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偏差値17...穂姉

 様々なごたごたも起きたりしたがようやっと皆の恐れていた中間考査が終わり、6月に入った。6月は新入生キャンプや体育祭など様々な行事がある。

 体育祭と聞くだけで具合が悪くなりそうな程に運動音痴な汐音にとって、地獄の様な月であろう。キャンプでは山登りもある。

 しかし逃れることのできない宿命でもあるのだ。汐音はこの日、体育祭の種目決めで手に汗を握っていた。


「体力を余り使わなそう且つ、得点の低そうな種目…借り物競争か樽転がし…いや、樽転がしはかなり体力遣うかな」


 体力を使ってもせめて得点が低ければ汐音は救われる。例えどんなに簡単な種目だったとしても、汐音は負ける自信しかないからだ。

 となると一番良さそうなのが借り物競争。聞くところに拠れば一番点数が低いらしい。借り物はとっても恥ずかしい物だったり難しい物だったりと、難易度は高めらしいのだが。


「じゃー、何がいいのか順に聞いてくから。挙手して。

まず、借り物競争」

「あ、はい」


 一番最初に来るとは思っていなかったので多少戸惑ったが、迷いなく手を上げた。しかし、幸か不幸か手を上げたのは汐音しかいなかった。

 先着一名までなので、幸運と言えば幸運なのだが。


「じゃ、藍沢で決定。んじゃ次ー」


「…ねえ、いいの?藍沢ちゃん。借り物競争の借り物って、“好きな人”とからしいよ…?」

「え?別に、だいじょぶだけど」

「まー好きな人って言っても、友達連れてけば好きな人に入るもんね。ま、藍沢ちゃんドジっ子だからちょうどいい種目かもね」


 ちょっと癪に障る言い方をされたが、汐音は、もし本当に“好きな人”がお題だったとしても鶴伎を連れて行くつもりでいた。

 わざわざ好きであることを隠す必要もないし、それに、羞恥心などない。恥ずかしいのなんて鶴伎にいじられているところを見られるか、転んでいるところを見られる…そのくらいだ。


(…あ、5年生も一緒にやるんだ。)


 プリントを見てみると、対象学年欄に4・5・6と書かれていた。中等部(1・2・3年)はまた別のをやるらしい。(体育祭開催自体は合同)

 汐音は鶴伎へと思いを馳せ、頬を染めた。顔が赤くなってきたことに気付いた汐音はそっと顔を机に伏せ、赤面が収まるまで寝たふりをしたのであった。


(…体育祭、憂鬱だなぁ…)


 自由選択種目の他に学年種目があり、長縄跳びとリレーがあるのだ。どちらも最高に疲れる種目であり、得点が高い。

 いっそのこと当日は休んでしまおうかとも考えるくらい、汐音にとってこの上ない憂鬱である。


(でも執行部の仕事があるんだよね…鶴伎先輩と一緒に…ずっといられる)

「藍沢、起きてるか?具合悪いのか?」

「…だいじょうぶです」


 選択種目が全て決まったらしく、ついに担任に注意を受けた汐音は、少しだけ顔を上げた。担任は体育科の教員の為、異様に張り切っているように汐音の目に映った。

 嗚呼、嫌なクラスについてしまったなぁと、汐音はため息を吐くのであった。



 昼。久遠または鶴伎が迎えに来るよりも前に、葩がクラスに顔を出した。


「汐音~!」

「あ、葩ちゃん。どうしたの?」


 葩は汐音を見るなり駆け寄って、汐音に突進してきた。


「うぶっ!!な、何?!」

「汐音~、斧原センセーと仕事かぶってるとこあるよねぇえ?お願いがあるんだけどさ…そこあたしと代わってくれない?

