偏差値6.5...白石
「幕間、白石」です。
今回は最後の方が大分裏要素入っています。ダーク白石ちゃんが拝めますよ。
あと白石ちゃんが何故あんなにバカなのかっていうのが分かるお話です。
汐音の話とは余り関係がありませんが、楽しめるかと思います。まあ、ありきたりでしょうけど。
ギャグ専ブリッコとして有名な4年生の白石 葩に、最近困ったことが起きている。中等部(1~3年生)の時はこんなこと滅多になかったというのに、4年に上がってから自分をおちょくっていた男子共の目線が変なのだ。
廊下を歩く度にコソコソ、コソコソと…、初めはただの勘違いかと思っていたのだがどうもそうではないらしい。何故言い切れるのか、と言うと、生徒会執行部で一緒の友人、汐音が確かに自分に困ったことを伝えて来たからである。
「葩ちゃん。最近葩ちゃんのこと…男子がみんな噂してるよ」
一体何の噂だよ。とか思ったが、自分を案じて汐音が伝えてきてくれたのかと思うと、「え?…ああ、そう…」としか返せなかった。もちろんのこと、汐音は心配そうに自分を見てくるのだった。
おかしい、明らかにおかしい。今週だけで10通以上の告白メールが来るし、古典的な事に下駄箱にラブレターが詰まっていた。
自分はボケた部分を抜いても決してまめな性格ではない。だからこんなに手紙を寄越されてもメールを寄越されても、一人一人に返信できるほどの気力は持ち合わせていないと言うのに。
「あのさ、白石…好きなんだけど。」
またか…と葩は溜め息を吐いた。ちゃらついた茶髪の、背の高い同級生が伏し目がちにこちらを見ている。
そう、葩は今日も今日とて裏庭まで足を運び、愚かな男の告白を断りに来ていた。断るのも楽ではないというのに、少しは人の気持ちも考えて欲しいものだ。
「ゴメンねえ。葩、好きな人が居るの。」
「えっ…誰?」
「………名前も知らない君に…」
途中で葩は急に、言葉を切った。少し呆けた様な顔をしたが、葩のこの表情は考え事をしている時の顔である。
このちゃらついた男子生徒は先ほどから見ていて、何処か女々しさが混じっている。男の癖に(と言うのは男女差別であるが、)さっきからもじもじと目を伏せているし、声も小さい。とても容姿に似つかわしくない態度である。
拠ってこの男は好きな人が誰か分からないと、永遠に付きまとってくるであろう人間だ。今まで友人の恋愛をこの目にしてきて、ほぼ当てはまっているのだから、間違いない。
本来ならば言いたくはないが、言うしかないだろう…変な噂を流されても困りものだが。だがそれが噂だけであるならば、噂で片付けることもできるはずである。
「知りたい?」
男子生徒は生唾を飲んで、深く頷いた。
そこには普段の葩とは別人のような笑みを湛えた、一人の女がいた。
―
生徒会執行部活動日。葩が一週間の中で一番楽しみにしている日である。
何故ならば様々な人物の可愛らしい部分が見えてくるからと言うのと、葩のお気に入りの人物が不定期に現れるからである。
「もう~汐音ったらニヤニヤしちゃって~カ~ワイイっ♪」
「えっ!?私、ニヤニヤしてた…!?」
汐音がにやついていたなど葩の冗談だが、それと気づかず慌てる時は必ず生徒会委員長をぼーっと見ていたとき(or考えていたとき)である。本当に素直で見ていて飽きない。
それと、プリントに名前を無意識に書いてしまう所とかも面白い。相当好きなのだなと思い知らされる。
「ジョーダン☆」
「…何だぁ、も~。」
葩はもし自分が男であったなら、汐音を好きになっていると思う。見てると飽きないし何よりその情熱的な愛情が自分に向けられるのなら、と思う時がある。
未熟ではあるが拙い汐音の愛を一身に受けているというのに、何故鶴伎が汐音に何の言葉もかけてやらないのかとたまに不思議に思ったりもする。生殺しが、相手に対しての一番の無礼だ。
それでも汐音は懸命に愛を注いでいるというのだから、面白い。何て愚かなのだろう。汐音と言う人間は。
それを愛しくさえ感じるのは、自分がそうはなれないからだろうか。
「…葩ちゃんもニヤニヤしてるし」
「げっ!まっじい!!?ヤッダ超恥ずかしーー!」
「その騒ぎっぷりのが恥ずかしい気がするんだけど…」
「汐音ちゃん、ちょっと騒ぎすぎじゃない?」
「…っ、はい先輩」
今日も今日とて葩はバカとして生きている。今日も今日とて汐音は真っ直ぐに生きている。今日も今日とて鶴伎は歪曲に生きている。
葩はそれが当然の日常であるのと同時に、これを覆すことは許されないと感じていた。だから男どもに話しかけられまくるモテ期なんてものは、バカとして生きなければならない葩にとって不要な存在なのである。
生きなければならない、と言うのは多少の語弊があるのだが。
「さて、今日の生徒会も終わります。皆さんお疲れ様でしたー。」
「規律、令。」
『おつかれしたー』
生徒会活動時間が終わると、部員は待ってましたと言わんばかりにぞろぞろと帰って行った。残ったのは木下 南と汐音、鶴伎、葩だけである。
南は単に準備が遅れていただけだったようで、鞄に物を詰め込むと一人挨拶もせずさっさと帰って行ってしまった。まあ、いつもの風景だが。
