六章『現代の騎士の永い一日』
六章『現代の騎士の永い一日』
そして、微睡んだような一日が過ぎて、また夜が来る。
「そろそろか」
使い古したナイトコートを着込んで、リミテッドソードを腰に差す。その時点で、携帯端末が鳴った。
「良し、そいつは今後お前が持ってろ」
指定された場所だけ確認すると、携帯端末をエッタに放り投げた。
「バケツの連絡先も入ってるし、何人か頼りになる騎士の連絡先もある。いざとなったら金を払えば助けてもらえる」
受け取ったエッタは、コクンと頷いた。彼女はいつかのドレス姿だ、彼女なりに、勝負服というところなのだろう。
「私は、絶対にハルトが帰ってくるまで待ってるからね」
俺は、それに一つ頷いた。そして、膝をついて、騎士の礼を取る。俺は騎士だったが、生まれて初めてやった行為だ。
「姫様、この命に代えましても、必ず」
俺は、そうして身を翻して、ビルを出る。
「ハルト! 絶対だからね!」
そいつは、埠頭の倉庫密集地帯のリフト作業場にいた。なるほど、そこなら気兼ねなく音速戦闘もできるだろう。
「だが、違うんだよなぁ」
言うやいなや、近くの穀物貯蔵庫の上からロケット砲を一発。ロケット弾はまっすぐにそいつを捉えて走っていった。
一閃、黄金の柄に手をかけると銀の剣を閃かせる。ロケット弾は瞬時にバラバラになるが、その次の瞬間燃え上がる。剣も身体も包み込んだそれは、一瞬で熱と炎の塊になった。男は、瞬時の判断でフードを目深に被り地面を転がる。だが、その程度で消えるような炎は最初から用意してない。火が消えるのを待ってから、俺は地面に降り立った。
「三千度の温度を誇る、テルミット弾頭だ。酸化鉄とアルミニウムはただの炎と違うから、振るったくらいじゃ落ちないぜ、ちったァ効いただろ」
男は、ゆらりと立ち上がる。剣に、鎧にこびりついた酸化鉄とアルミニウムの塊が見えた。
「そうだな、汚れてしまった」
男は平然とスーツアーマーを剣で払うと、そこには傷ひとつない服が現れる。
「冗談だろ? 三千度だぜ?」
「悪いが、武器同様、私のスーツアーマーも特別製だ。通常のものと比べてもらっても困る」
チッと舌打ちする。
「割と金をかけたんだけどな、無駄遣いに終わったか」
「いいや、いい作戦だ。ますます慎重に倒さないとな」
細い目を更に細め、なぜか、手袋を脱ぐ死影。その手袋を懐に収める。
「所で、死に場所くらい俺に選ばせてくれないか? 指定された場所じゃ、どんな罠があるか安心して戦えない」
死影は、剣を鞘に収めた。それと同時に付着した不純物が地面に落ちる。
「……良いだろう」
俺は、程なく近くにある場所を、指で指し。
「じゃ、あの建物だ」
そこには、コンクリート造りの建築中のビルがあった。
「あそこは、貴様がジュリー・リードを倒した場所だな」
「ああ、ゲンのいい場所なんでね。そこなら俺の勝つ確率ってのも上がるだろう」
死影は、静かに目を閉じて。
「いいだろう、その場所で待つ」
「……待つ?」
俺は、訝しげに尋ねた。
「お前が、それどころでは無くなるからだ。賞金の支払条件にローズエッタ・クリスタルの捕獲があるのは、知っているな?」
俺は、その言葉に一瞬我を失う。
「……!? まさか、お前――ふざけんなよっ!!」
死影は、一つ頷き。
「……そのまさかだ、私も気が進まなかったが。独自のルートでお前のアジトを調べさせてもらった。今、私の手下がそっちに行ったはずだ」
「くそっ」
思わず、飛び出そうとするが、それを死影が制する。
「もう、攫われているはずだ。戻っても無駄だぞ……ほら地図だ、このホテルに堂下と俺の手下がいる」
メモを受け取りながら、俺は問う。
「……何故お前が、そんなことをする?」
「条件は果たさなければいけないが、それだけでは夢見が悪かろう。行け、お姫様はナイトが助けるものだろう? あと、出来れば手下には加減をしてもらえると助かるが」
こいつも、タダの悪い奴では無いと言うことか。いや、騎士団を抜けようとしている以上、俺と同種の人間なのかもしれない。
「……感謝する、だが、加減はしない」
背中を向け、跳ぶ。
ホテルの最上階。なぜか、お屋敷を思い出す部屋に、私は囚われている。
騎士の人を見た時は、一瞬で、敵だ、と分かった。けど、抵抗しようもない。大声でハルトを呼ぶのが精一杯私にできることだった。
殺されると思ったのだけど、なぜか、こんな所にいる。
