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偏差値13...金週-前篇-

 携帯の軽快な着信音が、早朝六時に鳴った。アラームではないその着信音は、どうやら電話のようである。

 目も開けないまま煩わしそうに眉根を寄せながら、汐音は携帯を手に取った。名前も見ずに受話器ボタンを押すと聞き覚えのある声がスピーカーから聞こえてきた。


「もしもし、汐音ちゃん?」

「…はい?」


 汐音は寝起きの掠れた声で返事をすれば、耳に携帯を当てたまま眼鏡を手探りで探した。古い眼鏡の感触を手に感じると、汐音はそのまま自分の顔に眼鏡を掛けた。

 ぼやける視界だが、まったく見えないよりはいい。


「あのさ、今日って空いてる?」


 しばらくボケーっとしていると、喧しいスピーカーの向こうから落ち着く低音が聞こえてきた。先ほども思ったが、なんだか聞き覚えのある声である。

 働かない頭で汐音は、向こう側に居る電話の相手を問うた。


「…どちらさまですか」

「え?何、ごめん聞こえない」

「…どちら様ですかっ」

「どちら様??…ああ、」


 問うと、喧しい背後はそのままで、相手の声が聞こえなくなった。汐音はなんだ、間違い電話かと思って電話を切り、再び眠りに就こうと思った。

 切ボタンを押して羽毛布団に潜り込めば、某人気アニメの主人公●び太の様に数秒で寝れる自信が汐音にはあった。

 しかし、また迷惑なことに、汐音の眠りを妨害する着信がくるのであった。


「何ですか…いい加減にしてください。着拒しますよ」

「うん、ごめんね?言い忘れてた。長谷寺です。」

「……はっ?!」

「今日って汐音ちゃんなんも予定入ってない?」


 汐音は混乱して、思わず携帯をベッドの上に落としてしまった。ボスッという音がすると共に、汐音の頭が羽毛布団に落ちた。

 何故、先輩が私の携帯に…と。

 気を取り直して携帯を手に取り、耳に当てる。するとやはり、相手の言っていることが嘘ではないと分かった。このスピーカーの向こう側にいる相手は、まぎれもなく鶴伎である、と。


「…特に何もないですけど。」

「あ、待った。…汐音ちゃん、GW中って全部空いてたりしない?」

「はい、空いてると思いますけど。」

「良かった。じゃあさ…駅まで来て。」


 …はい?



 汐音は鶴伎に言われるがままに、訳も分からないまま服に着替え、財布を持ち、最寄駅まで急いだ。相変わらず突拍子もない鶴伎に、汐音は軽く悪態を吐いた。

 何なんだ、あの先輩は。用も告げずにこんな朝早くから急に呼び出して。私の寝起きが頗る悪かったらどうするんだ!と。まあ、会えば消えゆく雑念ではあるが…。

 最寄駅の改札が見えると、汐音は目立った3人組に気付いた。もしかして…と思っている内に、それはもしかしてではなくなった。

 そこにいたのは朝から喧しい二人組と、それを無視してスマートフォンをいじっている一人がいた。


「葩ちゃん!…と、先輩たち!」

「あっ!しおーーんっ♪おっはよぉおおお!」

「おっはよー汐音ちゃん☆」


 何事かと言わんばかりの顔で三人の表情を見遣りながら、汐音も「おはようございます」と朝の挨拶をした。鶴伎はスマートフォンから顔を上げると、いつもの王子微笑(プリンススマイル)(笑)で汐音に「おはよう」と言った。


「随分疲れてるね?」

「だって、朝から急に呼び出されれば…あ、そういえば、どうしたんですか?」


 汐音が何も事情を聞いていなかったことを久遠たちに話すと、久遠は鶴伎をじろりと睨みつけた。鶴伎は涼しい顔で久遠を見返すと、呼べって言われただけだしと言わんばかりの表情で腕を組んだ。