汐音と鶴伎はいつものように二人だけで話し込んでいる。眼鏡のフレームの幅が短くなったおかげで、汐音の表情が今までよりずっとよく見える様になっていた。とろんと蕩けるような眼で鶴伎を見る汐音は、正に恋する乙女と言ってよい代物である。
いいなあと葩は、自身の髪の毛をいじった。私もあんな風に素直に愛することができたなら、と。
(…あの人、来ないなあ)
「白石さん、残るなら鍵お願いしてもいいかな?」
女をたらし込んでいる生徒会長の、鍵と日誌を持った手が葩に差し出された。
こいつはこの綺麗な手で女を殺しているのね。と葩は鶴伎を嘲るように鼻で笑った。
何て綺麗で汚い手。こんな手で綺麗な汐音を汚すのね、最低だわ。と思いながらも、馬鹿みたいな笑顔で返す。
「はあーいっ、了解ですー。……シッオーン☆らぶらぶ下校デート、楽しんでね♪」
「ちょっ…デートなんか…!」
すぐ様に赤くなる汐音の顔を見て、鶴伎と葩は同時に笑った。
(あーあ。あんな風に綺麗になりたい。みんな外見ばっかし気を使って…中身が汚いんじゃそれまでだってのに)
クラスメイトの女子たちを思い浮かべて、その性格の陳腐さに笑った。きっと汐音は人をこんな風に嘲ることも蔑むこともないのだろうと思うと、ただひたすらに羨ましかった。
それでもただの、葩が汐音を見た限りでの感想なので、必ずしもそうとは限らないのだが。
―
「まだいたのかよ…」
生徒はとっくに帰っている時間のはずの、午後7時半。それでも葩は部室に居た。
理由はただ一つ、本日一度も部活動に顔を出さなかった駄目顧問…斧原に会うためである。
「ふふっ、せんせーに会いたかったから☆…って言ったら、せんせーどーしますぅ?」
「どーもこーもねえわ、帰れって言うな。」
「ひっどおおい…せんせー、センパイと喧嘩でもしたんですかあ?絶対一回は顔だすのにィー。」
「お前な…俺をただの暇人だと思ってやがるだろ。あ?それとも忘れてんのか?テストの存在を?」
そう言えばもうすぐ五月で、中間考査が控えていた。だが来月のことだし、こんなに早くから斧原が準備を控えているとは到底思えないのだが。
「そんなこと言って、ホントはエロ本読んで抜いてたんでしょお?」
「……」
「ほォら。黙った。」
溜め息を吐いたのち、斧原の表情が曇った。
曇った理由が葩にはわかり、そんな自分が葩はとてつもなく疎ましかった。
「…白石。」
「はあい?」
「オマエな…あんまり“センセーが好きいい♪”とか言うんじゃねえよ。生徒指導部のヤローに怒られたじゃねえか。“生徒に対する不純な発言は慎むように。”ってな。」
「…あたしの心が不純だって、言うんですか?」
この時の斧原にとって、葩の声は凶器に等しかった。そうだと言わないことを知っての上で放つ疑問の言葉は、凶器にしかならない。
斧原の表情が喉を切り裂かれたかの様に、更に曇った。
「そうは言ってねえ。だがな、前にも言ったようにお前を相手にすることはできない。」
恋愛対象外と、遠回しにそう言われている。目頭が熱くなってきて、涙腺が緩んでくる。
いつものことだと割り切れば、涙は引っ込んでくれる。本当にいつものことなのだ。いつもいつも同じセリフを吐かれる。そのたびに泣いてたんじゃ、心が持たない。
それっぽっちの言葉で泣く自分も愚かだとは思うが。
「バカはお断りだが、バカ以外のお前は相手にできない。」
真面目な声と面を貫く斧原とは反対に、葩は出来る限り明るい声で話した。
「ふふっ、せんせい?今日は誰を思って抜いたんですか?グラビア女王桐谷センセー?それとも…葩ちゃん?」
斧原は答えなかった。渋い面構えで葩を見下ろしている。
葩は溢れ出そうな涙を堪えつつ、敢えてふざけ続けた。
「ねえせんせー。答えてくださいよ?白石ちゃん泣いちゃうぞぉ?」
「…泣くなら、泣けばいいさ」
終始渋面で葩を見ている斧原は、ただの教師でしかなかった。教師が行き過ぎた態度の生徒を叱る。普通のことである。
だが葩にとってはその普通のことが、とても耐えられぬ事であった。
「……むかつく…」
何かの堰が切れたように、葩の表情が変わった。そこには皆の知る、明るくてバカでボケを貫いている白石ちゃんという人物は、何処にもいなかった。
そこにいるのはただ一人の女だけである。
「……」
「エロ教師の癖に、何黙ってんの?…手、貸してよ」
「っ…!」
教師斧原の手を無理やり奪い取って、葩は自身の胸へと斧原の手を誘導した。
葩の膨らみのある胸に指が食い込むと、斧原の指がびくりと反応した。振り払われた葩の指が、ボタンにかかる。
「やめろ!」
「ははっ…こんなとこ、生徒指導の野郎に見られたら大変だね?…ねえ、先生。」
鮮明に、今日の男子生徒の顔が、脳裏に浮かびあがってくる。
葩はその男子生徒にこう言った。「あたしの好きな人、教えてあげる」。
「やめろって!」
その代り、あたしのこと諦めてね。
「こういう事好きでしょ?」
あたしの好きな人は…
「…ねえ、あたしで抜いてよ…
オノ原先生。」
誤字があったので編集しました。
余談ですが、告白メールやラブレターの差出人は全て同じ人物です。差出人不明のメールやそもそも手紙なんてものは、ずぼらな葩は確認しないものですから、アニメの様になるわけです。
出している張本人には可哀そうですがね。