「なんだろう、ここ……」
私の部屋を模した様な部屋。違和感だらけの風景、なんだか、吐き気までする。
「ハルト……」
私は、必死の思いで、ハルトに助けを求めていた。
その時、ドアが開き、私はビクリを思わず逃げる。なぜかは分からないけど、絶対にハルトじゃない、と確信したからだ。
「ふっひっひー、お待たせしたねローズエッタちゃん」
なんだか、言うのは悪いけど、腐った豚のような人だった。絶対に良い人ではないと、確信する。昼間見たねずみさんは、もっと怖い顔だったけど、良い人だと思えたから、絶対だ。
「いやぁ、初めての夜、気合を入れておかないと、嫌われちゃうかなーと思って、こう見えて僕は香水には、こだわる方なんだ」
近寄ってきた豚の人は、近寄ってくる。なんだかとても嫌な匂いがして、鼻を押さえた。
「や……! 近寄んないで!」
慌てて、手を振る。だけど、ふかふかのベッドの上では思うように逃げれず、あっさりと豚に手を掴まれてしまう。
「そうだね、ローズエッタちゃん。自己紹介がまだだった。ぼかぁ堂下鹿大、ローズエッタちゃんの旦那様になる人だよ」
必死で、手を振りほどこうとするけど、それが叶わない。
「ひっ……! やだ! 私はハルトとふーふだもん!」
豚は、舌なめずりをして聞いてきた。
「そうだ、桜原春人。奴とはやったのか? それは今後の君の扱いに関わることだから、ちゃんと聞いておかないとねぇ。君がお嫁さんになるか、ゴミクズのように扱われるかの、大事な話だよ?」
私は、後悔した。こんなことになるなら、昨日、傷ついてでも、壊れてでも、縋り付いてでもハルトにお願いするんだった。ハルトはきっと怒るだろうけど、ハルトだったら――。
「どうやら、まだのようだね、そいつは良かった、あのロリコンの所に何ヶ月も君を置いておくのは正直、気が気じゃなかったんだ」
「いや! 離してっ!」
「全く、ただの金の亡者かと思ったら、変なことを言い出すから困り果てたもんだ。大丈夫だよ、あいつはもう帰ってこないから」
「帰ってくるもん! ハルトは私と約束したもん! きっと、私を助けてくれるもん!」
豚は、笑いながら、私の上にのしかかった、重いし、気持ち悪い……!
「悪いけどそれはないねぇ! あいつはもう殺されてるよ! そうでなかったとしてもここに雇った騎士は二人! あいつは絶対にここには来れない!!」
のしかかったまま、豚は私の上で服を脱ぎ始める。私は、近寄った豚の顔を、おもいっきり拳を握りしめて、叩いた。
「来るもん……! ハルトは来るもん! ハルトは私のナイト様だから! 絶対に、絶対に来るんだもの!!」
「貴様……!」
豚が、手を振り上げる、それと同時に。
瞬間、屋根の一部が崩れて、鉄の柱とコンクリートが降ってくる。
その中に、ハルトがいた。
私の、ナイト様。
「速く……! とにかく速く!!」
音速を超えた代償なんか無視だ、痛みなんか関係ない。街が壊れたってどうせ騎士団がなんとかする! 俺は、夜の街を超音速で疾走していた。あらゆるものは、速さの前では二の次だ、自分が音速の何倍を出してるのかさえ気にしない。
目標の場所まで近づいた所で、視界が付いて行かないのでスピードを一瞬落とした。落とした、と言うより、アスファルトに無理やり足を突っ込んで、制動をかける。
「奴らか……!」
速度が音速を切り、視界が戻る。見えた所にもう武器を構えている騎士が二人いた。
片方は曲刀、片方は斧だ。ライトスピードとタフネスといったところだろうか。
「がああああああっ!!」
だが、そんなものは関係ない。抜剣の刹那に曲刀の男に向かって疾駆する。男の腕が飛び、宙に舞った曲刀を手にした。
慌てた斧使いがその得物を振りかぶるが、それを曲刀で破壊し、胴部を剣で両断した。振り返らず、腕をなくした騎士の背中に曲刀を突き刺す。
敵は下級の騎士だったのだろうが、今こいつらに手こずっているようでは、これからの戦いはやっていけない。
「何より、疾くっ!」
渡された地図は衝撃波で粉々になってはいたが、このホテルの最上階だった。ホテルごと貸し切ってるというので、一般人に被害は出まい。
「待ってろよ……! エッタ!」
一気にホテルの壁を駆け上がる。最上階にたどり着くと、二本の剣で屋上を切り裂いた。そして、そのまま一緒にその穴に飛び込む。
飛び込んで、豚を睨んだ俺の表情は、まさに鬼神のようであったろう。