 鶴伎がどういう呼び方をしたのか悟った久遠ははぁ、とため息を吐くと、汐音を憐みの眼で見つめた。


「可哀そうに…どうせこいつから今すぐ来てって言われたんだろ?ホント非常識だよなー」

「ウルサイ。俺は言われたことをそっくりそのまま聞いただけだよ…ねぇ、汐音ちゃん?」

「えっ、あ、」


 汐音は王子微笑(笑)で聞かれてしまうと、頷いて答えるほかなかった。


 どうやらこの場に皆を呼んだのは、遊園地に行くためだったらしい。そういう事だったなら、ちゃんと言ってくれればよかったのにと、汐音は鶴伎をちらりと見遣った。

 鶴伎の私服を初めて見た汐音は、ああこんな服を着るのか…とか、大人っぽいなぁ…とか、そんなことばかりを考えてしまう。何気ピアスを開けていたり、想像通り黒系の服だったりと色々な発見をして、遊園地へ行く前からうきうきしてしまう汐音なのであった。

 本来、生徒会で一緒の南も誘う予定だったらしいが、中々電話に出ないため今日はあきらめることにしたらしい。今日の計画は久遠が持ちかけたもので進行も久遠なので、らしいとしか言いようがないのだが。


「電話にでんわー」


 …寒いギャグを言いながら。



「汐音っ、…よかったねぇ♥」


 電車の中、眠りこける久遠と音楽を聴いている鶴伎を横に、目を輝かせた葩が話しかけてきた。


「んっ、なにが?」


 汐音が問う。


「も~っ、知ってるくせに!GW中ずっと会長と一緒なんだよお?嬉しくないの??」

「えっ!?どういうこと?」

「え、まさか聞いてない?GW中の予定をくー先輩が練ってくれて、そのメンバーの中に汐音と会長が5日間ずっと入ってるんだよぉ」


 葩の話によると、GWの始まる一週間前から念に念を入れて計画を練っていたらしい。それも、初日遊園地、二日目川、と飽きないように場所を変えているなど、抜かりない。

 汐音は寝ている久遠の顔をちらりと見遣り、心の中で「ありがとうございます」と呟いた。誰にも言っていない様だが、おそらく自分を気遣って立ててくれたのだろう。

 誰に対しても分け隔てない優しさが嬉しい。汐音は、協力してもらったのだから今度は自分でなんとかしなければ、と思った。


「…先輩」

「ん?」


 汐音は思い切って立ち上がり、鶴伎の隣に座った。その姿を葩はにやり顔で見つめていたが、汐音は気にせず当たり障りのない言葉を続けた。


「た、楽しみですね…っ」

「そうかな?…汐音ちゃんは遊園地、好きなの?」

「好きって言うか…みんなと楽しむのが」

「ふぅん、そう…。」

「先輩は、何の乗り物が好きですか?」


 その時、目的の駅に着いてしまった。別に何の乗り物が一番好きかなんて特別気になっていると言うわけではないが、話の流れが途切れてしまい、少しばかり寂しくなってしまう汐音なのであった。


「久遠。着いたよ」

「ん~後5分…」

「…OK、置いてこうか。」

「ちょ、おい!そこは必死に起こすとこだろ!」


 いつものことと言わんばかりに涼しげな顔で電車から降りる鶴伎の背中を追いかけ、久遠は急いで電車から降りた。

 そんな二人を微笑ましく見ていたら、降りるのがギリギリになってしまった汐音であった。尤も、葩にひかれなければ確実に扉が閉まっていた。



「おーっ、やっぱり休日は人がすごいなぁ」

「…うわぁ…」


 案の定GWと言うことで某ネズミの国程ではないが、かなり込み合っていた。人混みの苦手な鶴伎と汐音は嫌そうな表情を浮かべたが、葩達は元気いっぱいに長蛇の列に我こそはと並びに行ってしまった。

