ファイル02 進級式にて ~邂逅~
というわけで、第2話です。
まだまだ、何も話は始まっていないので、頑張って、続きを書いていきたいです。
読んだ方は、感想等をいただけるとうれしいです。
ヒューイは今、普段の彼からは想像もつかないくらい、緊張していた。
本当に、どうしようもないくらいに。
そんなヒューイが今、どこにいるのかというと…
高等部の、それも進級式真っ最中の体育館だった。
しかも、例年の進級式にないくらいに、人で溢れかえり、満席状態で、普通は考えられない立ち見さえ出る始末だった。
そんな、あり得ない状態の進級式で、ヒューイは新入生総代として、高校に入ってからの抱負を、述べなければいけなかった。
これだけ人が大勢いる中で、発表するのは、さすがのヒューイといえど、かなり緊張する。
いくら、戦の前線で死線を甲斐くぐってきたとはいえ、まだ14歳だ。
緊張するのも致し方ない、といえるだろう。
そもそも、今年の進級式には、どうしてこれほどまでに、多くの人々が集まったのか。
それは、ヒューイが飛び級したのも、全くの無関係とは言えない。
しかし、一番の原因は、魔導女王の異名を持つ、最強の魔導士・エキドナが招かれたことだろう。
エキドナは、たった1人で2つから3つの国を攻め滅ぼせると言われるほど、桁外れな魔導士で。
全くの未完成かつ不完全だった魔導体系を、ひとりで一気に今日の形態にしてみせた、偉人である。
要した時間は、たったの5年。
それは、この国に留まらず、世界中から称賛を受けている。
そんな彼女がいるからこそ、この国は戦争であろうとも、武力で仲裁に入ったり、他の国の助太刀をしても、他国から襲われることはなかった。
そう、エキドナは、最強の魔導士で、畏怖の象徴――――――。
他国では、“死神”と恐れられる。
そんな彼女は、そのほとんどが謎に包まれた存在で――――――。
その事が、余計に畏敬の念を抱かせる要因のひとつでもあった。
そのエキドナが来るのだ。
「王」と普通に会えるヒューイでさえ、あまり会ったことはない。
「王」からはあまり、会うのを許してもらえなかった。
その理由は後々、判明するのだが、今のヒューイにはまったくわからなかった。
それほどの有名人が来る進級式に、大役を任されたとあっては、さすがに緊張しない方がおかしい。
その点では、ヒューイは正常な感覚の持ち主、といえるだろう。
「新入生の抱負。
新入生を代表いたしまして、新入生総代、ヒューイ・リード」
という、司会進行役の教師の声を受けて、自分の席から立ち上がるヒューイ。
立つとき、椅子は愚か、一切の音がしない。
それはもちろん、ここは魔導士を育成する学校で。
その中でも、飛びぬけているヒューイが、椅子から立ち上がる動作の中でも、音を一切たてないように、魔導をもって、他者に気遣うことができない訳がない。
しかし、術を動かしたこと自体を他者に感づかれずに魔導を発動するのは、中学から高校へと上がってきたばかりの新入生には至難の業である。
そんな高校1年レベルでは、少し難しいような高等テクニックまで、サラリとやってのけるヒューイはやはり、異常に、優秀すぎるといえる。
だが、そのことに、誰ひとり気付かない。
そして、ヒューイは、表情ひとつ崩さず、緊張をも、その無表情という表情に押し込め、あくまでも落ち着きを保っているかのように壇上まで歩く。
ヒューイが壇上に上がった時、突然、それは起きた。
一瞬、体育館の全ての照明が落ちたのだ。
だが、それは本当に一瞬で。
すぐに元通りになる。
しかしすぐに、ひとつだけ、照明が落ちる前と変わっているところがある、と、人々は気がつく。
そう、体育館で唯一、来賓用に空席にされていた席の目の前に、先程まではいなかった女性が現れたのだ。
茶色い革製のフロックコートを羽織り、その下には、普通の服に見えて、最高ランクに匹敵する高度な軽鎧を身につけている。
腰までの長い銀髪に、星々の輝きを閉じ込めたような、銀の瞳。