状況を把握する前に、そのまま、瞬時にベッドまで駆け寄る。
「エッタから、離れろおおおお!!」
エッタにのしかかっている豚に回し蹴りを叩きこむ。蹴り一発で殺すつもりはないので、蹴るというより足で投げる、という蹴り方だ。豚は瓦礫の方へ転がっていった。
「ふぅ、間に合ったか? エッタ」
剣を鞘に戻し、エッタを見る。エッタは、きょとんとしている。だけど、次の瞬間半分泣きそうになりながらも、輝かしいほどの笑顔になり。
「ハルトオオオォォーーーーー!!!!」
跳びかかるように、抱きついてきた。
「どうやら、無事なようだな」
それで、ひとまず安心した。周りを見渡す。洋風の部屋に瓦礫の山で、転がってる豚。
「臭い上に埃っぽい部屋だな、レディを置いとく部屋じゃないぞ」
「う、うごごげご」
豚は、半分失神状態から目覚め、座り込んだまま、あたりを見渡し、こちらの方を見た。
「なななっ、何故貴様が! 死影はっ表の騎士はどうしたっ!?」
ゴミを見るような目で見ながら、俺は言う。いや、実際ゴミだ。
「表のなら殺した、死影には見逃してもらったよ」
俺に指を突きつけながら、豚は狼狽する。
「お、お前は騎士には勝ったことはないんじゃなかったのか!? バケツ頭は嘘を言っていたのか!?」
鞘のない曲刀を持て余しながら、片手にエッタを抱えながら。
「バケツに払う金、ケチっただろ。嘘は言ってねぇ、ただ、情報が古いんだよ」
豚は狼狽しながらもなおも日本語を喋る。
「くそ、貴様、やはり殺しておくべきだった!!」
「そいつは俺のセリフだよ。できりゃあ人は殺したくないんだが、豚ならあの場で殺しておくべきだったな。おい、エッタ、ちょっと目を瞑ってろ」
曲刀を逆手に持ち豚に向ける。
「ま、待て! 分かった! その娘は諦める!! 金も払うから、命だけは……」
「遅いよ、金はあの世に持ってきな」
豚の心臓に向かって、曲刀を投げつける。その曲刀に心臓を貫かれ血を吹き出しながら、豚は死んだ。
「さて、エッタ、一度戻るか。客を待たせてるんで、早めにな」
「うんっ」
那の津に戻ると、ビルの前で死影は立ち尽くしていた。
「待たせたな」
死影は、不満そうに答える。
「本当に待たされるとは思わなかった。騎士相手に手こずったのか? その割には、手傷は無さそうだが」
俺は悪気なく、濡れ髪を掻きながら。
「なぁに、最期の別れを済ませてきたところさ、一緒にシャワーを浴びてきたんだ」
俺の軽口に、死影は頷き。
「それならば仕方あるまい、仲が良いようで何よりだ」
といい、拍手をした。
「ありがとよ、この戦いが終わったら結婚の約束までさせられたぜ」
「それはめでたいな、つまり、私相手に勝つ、という覚悟で相違ないな。あの二人相手に苦戦していた様子でもなし、お前も私の相手ができるほどには強くなっているということか。そうなるとアンプルを……」
「ああ、飲ませてもらったよ。おっと、忘れる所だった」
アンプルに残った最後の一滴を、飲み干す。そしてアンプルを投げ割った。
「ごぶっ」
即座に血を吐きそうになるが、それを飲み込んで。
「勿体ない勿体ない、最後のダメージだからな。飲み込んじまわないと、勿体ない」
それを見て、死影は、顔を顰めて。
「まさか、貴様、それを……」
俺は余裕の表情で血を拭い。
「ああ、『一滴ずつ』毎日大事に飲ませてもらったぜ?」
まるで、死影は俺のことを化け物か馬鹿――おそらくはその両方――を見るような目で見て怒鳴りつける。
「馬鹿な! そんなことをしても戦闘期間とは認められないだろう! お前はいたずらに中毒症状を受け、寿命を縮めたにすぎん! お前は自殺志願者か!」
確かに、今も寿命が秒単位で削れていってるのがわかる。だが――それが心地いい。これがこの戦いの勝利の方程式となるのなら。
「俺なりに考えたんだがな、俺は“スロースターター”じゃないんじゃないかってな」
そうだ、これは俺が、自分の体に聞いた答えだ。
「違和感はジュリー・リードと戦った時からあった。中毒症状は、戦闘じゃない、俺はそんなもんにストレスを受けちゃいなかった。だから、今まで、俺を含めた誰もが勘違いをしていたんじゃないかってな」
死影は、顎に手を当て、考える。
「勘違いだと?」
俺は、先ほど手に入れた曲刀を肩にかけながら、答える。
