藤)と純粋に感心して
いる様子の少年(総司)を前に羞恥心で真っ赤になる歳三。
生まれも死するときも別々な、名前もろくに知り合っていない3人では
あったが、後に新撰組となってからも、思い返すのは皆不思議とこの頃
のことだった。