影の男の性欲解消
宇宙は無限に存在し、無限に存在する宇宙を膜が包み一つの世界を作り出す。そんな世界もまた無限に存在することで、全ての世界は成り立っている。
時間で、意思で、可能性で、あるいはそれ以外で宇宙は常に増え続け、その分だけ世界もまた増えている。無限を超え、更に無限を超え、更に更に無限を超え、いつでもいつまでも世界は常に増え続ける。
ならば、宇宙の始まりはどこにある。世界の始まりはどこにある。
それが、ここにあった。
そこには、あらゆる全てがあった。
人があった。地面があった。空があった。宇宙があった。空間があった。時間があった。世界があった。因果があった。知識も、知恵も、可能性も、事実も事象も矛盾も存在もそれ以外も。
ありとあらゆる全てがそこにはあり、ありとあらゆる全ての始まりがそこにはあり、ありとあらゆる全ての終わりがそこにはあった。
宇宙とは、世界とは、ここから漏れでた破片で構成されているのだ。ありとあらゆる全ては、ここから流出した欠片で作られているのだ。
名前をつける必要はないけれど、そこには名前があった。
『セントラル』。
そこは、ありとあらゆる世界の中心。そこは、ありとあらゆる全ての始まりにして、ありとあらゆる全ての終わり。そして、あらゆる全てを覆うもの。
ありとあらゆる全ての中では、ありとあらゆる全てが起こる。
◆
ありとあらゆる全ての中にそれはいた。
影だ。影がいる。影の男だ。影の男がそこにはいた。
影の男は考えていた。
性欲を解消したい。
理由はない。思いついたからだ。解消する必要もないけれど、解消しない必要もない。
ならば、影の男は性欲を解消することにした。
影の男は考える。どうやって性欲を解消するか。
自慰はつまらない。そんなもので性欲を解消しても、どこかむなしいだけだ。
やはり、何かを使って性欲を解消したほうが、むなしくないし面白い。
何を使おう。やはり女か。女を使うのが一番か。
影の男はやってみた。人の女を作って、性欲を解消してみた。
でも、なかなかうまくいかない。影の男は人ではないし、人の女は影ではない。
だが、なかなか気持ちよかったのは確かだ。自慰では味わえない充足感を、影の男は感じていた。
女性器の存在だろうか? 影の男は、今は男性だ。もちろん、男性器が付いている。女性になることも出来るけれど、今は男性だ。
男性器と対になる女性器の存在が、充足感を感じさせているに違いない。
とりあえず、影の男は人の女を殺してみた。それから動かしてみるけれど、今度は何も感じない。
むなしいだけだった。
人の女は、死んだ瞬間に物になった。人ではなく、物になった。生命がないのだから、それは既に無機物だ。
なるほど、ならば生きていればいいのかもしれない。それならば、人である必要もない。
影の男は色々と試してみた。
魚、猫、犬、泥、空気、惑星、宇宙、世界。
色々なものを使ってみた。色々なものを女性器にして、性欲を解消しようと試みた。
素晴らしい充足感だった。満ち足りることが出来そうだった。
だが、満ち足りない。後一歩が足りない。何かが一つ、足りなかった。
影の男は考える。何が足りないのだろう。
対であること。命があること。これだけでは足りないのだ。なら、あと一つは一体何か。
影の男は考えついた。そうだ、何故これが抜けていたのだろう。
対であることは大切だ。命があることも大切だ。
でも、自分が今まで試していたのは何だ。
人で、魚で、猫で、犬で、泥で、空気で、惑星で、宇宙で、世界で。
全て、自分と違うものじゃないか。
ならば、自分と同じであればいい。
影の男は作り出した。少し困難だったけれど、それでも何とか作り出した。
自分と同じで、自分と対で、そして命がある。
影の女がそこにいた。
早速入れてみた。
ああ、何と素晴らしいことか。
影の男は満ち足りた。
一つになるような一体感。全てを感じ取れるような全能感。
今、影の男はまさしく全てにおいて満ち足りていた。
自分と同じで、自分の対になる影の女。ああ、彼女は素晴らしい。
一つになるとは、何と素晴らしいことなのだろう。
素晴らしき時間もいよいよ終了だ。自らを彼女に解き放つ瞬間が迫っている。
今こうしている瞬間も、自分は満ち足りている。放出すれば、壊れてしまうのではないだろうか。
影の男は怖かった。しかし、その魅力に抗うことが出来ない。
今か今かとその瞬間が迫る。自身が脈動し、解き放つ瞬間を待っている。
そして、それは訪れた。
幸福だった。
満ち足りたその先にあったのは、全てを愛する幸福だった。
幸福すぎて、幸福すぎて、ああ、これ以上は言い表せない。
ありがとう。ありがとう。
影の男は、自分がいることに感謝した。影の男は、影の女がいることに感謝した。
世界に感謝を。存在に感謝を。ありとあらゆる全てに感謝を。
そして、全てに愛を。
影の男の愛が世界を覆う。余波で宇宙が億単位で消滅したが、それ以上に愛が世界を覆った。
ありがとう。そして、愛している。
影の男は全てを愛した。愛して、愛して、愛して。
そして、少しだけ疲れた。
影の男は微睡んで、影の女は微笑んで。
そして、影の男と影の女は、幼い子供のように少しだけ眠った。