「ああ、俺達騎士は音速戦闘を超える度に、ダメージを受ける。それは、俺達が人間を辞めちまった証だ。だがな、それが蓄積していくたびに、俺は強くなっている。ジュリー・リードとの戦いで悟っちまったんだ、攻撃を受けるたび、または攻撃をするたび、ボロボロになっただけ強くなっていく自分にな」
ひゅんひゅんと、曲刀で遊びながら、結論付ける。
「結局、俺はダメージイコール強さなんだ。勿論回復すれば俺は弱くなる、だがな」
「今の貴様は、一ヶ月中毒症状を受けてきた。死に瀕するほどのダメージを蓄えている」
もう一本の剣も抜く。それに応じて、死影も二本の剣を抜いた。すでに武器が放っているオーラからして違う。黒の剣と銀の剣が対峙していた。
「ああ、だから、今の俺は最強だ。あのカフェテリアで殺しておくのが正解だったな、死影」
死影は、一つ頷き、さも満足したように。
「ここに最強の好敵手見たり、といったところだな。どうやら私はミスを犯していたようだ。だが――貴様、残りの寿命、明日の朝日が拝めるかどうかすら、わからんぞ」
俺も、一つ頷き、覚悟しきった表情を浮かべ。
「同意見だ、俺の寿命はそんなに残ってないだろうな――だが」
じり、と蹴り足を確認する。まだ、動きに支障の出るダメージ量ではない、いや、俺の場合は、ダメージがかさめばかさむほど能力が上がっていくはずだ。だから、疲労やダメージによる動きの心配はする必要はない。
「繰り返される戦いは音速戦闘を遥かに超える、それだけあれば、十分だ」
お互いに瞬時に消え去る。戦いが、始まった。
死影のデュランダルをすんでの所で躱して胴に曲刀の一撃を叩きこむが、読まれていたらしくアロンダイトで受けられてしまう。それだけで、曲刀は砕け散った。だが、その軌道からわずかにずらした軌道でもう一段。その攻撃は、僅かにずれ、死影の甲冑服を切り裂く。その交錯でお互いに体勢を崩し、一旦飛び退く。
「どうやら、防刃機能は殆ど変わらないようだな。これなら、俺にも勝ち目はある」
敵も今の動きを見るにこちらの動きは見えていない。戦闘勘で、動いている。恐らく上級騎士自身が、目を瞑っても戦えるようにできているのだろう。いわゆる一種の聴勁――目に頼らず戦う中国拳法の気配察知法であり第六感に近いもので戦うことが出来る――だ。こちらに出来ることは、あちらにも出来るということ、単純な話である。
「大したものだ、今まで、私の一合目を躱したものは数えるほどしかいない。しかし、早速武器が一本減ってしまったようだが、どうする?」
二刀流は一刀流には敵わない――なんてのは一般人の理論である。筋力が戦車を持ち上げるほどある騎士にとって、二刀流は、単純に二倍の実力を持つこととなる。
「勿論――こうする!」
俺は、建物の中に、駆け込んでいった。
「ここに来て背中を見せるとは――!」
即座に追う死影俺の背中に向かって両剣を振り下ろすが。
ガギィッ。
「なにっ!」
傘立てに立てておいた、剣を手に取る、そして、合わせて二本で受け流す。
「上手くやれば、流す、位は出来そうだな」
ニヤリと笑って、二本をまた構える。
「リミテッドソードの一本二本じゃ絶対勝てないと分かっているんでな。この建物の中に数、仕込ませて貰った」
「なるほど、強度で不足している分は数で補う、か。貴様が対決場所を指定した理由もよく分かる。これは迂闊だった」
むしろ、それくらいやって貰わなければ俺に勝ち目はない。もっとも、どちらにせよ、この建物に逃げこむことは決まっていたのだが。
俺が用意したのはネズミが世界中の『流通屋』からかき集めた十五本。それと、元から持ってたのと先ほど手に入れた、砕けた曲刀を合わせて十七本。
「――さて、これで、どれだけ持つか」
コンクリートの大地に響く剣戟の音。
一秒間に数百回という剣の打ち合いが交錯する。その度に、コンクリートの地面が大きくひび割れ、天井は崩落していった。
「ちぃっ!」
俺は、崩れてきた二階の天井から降ってきた剣を、折れた剣と交換した。この剣でも上手く使えば数秒程度なら持つ――。それが俺の下した結論だった。
「中々やる、今のお前なら上級騎士と比べても遜色あるまい」
戦闘が始まって、わずか十数秒で七本もの剣を砕いた輩が良くも言う。
「ありがとよ――褒美に一つ、俺に殺されてくれちゃどうかな?」
「断る、後、いたずらに時間を稼がせるのもな――貴様、今際の際の奇跡を狙っているだろう?」
俺は、少し黙って――答える。
「ご名答、今立ってるだけでも、瀕死に近づいてるんでね。なんとしてもこの痛みを味わい続けたい限りだ――」
