偏差値7...想変?
想像変更…略して想変。イメチェンです。
かなり無理やりな気がしますね、すみません…。
汐音は今日、いつも以上にそわそわしていた。
理由は簡単である。一言で言えば、いつもと違うからだ。
いつもと違うだけでは文章だけでは伝わらないので細かく言うが、今日、汐音は眼鏡を掛けずに学校へ来た。言うならば、コンタクトレンズを着けて学校へ来たのである。
眼鏡の買い替えを週末にすることになったので、これではコンタクトレンズを買って貰ったのにもったいないと言うことで今日に着けてきたのだ。
よく見えるが、着けるのに苦戦してしまいギリギリで遅刻してしまった。遅刻したのはいいが(いや、よくないが)、衝撃だったのが教室に入った時誰だか分かってもらえなかったことである。
担任の小清水に、長い沈黙の後「ああ、藍沢さんか」と言われたのだ。そんなこと言われると思っていない汐音は、余程のショックを受けたのだろう。
あまりにショックだったので、そのことを伝えにある人を訪ねて5組に来ていた。もちろん友人と呼べる唯一の人間、白石 葩をである。
「葩ちゃん。」
「ん!?」
葩は一瞬誰に呼ばれたのか分からない、と言ったような表情を浮かべた。いつもの笑顔のまま長い睫毛で縁どられた垂れ目がちな眼を巡らせ、声の主…汐音を探す。
一瞬目が合うと、「アレ?」と声をあげられた。
「…しおおおおおおん!!?」
オーバーリアクションも何故だか今日は普通の反応に見える、そんな今日の自分が疎ましかった。何よ皆して、すっぴんがそんなに不細工だっていうの?
汐音はちょっぴり拗ねたように頬を膨らましつつ、葩の下へ歩み寄った。
「…そんなに変?」
「うううううん…いや、何ていうかさ!その…特徴がログアウトしてない?みたいな?」
「その答えウンなの?ウウンなの?どっち?…私ってそんなに特徴ないかなぁ…」
「そーだねぇ…この銀髪以外特徴ないかもねぇ…」
葩は汐音の銀髪を梳きながら、「目立つ色だとは思うんだけど…」と苦笑交じりに答えた。つまりは、目立つ色の割には影が薄いと、その様な事を言われた気がする。
汐音は寂しそうに溜め息を吐くと、葩の頭の先から足までを見つめた。存在感溢れる葩の容姿は、汐音にはないものだらけであった。
まず、髪留めに使われている赤いリボン。単体で見ると普通に古臭そうなそれは、ただ葩の髪に留められていると言うだけで何か特別なもののように思えてくる。本人にとって特別か否かは分からないが、汐音から見るととても平凡なリボンにしか見えない。
「なあにぃ~??汐音ってば、葩ちゃんの美貌に見惚れちゃった感じ!?」
「うん…?ちょっと違うかもだけど、そうかも」
「もお~~っ、汐音のエッチィ!」
何がエッチなのかはさっぱり分からないが、とりあえずノリで叩かれた肩が痛い。肩を摩りながら、もう一度葩に視線を移す。
周りの女子に比べたら割と薄化粧な葩の肌は、ファンデーションが塗られているのでよく分からないが見たところ綺麗そうだ。唇も油を塗ったくった様につやつやしており、男目線で行くと美味しそうと思うのではないだろうかと想像する。
「…汐音、まさかガチ!?ガチレz」
「違うよ。何ていうか、葩ちゃんって存在感あるから…どうしたらそんな風になれるのかなあって、まずは容姿見てたの。」
「思いっきり否定されちったあ…。ん?葩、自分で自分を存在感あるなんて思ってないよ~~?」
「えぇっ!?」
いつも感情が穏やかな汐音が珍しく、こればかりは本当に驚いてしまったのか大きい声を上げてしまった。周りもうるさいのでそんなに目立ちはしなかったが、2、3人はこちらを振り返ったような気がする。
葩はそんな汐音がおかしくて、思わず笑いを零した。そこ普通驚くところだろうかと、少しズレている汐音を見遣る。
「…あっ!じゃあ、このリボンあげよ~か??」
「えっ、いいの?」
「いいよぉ~、コレねぇ、バレッタだから汐音でも簡単に留められると思うよ!」
そう言いながら葩は、汐音の銀色の後ろ髪をハーフアップにしてまとめた。流石にボブでは後れ毛なしには留められなかったが、そちらの方が返ってよいだろう。