もち!あたしが会長とかぶってるとこ譲ってあげるからぁあ~!おねがぁぁい」


 顎を強打した汐音は痛そうに赤くなった顎を摩りながら、なんだそんなことか、と思った。そんなことよりも、葩も汐音の顎に額を強打したはずなのに平然としているのが気になった。

 勿論断る理由などなく、寧ろ自分も得をするのだから、答えはYESのほかなかった。


「いいよ。てか葩ちゃん、何の種目取ったの?」

「ありがとぉぉぉぉお!!汐音大好き!!♡ふっふっふーん…聞いて驚けよぉお?それはねぇ…騎馬戦なのだああ!」

「騎馬戦!へえ~…まあ葩ちゃん、運動神経良さそうだもんね」

「えへへ…そうかなあ。まあ勉強より運動のが好きだけどねえ。汐音は?」

「私は借り物競争だよ。」

「え゛っ。まさかの…?」


 葩の反応は意外にも、あまりよくない物であった。ふーんと軽く流してくれるかと思いきや、この反応とは、どういうことだろうか。


「え、なんか変?」

「いやあ…やたらと細かいお題出されるみたいだから、面倒くさいって評判なんだよね…。そういやくーセンパイも借り物って言ってたな」

「それ…選ぶ前に言って欲しかったな……。」


 面倒くさいって評判なんだよね、という葩の一言で一気にテンションの下がる汐音であったが、久遠も一緒というのを聞くと、まあいいかと思えた。

 面倒くさいのは嫌いだが、久遠と一緒なら割と楽しめそうな気がする。久遠は盛り上げるのが上手いし、何より、人を乗せるのも上手い。

 そんな久遠先輩が一緒なら、どうにかやっていけるはずだ…多分。


「汐音ちゃん」


 葩との談笑を楽しんでいる間に、鶴伎が迎えに来た。今日は鶴伎か、と汐音は薄く頬を染めた。迎えに来てくれるのが鶴伎と言うだけで、とてもうれしい。

 テスト前は専ら久遠が迎えに来ていたもので、鶴伎が迎えに来てくれるのは久しぶりなのである。


「あ、会長きちゃったあ…じゃ、また放課後ね!」

「うん。また後で」

「……」


 鶴伎の横を通り過ぎていく葩の表情が、何となく怖いものに見えてしまった気がした。と言うより、鶴伎が視界に入っている時はいつも怖い顔をしている様な気がする。

 汐音は何故だろうと素朴に疑問に思いながら、弁当箱を持って鶴伎に歩み寄った。テスト勉強の為に毎日あっていたにも関わらず、なんだか久しぶりの様な気がしてならない。


「どうしたの…機嫌良いね?」

「先輩とゆっくりご飯食べるの、久しぶりですから」

「そう…久遠、体育委員で忙しいから、先二人で食べてろって。行こう」

「久遠先輩、体育委員なんですか?」

「うん。余りものに当たっちゃったらしいよ」


 体育委員と言えば全く人気のないことで有名な委員会だが、何事にも積極的な久遠が余り物に当たるなんて珍しいな、と汐音は思った。

 余り物に当たってしまうほど運がなかったのか、それともすこぶる人気なものばかり選んでしまったのか。そこまでは分からないが。


「汐音ちゃん、種目何取ったの?」

「借り物競争です。得点が低いらしくて」

「ふうん…まあ、汐音ちゃんなら上手くできるんじゃないかな」

「先輩は?」

「俺は何も取ってないよ。面倒だし」

「えっ?!」


 どういうことだ、と汐音は目を丸くした。何も取らなくていいなんて、誰も何も一言も言わなかったではないか。

 何も取らなくていいんなら、自分だって何も取りたくなかった。ていうか、強制的に全員選ばなければならないのではなかったか。


「…掛け持ちしちゃいけないなんてルールはないから、掛け持ちしたがりにぜーんぶ任せて俺は学年種目以外全部傍観。」

「そ、そんな裏ワザが…」

「まあ、先生にバレたらフクロだろうけどね。だから内緒。」


 嗚呼っ、さっきのLHRに戻りたい。切実に!