俺の力は、受け続けた傷であり、受けたダメージである。現在進行で進んでいる中毒症状のダメージ、音速戦闘を超えた代償、今も死に近づきつつある俺の寿命が、全て俺の力になる。
「――ならば、できるだけ早く殺さねばな」
死影が、動く。こちらに向かってまっすぐ斬りかかる構えだ、音速戦闘では、小手先の小細工や剣術は、殆ど差とならない。――はず、だった。
「ちっ、やってくれるぜ」
まっすぐ動くと見せかけたのはフェイント、迎え撃とうとしたこちらの動きを封じるように横に跳ぶ。しかしこちらも負けてられない、俺はその先を読んで、まっすぐ上に飛んだ。というより、実際には一階にはもう剣がないのだ。二階から剣が降ってきたのは、そういう意味でも僥倖だった。
階段からそれを追う、死影。
そこで階段に爆炎が巻き起こり、崩落する。――赤外線を使った単純な発火トラップだが、内容は悪辣なものだった。何しろ、一階全体が炎に覆われている。
まず、一階には発火性の特殊気化ガスが満たされていた。二階には通常より濃い大量の酸素で満たしている。気化ガスは酸素より軽く、天井が崩落し始めたのと同時にほどよく混ざり始める。そして、発火装置の出番である。ぶっちゃけ、あの場で剣戟など再開しようものなら火花で俺も危なかった。そしてコンクリートの融点は二千三百度、この気化ガスの燃焼温度は三千度以上というわけだ。なお、一階と二階の間には特殊断熱材を入れてある。
「さて、程よく焼けてくれてるといいが……」
燃え盛る炎を抱いて、死影が飛び上がるのが見える、どうやらフードも間に合ったようで頭部も無事なようである。――炎を纏って未だ無傷。
「だが――そりゃ、体外に限った話だよな」
俺は二階に跳ぶと同時に二酸化炭素のカプセルを噛み、呼吸器は防いだが、奴は当然気化ガスをたっぷり吸い込んだ。死影の肺を始めとした呼吸器は焼けただれて、使いものにならなくなってる筈である。人間、酸素がなければ活動はできない。
「成る程――このビル自体が、巨大なトラップというわけだな? これだけ大掛かりな物は、初めて見た」
コートを翻して炎を振り払い、炎を吐き、死影がそう言う。その姿は、まさしく化け物のそれだった。
「お前の身体、何で出来てるんだよ」
三千度の炎を吸い込んでおきながら、なお無傷。鉄人とは、こういう人間のことを言うのだろう。もとい、鉄の融点は千七百度、鉄だってこんなにはならない。
「私が、タフネスタイプなのは知っているだろう? 基本タフネスタイプは核爆発の直撃に耐えるよう目指して作られる。水素爆弾の直撃温度は四億度だ。ふざけた数字だろう? まぁ、もっともまだ我々は『今のは危なかった』と言うレベルだが――君も同レベルのポテンシャルは持っているはずだぞ?」
気化ガスの燃焼速度は早い、あっという間に酸素を持って行き、燃え尽きていった。――確かに二階の酸素は薄いが、お互いタフネスでは、酸欠状態は狙うだけ無駄だろう。
「確かに――本当に騎士というのは」
死影が、頷く。
「ああ、騎士というのは」
『何と恐ろしい兵器なのか』
人でありながら空を駆け、生身で戦闘機や戦車と対決し、最終的にあらゆる兵器を凌駕するために生み出された存在。――それが騎士だ。
その騎士が二人、ぶつかり合うのなら、それはもはや、戦争としか呼びようがない。
再び戦争の火蓋が切って落とされた。
私ことローズエッタ・チェリーブロッサムフィールドは、祈っている。
ひたすら、ただひたすらに、ハルトの無事を、命を、幸せな日々を祈っていた。この手には、彼から預かった、黒いカードがある。何が起こっても、お金が解決してくれると。だけど、そう言っていた彼の無事は、誰も保証してくれない。
だから私が戦わないといけない、今まで、必死で願って叶わなかったことはない。
「ハルト。私はね、夢のなかだけど、お母様にだって会ったことがあるんだよ」
とても幼い頃だけど、私は確かにお母様に会ったことがある。その時お母様は私に『私の分まで幸せになりなさい』と言ってくれたのだ。それは、昔は夢だと思っていたけど、ハルトがいる今、それは奇跡だと信じている。
そして今、疑わない。
私には奇跡を起こす力があると、その鍵を握っているのだと、私は思う。
その時、奇跡のようなひらめきがあった。
「そうか! そういうのもアリよね!」
