刀縁の出会い 2
大人気ねぇ野郎だ!
と思っていた歳三に渡されたのは木刀。
思わず顔を上げる。
まさか木刀でやりあうつもりか
試合にかこつけて殺す気か!?とオッサンが持っているのは竹刀である。
ーー助かった、などとは思わない。
舐めやがって。調子に乗りたきゃ乗ってろよ。一矢報いてやる。
木刀の凌ぎをを返す。
そこで道場内の、こっそり見ていたもの、観戦していたものそして面白そうに見守っていた道場主の周助も驚きとともにのぞき込む。
歳三の構えは当道場、天然理心流の構えの一つ、平青眼。
不慣れそうながらもそれは平青眼だったのだ。
思わず踏み出していた右足を戻しながらも、周助は歳三から視線をはずさなかった。
相対する近藤は、背中に冷たいものを感じながら得意の上段に構える。
俺は何を引き入れ、何故全力で向かい合おうとしているのだ!?
稽古をつけてやる、などと思っていた近藤は思わぬ事態に困惑していた。
「・・・一歩、たりねぇ。」
そんな呟きが漏れた。
先ほど道場の門下生の高弟だろうかを見回したときに見かけた構え。
刃を寝かせた青眼の構え。
肋骨の間を抜くために刃を寝かせるのは理に叶っていると思った。
だが最初からそうしていたのでは振りあげるのに不都合で、動きは制限されるはずだ。お突きにしても突きの瞬間に刃をひねり込むほうがよほど有意義ではないか。
歳三の飲み込みの早さとはすなわち視界を中心とした情報の収集(現在)と経験(過去)を結びつけて思考・推測し未知(未来)へと備える術を常日頃から行っていた結果であった。
まだ名前を知らぬ構えは、相手に狙いを読まれようとも先に相手を撃つという必死相殺の構えであろう、と歳三は考えていた。
歳三の飲み込みの早さの利点と裏腹に欠点としては実際の術理と関係なく自らの想定を結論としてしまうところがある。
オッサン(近藤)の上段を見た歳三は、根拠はないが、”足りない”気がした。オッサンの動きは見たことがないので不確定要素が多すぎたが、日野宿の道場での稽古や道場巡りの経験がおっさんの技量が半端でないことを悟らせた。
しかしだ、歳三としてもおっさん呼ばわりした程度(勘違い)でなぶられるのは理不尽だと思っている。
いや、好き勝手させるかよといったほうが正しいだろうか。
腰を落とす。四足歩行に近いような体制だ。
相対する近藤にすれば、隙だらけのようで打ち込んでも対応される気がする。
また、身を落とした分、自然と下段に近くなっておりやりにくい。
以降、覚悟を決めた際の歳三の構えである。
野生の獣をも思わせるこの状態を鬼長「モード」と新撰組の隊長格には認知されるようになるが、それはまだ先の話。
今はただ、初のお披露目をもって近藤と一合するのみ。
「・・・・・・」
歳三が何か呟いたが、その声は小さく、聞き取ることは難しかった。
相対しているオッサン(近藤)を除いて。
「・・・これで、命に届く。」
近藤はその言葉が耳に入った瞬間、背筋を走るものがあり、思わず動き出してしまった。
しかし、誘導するように呟いた歳三からすれば動きを読んでいたのだ。相手の動きに被せるようにさらに一歩先んじて動いていた。
この初動をもって対等以上にやれると踏んだ歳三であったが、近藤の時間をかけて磨かれた剣は歳三の想定より鋭く、僅差で歳三を打った。
「ふむ、姿勢が低かったのが幸いしたかのう?脳浸透を起こしただけのようじゃ。運の良いやつよ」
その一言でようやく意識が現実に返ってきた近藤の視界に入ったのは倒れている歳三の様子を見る周助。
それは誘い出され、素人とは言わずとも未熟な相手に全力を出した弟子を諫める言葉だったのか。
「ほっほ。まだまだ世の中にはおもしろいものがあるのぅ」
そう言って笑うのは周助。
ほかの誰も今の試合を見て笑えそうなものは・・・いた。
「へぇ、凄いや!あんな体勢からよく打てるものだなぁ!!あと一瞬遅かったら近藤さん死んでたかもしれないですよ、ホラ!」
近藤の胸部は紫色の痣が残っていた。
「総司、笑い事じゃないぞ」
近藤からすれば実に笑い事ではない。
気持ちよさげに寝息を立てている歳三を見て、近藤は苦笑して言った。
「貴様のようなものが一介の薬売りだと。そんなものがごろごろといては物騒でかなわんぞ。」
後に新撰組の核となるメンバーの邂逅であった。