汐音の銀髪にリボンの鮮やかな赤が映える。葩は満足そうに、汐音の後れ毛を整えながら頷いた。
「うん、かっわいい~♥」
「何か、恥ずかしいや…変じゃない?」
「かわいい!もうねぇ、セクハラしたくなるぐらい!?」
「それはやめて。」
二人が談笑を楽しんでいる間に、予鈴が金属を震わせながら大音量で鳴った。少しばかり教室の遠い汐音はアッと声を上げると、時間を惜しむように葩を見た。
「楽しかった、また生徒会でね」
「うんっ♪かいちょーさんに会うのが楽しみだねえっ」
その一言に鼓動が脈打った。そう言えば今日一度も鶴伎のことを考えていなかったことを思い出した。
遅刻の事で頭がいっぱいだったし、先生の件でショックで頭がいっぱいだったしで鶴伎のことを考える隙間がなかったのだ。そんなのはただの言い訳でしかないが。
汐音は教室を出ながら葩に向かって手を振り、9組へと足を急がせた。
―
毎度訪れる昼休み。毎度毎度鶴伎or久遠が迎えに来るのだが、今日は毎度とは違った。
長い休み時間になると途端に教室は人の声で溢れるようになる。いや、それは良いのだが、問題は今日の昼休みのうるささである。
クラスの女子が周りを囲って、汐音を問いただしているのだ。理由は確実に、今日の汐音の姿についてであろう。
「藍沢ちゃんって、いつもコンタクトだったっけ?」
「…ううん」
「何で今日コンタクトしてきたの?」
「…なんとなく。でもすぐ眼鏡に戻るよ」
「このリボンって、あのブリッコちゃんのと一緒だよね?どうしたの?」
「ブリッコちゃん?…ああ、葩ちゃんか。貰ったの」
止め処なく溢れかえる女子からの責め苦にも聞こえる質問攻め。汐音は今日ほど面倒な昼休みはないと思った。
いつも鶴伎が迎えに来るかでそわそわしていて気が持たない時があるのだが、これはこれで凄まじく疲れる。今日はここで気力を使い果たし、午後の授業は寝るしかないのではないだろうかと思った。
そんな汐音の気など米の一粒ほども知らない彼女たちは、遠慮することなく汐音に質問をふっかけ続けた。教室の扉によりかかって汐音を待っている、学校のアイドルなどには気付かずに。
「ねえ、何で髪の毛銀髪なの?染めたの?」
「何でだろうね、昔お母さんが染めたんじゃないかな」
「綺麗だよねえ~」
「ありがとう」
「そういえばさ~長谷寺先輩と付き合ってるの?」
「あ、それ私も気になってた~!!いっつも迎えに来てくれてるもんねぇ。」
女子たちからの視線が痛い。汐音は隙間を探して、扉を見ようとした。微かな隙間から、鶴伎の深緑の瞳が見えた気がした。
汐音は深く溜め息を吐けば、首を振って否定の意を表した。そして、まるで椅子に足が張り付いているのではないかと思ってしまうほどの重たい足を椅子から離し、立ち上がった。
「私、鈍臭くて仕事ができないから…指導してもらってるの」
「…ふーん…。」
更に突き刺さるような視線を、体中に浴びた。誤解しないでもらいたいのだが、この大勢の中で弁解してもさほど変わらないような気がする。
ただでさえぼっちな9組での生活が、更にぼっちになるような気がした。弁当を片手に持ちながら、ずっと待っていてくれた鶴伎の下へと急ぐ。
「すみません…何故か掴まってしまって」
「別にいいけど、理由は定かじゃない?」
「え?」
廊下を歩きながら、鶴伎の目を見た。鶴伎もまた、汐音の赤茶の瞳を見つめる。
「だって、眼鏡してないし目立つリボンしてるし…イメチェンしたの?」
「え、いや、イメチェンといいますか…」
簡単そうで複雑な理由を、鶴伎に細かく説明する。とても面倒だったが、この恰好は決してイメージチェンジをしようとしてしている訳ではないので、汐音としては弁解する必要があった。
鶴伎は汐音の銀色の髪の毛を人差し指と中指で軽く触れると、優美な微笑みを浮かべて言った。汐音はおろか、鶴伎ファンが全て酔いしれてしまいそうな一言を。
「とっても、可愛い。そっちの方がいいんじゃない?」
「っ…」
瞬時に赤く染まる汐音の頬を、長く細い鶴伎の指が這う。この人の指使いは一々エロいと、汐音は眉根を寄せた。まだ恋人同士ではない、と自分に言い聞かせる。