私は、彼から贈ってもらった赤い靴を履いて、外へ駆け出していった。
それが、この物語をハッピーエンドにするための、最後のピース。
第二の剣戟は、長くは続かなかった。
いや、剣戟としては先程よりは長く続いた方だったと思う。それもその筈で、俺が、終始受けに徹したからだった。
十秒ほどを受け続けて――剣が限界を迎えた時、それを投げ捨て大きく後ろに飛んだ。二階にはコンクリートで仕切られた壁があり、その壁から用意していたものを取り出す。
床がめり込むほど、重量六トンにも及ぶ『兵器』だ。その名もボフォース五十七mm機関砲、現段階で手に入れることのできた、最強最大のマシンガンである。マシンガンといっても、艦載用である物に軽量化を図ったもので人間が使うようにはできていない。一発の銃弾――と言うか砲弾の重量も六キロを超え、砲塔といったほうが近い。
問題は、分間二百二十発と言う速度、この速度ではとてもではないが死影には届かない。よって、これを七連装形式に魔改造することで対応した。これで分速は千四百発近くになり、至近距離で狙えば死影をも易易と捉えることが出来る。
そして、俺は大きく踏み込み、そのトリガーを引いた。
「喰らえ―――――ッ!!」
対戦車、対空などというレベルではない、対艦砲の連射に流石の死影も受けに回る。高速で飛来する弾丸を『見て受ける』ことを諦めた死影は、剣で顔面をガードする。
魔改造する段階で、弾倉というものは投げ捨てた。また至近距離で発射するため、コンピューター制御の射角制御装置も排除。二十五秒ほどで即応弾百二十発×七を打ち切る、まさに生きた爆弾のような装置と化している。
これでも、まだ俺の膂力には狙いをつける、と言う余裕が残っていた。なので、狙いは、顔面、露出した手、切り裂いた腹部である。
「――っ!!」
二十五秒撃ち切って本体を叩きつける。それを、死影は切り裂いてみせた。
「――ったく! あぶく銭全力投球した究極兵器だっていうのに、まさか不発に終わるとはな。期待はずれもいい所だぜ」
今のが完全に防がれたというのは、銃という武器の完全敗北に等しい。これを超えるものは、もはや銃という枠に収まらず。また、そのレベルの『砲』は時代的に『ミサイル』に取って代わられている。騎士は、ついに銃に打ち勝ったのだ。
「いや、今のはさすがに、全力で痛かった――銃弾が、徹甲弾だったら危なかったな」
この武器は、貫通力より破壊力を徹底して作られているため、信管弾を用いられている。これは、直撃しなくても小さな重金属弾をばらまくことにより広範囲に威力をばらまく弾薬だ。その分、一撃の威力は減少しているがばら撒いた二階の床はもう、半分がなくなっている。
「せめて、対騎士用の銃器が開発されてればって今更ながらに思うぜ――」
よもや第二次世界大戦終了後に、『騎士』なる新たなジャンルの兵器が台頭するとは誰が思っただろうか。銃が効かず、人型で対象を狙い撃つ知性を持つ兵器。まったくもって想像するだけで鳥肌が立つ。
地面を蹴ると、そこから二本の剣が飛び出す。
「三階に移ろうか、ここはもう足場がない」
死影も笑いながら、階段をあがる俺に従う。
「次はどんな悪辣なトラップが待っているか、期待しているよ」
はんっと鼻で吹き飛ばしながら俺は言う。
「もう三階にトラップなんてねぇよ」
ボロボロになったビルは、ミシミシと軋みを上げていた。
三階に上がった瞬間、後ろの死影が剣を収める。その行為に、俺は顔を顰めて。
「休戦協定には、受けて立たねぇぞ」
彼は首を振り構える。って、あの構えは――。
「切り札を見せるのが君だけでは、面白くなかろうと思ってな」
それは、唐突だった――両の拳が豪雨のように叩きつけられる。と言うか、スピードだけだったら剣などよりよほど速い――、こいつは。
「翻子拳――ッ!?」
翻子拳、八極拳と同じく北方を発祥とし、まさに雨を叩きつけんばかりと呼ばれる拳法である。その武術としての優劣は、八極拳に勝るとも劣らない。
剣で、なんとか捌くが、それも三秒が限界だった。全身を打ち付けられ、壁の端まで吹き飛ばされる。コンクリートを粉砕して、地面に落ちる直前で止まった。
「て、てめぇ」
がらがらと、コンクリートを振り払い立ち上がる。
「あの銃で拳に傷がつかなかったのに、気が付かなかったのが敗因だな。私も硬気功をやってるんだ、悪いが、それも念入りにな――だが、殺したつもりだったが」