一体何歳なのか。
永い時を生きているはずなのに、若くて美しい女性だ。
しかし、それは明らかに、エキドナ本人に違いなかった。
現れたエキドナは、人々の歓声に、微笑みつつ、まるで女王のごとく上品な手の振り方で応え、歓声が収まるのを待って、席へと座る。
その、気品溢れる、ひとつひとつの動作には、皆が目を惹かれる。
しかし、誰も、彼女が座る時に、一切、音が立たなかった事に気付かない。
いや、彼女が術を動かした事に気付く方が困難なのかもしれない。
しかも、その動かし方は、本当にヒューイにそっくりで、他者に感づかれないようになっていたのだ。
無理もないだろう。
それを見届けたヒューイは、お辞儀をして、抱負を読み上げ始める。
まだ、14歳とは、思えないくらいに大人びた抱負を述べるヒューイ。
その様子を、エキドナは、微笑みながら見つめる。
まるで、成長した、愛しき我が子を見つめる、母親のように――――――。
そして、ヒューイが抱負を読み終え、自分の席へと戻ると、エキドナが、そのタイミングを見計らったかのように、再び立ち上がる。
もちろん、一切、音が立たない。
立ち上がり、口を開く。
(おそらく)公の場では、(ほぼ)初めて、言葉を発する。
「新入生の諸君。
よくぞ、ここまで集まってくれた。
「王」のエルザも、とても喜んでいる。
そして、今年から、私も高等部と大学部で魔導の授業の教鞭をとることになった。
最近では、随分、優秀な者もいるみたいだからな。」
といって、どういうわけなのか、エキドナは、ヒューイの方へと目を向けてくる。
いや、普通に考えれば、「優秀な者」とは、ヒューイのことを指していると思うのだが、ヒューイ本人はそう思っている訳ではないので、(顔には出さないが)驚く。
「・・・というわけで、明日から、よろしく頼む」
とまぁ、エキドナは、いろんな意味で、衝撃的な宣言を告げたのだった。
もちろん、その宣言を聞いた者は皆(特に新入生達は)、驚きのあまり、固まってしまった。
ヒューイも例外ではなかった。
しかし、そこはやはり、さすが、ヒューイ。
他の者達よりも、現実に復帰するのが早かった。
その為、彼のみ、エキドナが体育館から去っていくのを、はっきりと見ることができた。
エキドナが去る時、思わず立ち上がり、彼女が去るのを見送るヒューイ。
さらにヒューイは、
「・・・・エキドナ様が・・・俺達の『魔導学』の先生・・・」
と呟く。
そのヒューイの瞳は、いまだに、エキドナが去った今も、彼女のいた場所を映し出していた。
それからしばらくして、ヒューイは、彼女がいた場所を見つめつつ、無意識にズボンのポケットから、小さな蒼い石のついた、ペンデュラム型のネックレスを取り出す。
そして、何かを確かめるように。
自分に、何かを言い聞かせるかのように。
そっと、握りしめる。
その立ち姿は(ヒューイの中性的顔立ちも相まって)まるで、愛しい人の行く末を案じ、その帰りを待っている少女のようで。
現実に復帰した人々の視線を再び、ヒューイのもとへと集めていた。
こうして、緊張しっぱなしの進級式が終わったのだった。
そんな中、進級式を、立ち見していた人混みの中から、ヒューイを見つめる視線がひとつ。
その視線には、偽りの情愛と、裏に隠された冷たい狂気が込められている。
しかし、その視線は、誰にも気づかれることなく、すぐに、どこかへと消え去る。
次の瞬間には、その視線とは別に、他の視線がヒューイを見つめる。
それは、妙に熱っぽい視線で。
まるで、ヒューイに対して一目惚れをしているようである。
しかも、その視線は、割とヒューイの間近から放たれていて。
それに、茫然自失となっているヒューイは、気づかない。
しかし、視線の熱っぽさは、確実に増していくばかりで。
でも、その日に、その事実に気づく者は、誰ひとりいなかった。
前書きにも書きましたが、まだまだこれからなので、読者の方々の感想などを参考に、よりよい物を目指していきたいです。