どうしてこの人はyesと言わないくせに、誤解させるような行動を取るのか、とても不思議だ。汐音は火照る頬に風を感じながら、開きっ放しの昇降口へと足を運んだ。
鶴伎を盗み見ると、鶴伎はくすくすと一人で小さく喉を鳴らしていた。
―
「鶴、おっせーーよ」
裏庭に行くと、明らかに不機嫌そうな表情を浮かべた久遠が居た。むっすーという音がせんばかりのしかめっ面で弁当を頬張っていた。
「ごめんね」
全くごめん等と思っていない様な表情の鶴伎が、久遠の隣に座る。汐音はその隣に座りながら、二人のやり取りを見てひやひやしていた。
「あの、私のせいなんです…クラスメイトに捕まってしまって。」
「…あれ、汐音ちゃん!?」
「へっ?」
汐音が弁解をしようとしていた矢先、久遠が大きな声を上げて大きく目を見開いて汐音を見つめた。
まず赤茶の両目をまじまじと見つめた後、視線はやはり整えられた(纏められた)銀色の髪の毛に移った。真紅のリボンを見れば、視線はまた汐音の瞳に戻った。
何か言いたげに口を半開きにして、呆けたような表情を見せている久遠に鶴伎が思わず吹いた。
「何驚いてんの。紛れもなく、この子は汐音ちゃんだよ…あと汐音ちゃん、こんな馬鹿に弁解は必要ないから。意味ないからね。」
「……ちょっと待てよ…」
固まっている久遠を放って、鶴伎は購買で買ってきたサンドイッチを食べ始めた。久遠もそんな鶴伎など眼中にないように、汐音を今の今まで凝視し続けていた。
眼鏡少女が眼鏡を外した途端…その解き放たれた美貌にドキ☆なんて漫画的設定は、汐音にはないはずである。おそらくは…いや、絶対に。
「かわいい…」
久遠に言われると、何故か本当にそうな気がしてくるのだから不思議なものだ。言われることの嬉しさに対しては、鶴伎に言われる方が上なのだが。
正直可愛いと言われるのは、余り好きではないのだ。何かの物事を一言で「可愛い」と表すには、言葉が軽すぎる。
そんな軽い言葉を欲しようとは思わないのだ。例外は鶴伎からの言葉だが。
汐音は久遠の言葉を右から左へ受け流して、弁当を広げた。久遠はしばらくの沈黙の後、微笑を浮かべながら冷凍食品のコロッケを口の中に放り投げた。
「へぇー…今、鶴伎の言ってた意味がやっと理解できたかも」
「?俺なんか言ったっけ」
「汐音ちゃんて面白いね」
汐音はきょとんと呆けた顔をした。自分の何が面白いのだろう、と。
それに鶴伎が自分を面白いと評したと言う。前々から気になっていた…言わばエロい手つきや仕草を自分にしてきたのは、自分の反応がそれほどに面白かったからなのだろうか。だとしたら、恥ずかしすぎる。
鶴伎はくすっと喉を鳴らして笑えば、卵サンドの角をかじった。汐音はどうも腑に落ちぬので、むくれた表情で久遠と鶴伎の顔を睨んだ。
「私の何が面白いんですか」
「何ていうか…どうにでもなりそうな所?」
「何ですか、それ…。」
「まあ、いいんじゃない?オレさ、汐音ちゃんのこと応援することにしたよ」
久遠の人懐っこそうな笑顔が汐音に向けられると、汐音は照れた様に「ありがとうございます」と礼の言を述べた。
この様に皆から良いように言ってもらえるのなら、コンタクトレンズも悪くないなと感じて来た汐音であった。ただ、毎朝遅刻ギリギリになることは否めないが。
談笑を楽しみながら弁当を食している内、何処かから視線を感じた。汐音や久遠は気づいては居ないが、確かに女の舐めるような視線を鶴伎は感じた。
ふと茂みに目を向けると、化粧の施された睫毛が葉の間から見えた。その睫毛に縁どられた目と目が合うと、視線の主が茂みから姿を現したのであった。
「…誰?」
鶴伎が言葉を発するよりも前に、“こういうこと”に対しては感覚の鋭い汐音が先に口を開いた。無論、“こういうこと”とは鶴伎に想いを寄せる女のことである。
汐音の勘は見事に的中しているが、これまでの女子とは違う雰囲気の女が汐音たちの目線の先にいた。
上品な雰囲気漂う、お嬢様と呼ばれていそうな女子が。
「鶴伎様…、漸く私と目を合わせてくださいましたのね…」
「…誰?」
今度彼女の存在を問うたのは、言うまでもなく鶴伎である。