確かに、俺の拳は甲冑服に通用しなかったが、今の俺には痛みがある。クンフーでは、あちらのほうが遥かに上だろう。――切り札がなければ、死んでいたかもしれない。
「悪いな、俺の甲冑服も、特製なんだ――」
俺の甲冑服は、見た目にはそう見えないが、二着分を合わせ、二倍の厚みを持つ一品だ。その時のことが思い出される。
「ほら、できたよハルト! 着てみて!」
重そうに――と言うか重くて持てない――服を膝に抱えて座り込んだエッタが言う。
「おお、ついに出来たか、どれ」
持ってみると、確かに、ズシ、と来るものがある。だがこれは服だ、着てみると重さの割りには不思議なほど動きを阻害しなかった。それどころか、以前より腕の周りなどは動きやすいフシすらある。
「これは――凄いな、二着分合わせたっていうのになんか動きやすいぞ」
ふんすと胸を張りながら鼻息で偉そうにするエッタ。
「前のその服は、一枚布の割には設計が悪いんだよ。だから、私が切って縫い直したの。動きやすさは保証付だよ!」
「すごいな、エッタは」
エッタの頭を撫でてやる。
「手応えが違うと思ったら、甲冑服を重ね着するとは恐れいった、しかし、二着分着るとなるとあまりにも動きが悪くならないか?」
「悪いが、こっちにはマイスターがいるんでね、その辺の心配は無用さ」
死影は、一つ頷いた、驚いたという様子はない。むしろ、俺が何らかの切り札を有していることに納得した様子だった。俺は、気合を入れて拳を握る。
「そうか――では、今度はそれよりも気合を入れて殴るとしよう」
再び、構えをとる死影、翻子拳のクンフーには余程自信があると見たが。
「だからといって――」
剣を投げ捨て、裂帛の気合とともに一瞬で間合いを詰める。
「ナメんじゃねぇぞ!」
今度は――手応えあり、パワーも前の戦いより随分と上がっているようだ。
「こっちだって――」
言うやいなや、飛び退く死影。
「おっと、そういう訳にはいかない。拳を当てたまま会話に入って、浸透勁を狙いに行くつもりだろうが、君の切り札くらいは知っている」
「チ――バケツのヤツめ」
そのまま、剣を取らずまた構えをとる死影、あくまで素手でやろうっていうのか。
「――面白ぇ、やってやろうじゃねぇか」
激しい拳打、一撃ごとに大気が揺れ、衝撃波で何処かが吹き飛ぶ。震脚も、場所を選ばないと床を踏み抜きかねない。できるだけタングステンでできたビルの骨格を狙って踏みつける。
素手対素手でやってみると、戦いは五分だった。翻子拳の激しい拳打も、接近短打を得意とする八極拳の前では内に入っては空振りに終わり、かと言って、距離は取られては打ちのめされて、の繰り返しだった。
お互い、打ちのめされた状態で向き合う――。
「――これは、素手の戦いでは完全に互角のようだな。いかん、興じてしまいそうだが、攻撃を繰り出すほどそちらが有利になっていくのを忘れてしまう所だった」
渋い顔をした死影は、剣を抜く。このままだと、勝負を決したのは俺の方だっただろう。そのくらいに、お互いの実力は伯仲し、そして、単純なパワーとスピードでは俺が上回りつつあった。クンフーの差を、押しのけるくらいには。
「しまった――バレたか」
俺も、下がって剣を取る。
「次からはお互い本気、心臓を取ったほうが勝ちの勝負にしようではないか」
確かに、心臓を取る勝負では、まだ死影の方に分がある。単純に戦ってきた回数と相手、そして武器が違う。――だが。
「――悪いが、そのつもりはないんでね、第一、三階には剣を置いていない」
死影が、訝しげに問う。
「何だと――」
「こういうことだって言ってるんだよ!」
俺は、さんざんに暴れてボロボロになったビルの中央に剣を叩きこむ。瞬間、ビルそのものが倒壊した。今叩き切ったのは、このビルの要、タングステン製の柱である。
もとより、まともな勝利など願ってなかったのだ――。
全ては、このための布石、ビルがボロボロになるまで暴れて、とにかく戦闘を長引かせて、そしてこれである。
狙いは、ビル全体の倒壊、無論、そんなものでダメージを受けるほど、騎士が甘いもんだって思っちゃいない。
だから――ビルの四階には鋼鉄、五階には更に重い鉛の板を敷き詰めた。丸々フロア一層隙間なく、だ。重量が何トンあるのか、もう考えてはいない、だがこれだけは言えるだろう。この厚みの鋼鉄は、剣では切り裂く長さが足りない。この重さの鉛は、確実に敵を圧殺する。