 汐音は弁当箱を握りしめながら、天井を見上げるのであった。



 6時半。生徒会執行部も終わり、帰宅すると叔母の穂香が出迎えてくれた。今日は珍しく体調がいいらしく、むしろ元気もあるみたいだった。


「おかえりしーちゃん。ご飯できてるよ」

「ただいま!穂姉(ほのねえ)、今日は体調いいの?」

「うん。今日はしーちゃんの帰りが早いって聞いてたからさ」


 穂香は上機嫌で汐音の手を引き、リビングへと汐音を導いた。汐音は穂香に引かれるがままリビングに足を運びいれた。


「あら汐音。おかえり」

「ただいま」

「ご飯テーブルの上にもう置いてあるから、早く食べちゃいなさいね」

「うん」


 いつも生徒会執行部やら何やらで帰るのが遅くなっている汐音は、穂香と食卓を並べるのは久しぶりであった。

 最近専ら鶴伎のことしか考えてなくて、なんだか穂香と話すのも久しぶりな気がしてならない。汐音が家に帰ったころには大抵体調崩して眠っていたし…。


「今日、3日ぶりに大学行ってきたの。でもね、全然体調悪くならなかったよ。薬が効いてたのかな?」

「そうなんだ。よかったね」

「うん。そう言えばしーちゃん、体育祭っていつやるの?」

「んー…来週の土曜日あたりかな?」


 今日の穂香は本当に元気で、汐音は嬉しくなった。そんなに具合が悪くない日でもこんなに喋りはしないし、穂香が優しいことに変わりはないが、こんなに笑わない。

 何かあったのだろうか、と汐音は首を傾げた。彼氏にでも会ったのだろうか。


「…穂姉、お兄ちゃん(彼氏のこと)にでも会ったの?」

「えっ?違うよ、今日はちょっとしーちゃんに聞きたいことがあってさ」

「?体育祭の種目?借り物競争だよ?」

「そうじゃないよ。まあ、後で上で話そう。」


 一体何を聞きたいのか、汐音には見当もつかなかった。けれどニコニコしている穂香の表情を見れば、そんなに気にならなかった。


 そして夕飯を食べ終え、階段を上がって穂香の部屋に行くと、扉の鍵を閉められた。そんなに大事な話をするのかと、汐音は目を丸くした。


「なんで鍵閉めたの?」

「姉さんに聞かれたくなさそうな話だから!」

「ふーん…ところで話って何?」

「んふふー。

しーちゃん、もしかして彼氏できた?」

「はっ?!」


 穂香は愉快そうに笑いながらそう問うてきた。汐音はというと、いきなりのその質問に一気に赤面した。

 彼氏って、もしかして、鶴伎のことだろうか。だとしたら大きな勘違いだし、それに、いつ鶴伎と一緒に居るところを見られたのだろうか。

 たまにこういう事を言いだすから、叔母は怖いのだ。


「ね、もしかして図星?あの綺麗な顔した男の子、しーちゃんの彼氏なの?」

「ち、違うよ!あれは生徒会会長で、色々お世話してくれる人だよ!て言うかいつ見たの?私が先輩と一緒に居るところ。」

「なんだあ違うのかあ残念。たまたま、大学の帰りに駅で見かけたんだよ。」

「あー…同じ駅かあ…。」


 叔母に鶴伎と居る時のあの阿呆面を見られていたかと思うと、なんだかとても恥ずかしくて、汐音は思い出し赤面をした。

 するとまたニヤニヤ顔の穂香が、からかうような声音で「んふふ~」と笑った。


「な、何」

「好きなんだね、その子のこと」

「からかわないでよっ…!」

「いいじゃん、応援してあげるからさあ」

(あ…)


 汐音は今この瞬間に、誰かのことを思い出した。いつもそばにいてくれて、優しくしてくれる友人…葩のことを。

 穂香は何処か、葩に似ている。葩の様に活力にあふれていると言うわけではないが、彼氏と居る時の表情とか、相談を受けてくれるときとか、何処か葩と重なる部分がちらほらある。


 入学当初感じた苦手意識を覆すほどに仲良くなった原因は、ここからだろうか。葩がどこか穂香に似ていて、それを無意識に感じ取り、仲よくなれたのだろうか…。


(葩ちゃんとは大人になっても、ずっと友達でいられそう)


 汐音は一人そう思い、ふふ、と笑みをこぼすのであった。

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