三階には罠はないと言ったがそれは事実だ。だが――四階、五階そのものが、いや、このビル一つがそもそも巨大な罠だったとしたら。
「潰れて死ね――死影!!」
――程なく、身体が動くことに気がついた。満身創痍だが、まだ動く。鉄の塊に潰されたはずなのに、それを押しのけて、動くことが出来る。――俺にそれが出来るということは。
「まだ生きてやがるのか、死影――」
鋼鉄を、鉛の塊を少しずつ切り裂き、押し広げ、立ち上がる。
「流石に――いまのは、生きた心地がしなかった」
相手もボロボロであったが、動きに支障は無さそうだった――さすがはタフネスである。
「……策は?」
死影は、素直に聞いてくる。
「もうねぇよ……後は、こっから剣を拾いだして、叩き合うだけだ」
残りの剣は、五階の上に隠してあった、本数にして残り五本。
「――なら、私の勝ちだな」
悔しいが、そうなるだろう。
最後の剣戟が、今始まる。
――結果として、そうなった。
剣は全て砕け、俺は片腹を斬られて、座り込む。
限界だった、ダメージも、疲労も、そして、寿命も。
視界の端に夜が明け、空が白んでいくのが見える。
「――なんだ、朝日、拝めそうじゃねぇか」
そんなに長い時間、打ち合っていたのか。
あまりに長い剣戟に、周囲はほとんど吹き飛び、いつの間にか死影も肩で息をしていた。だが、致命的なまでに無傷、ここまで打ち合ってなお、一刀も浴びせられぬとは。
「最後の二本になってからの戦いぶりは、もはや神業としか言いようが無い。そのうち一本が折れてからは、もはや奇跡と言わざるを得ない――貴様は、よくやった」
目に映るは、振り上げた黄金の柄を持つ銀の剣、デュランダルだっけか。
「せめて、武器があったら、な……」
せめてもう一振り、武器があったならば、戦局は大きく違っていただろう。
「私も、死神と呼ばれた私だが、首筋を死神に撫でられたのは初めてだ。誇っていいぞ」
何だ、その程度か。
「俺は、そう言うの、いくらでもあるよ」
そうだ、こいつと俺で、唯一勝ってる部分があった。くぐった、死線の数だ。
――なら、せめて今この手に、武器があれば。武器があれば、勝てる。
霞む視界で見上げる。――そこにそれは、あった。
「――何だ、武器なら、あるじゃねぇか」
手を伸ばせば届く位置にある。ならば手を伸ばさなければ、損だ。
俺は、その武器に、手を伸ばした。――必死に手を伸ばす。それさえあれば、この戦いは、勝てるのだ。
だが、その前に、敵の剣が届くはずだった。俺を、切り裂くはずだった――だが。
「なんだ――と」
後ろで死影が呟く声がする、俺は、武器を掴んで立ち上がる。
俺は、黄金の柄を持つ銀の剣、デュランダルだかを持って。
「これで――俺とお前、『武器だけは』互角だ。存分に、やりあえる」
死影は、振り下ろしたはずの武器がないことに気が付き、その掌を見て目をつぶる。
そして一つ頷いて。
「――ああ、確かに、『武器だけは』互角だな」
アロンダイトだかを手に握る。
お互い倒れかかるかのように、しかししなやかに、何よりも速く。
――最後の一撃が、始まる。
「貴様、もう、死んでいたか――」
死影が、俺の頭を掴む。俺の目にはもう光はなく、斬られた筈の脇腹は、血すら流れていない。勿論、剣の突き刺さった首からも、一滴の血もでない。何時ごろからそうだったのか――俺は、とっくに死んでいた。
多分剣戟の中盤辺りからの脇腹への一刀が決め手になったのだろう。失血し死んでいても、俺はそのダメージで動いていた。能力だけが、この俺をつき動かしていた――鼓動は久しく聞いていない。
「死神といえども、死人は殺せぬ――と言うことか」
そして、その死神の心臓にも、剣が突き刺さっていた。
「能力では、貴様はとうの昔に私を上回っていた。まさしく死線を越えし者よ」
お互いの剣で、お互いを貫きながら、俺は、詮ないことを考えていた――。
このエンディングで、本当に良かったのだろうか?
このエンディングで、正しかったのだろうか?
俺は、もっと正しい選択を選べていたのではないのだろうか。
例えば死影がそうだ。彼に頼めば、エッタの一人くらいは面倒を見てくれたかもしれない。
確かに、これで二百億、エッタの手には渡るだろう。
しかし、彼女が喪失したものは帰ってくるのだろうか。
――多分、俺は、選択を誤った。
そうして夜が明ける、最後に見えたのは、太陽の光だった。