 鶴伎と汐音はお互いに目を合わせ、呆れたようにクスッと笑えば、そんな二人に着いていくのであった。汐音はそれが、ジェットコースターとも知らずに。


「くー先輩、絶叫は行けるクチなんですかぁ?」

「おうよ!大っっ好き!だけど、逆さになるトコはちょっとヤダ…」

「えー、あそここそ楽しみ所ですy」

「えっ、絶叫!!?」


 盛り上がる二人の会話を聞いて、汐音が顔面蒼白にして叫んだ。二人は何事かという真ん丸になった目で汐音を見つめた。

 そう、汐音は典型的なジェットコースター嫌いなのである。


「ちょ、ちょっと待って…私、ジュースでも飲んで待ってるから」

「何言ってんの汐音!遊園地に来て絶叫乗らないなんて、人生損してるよぉお」

「いやいやいや本当に苦手なんだって」

「えーっ、んー…そっかぁ?…んじゃ、会長の隣に座ればいいんじゃなぃカナ?」


 すると、一斉に視線が鶴伎へ集まった。話をまったく聞いてなかった鶴伎は一斉に見られると目を丸くして「何?」と首を傾げた。

 汐音は鶴伎の隣に座れるとかそれどころではなく、この最悪の状況から逃げ出したい一心で縋るような思いで鶴伎を見つめた。

 鶴伎は大体の事を皆の表情から察すると、呆れたように髪を掻きあげてため息を吐いた。


「…久遠、無理強いするなよ」

「俺?!俺なんも言ってないんだけど!」

「あ、そう。じゃあ…白石さん、お友達いじめはよくないと思うな」

「ぇえ~っ、だって汐音ってば、ひ・と・り・で!!待つとかって言ってるんですよぉぉ?友達にそんな寂しい事させたくないじゃないですかぁっ」


 何故か異様に“一人で”を強調する葩を見て、鶴伎は相手がどの様な意味あいでその一言を強調しているのかが分かった。

 気を使うことがこんなにも疲れると感じたことは、今までにないと思った。


「…俺が汐音ちゃんと待ってればいいの?」

「え、ええっ!」


 二人が頷かなくとも、表情を見ていれば肯定していることは明らかであった。葩は不敵な笑みを浮かべているし、久遠はさりげなくグーマークを作っている。正直、ふざけんなと思ったと、鶴伎は言う。


「汐音ちゃん、他のとこ行こうか?」

「は、はい…」


 その後、葩と久遠がハイタッチしていたことを、汐音は知らないのであった。



 汐音は鶴伎に連れられ、子供向けの乗り物のあるエリアへと来た。近くにあった自動販売機で飲み物を買うと、丁度運よく空いていたベンチに腰かけた。

 幼い男の子や女の子、親が頻繁に通るこのエリアでは、汐音と鶴伎がとても浮いて見える気がした。浮いていたとしても、子供たちはメリーゴーランドやコーヒーカップに夢中で見向きもしないのだが。


「ここなら、汐音ちゃんも楽しめるんじゃない?」

「でも…先輩、ぐるぐる系苦手そうですけど」

「……よく分かったね。俺はここで待ってるから、好きなとこ行ってきていいよ?」


 鶴伎に背を押されるとなんとなく、確実に行かなくてはいけないような魔法にかかってしまう(気がする)ので、この人は魔法使いなのではないだろうか、と汐音はたまに思う。

 そう思って鶴伎をじっと見つめていると、鶴伎が怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げた。


「なに、俺の顔に何かついてる?」

「……私…先輩と遊びたいです、あの。先輩と一緒に…回りたい。」

「…どうして?」


 鶴伎が意地悪にも、綺麗な笑顔でそう問うてくる。それでも汐音の心は素直に、汐音の体も素直に、汐音の意思に従うのであった。

 回答は一つしかない。何故そのような質問をしてくるのか、その意図は分からないが…。


「先輩が好きだから…せっかく先輩と一緒に居られる時間をもらったのに」

「…汐音ちゃん」

「私だけじゃなくて、先輩にも楽しんでもらいたいから」

「汐音ちゃん、…こっち来て」


 汐音は鶴伎に手を引かれるまま歩き、何処に連れて行かれるのか分からないまま、鶴伎に身を任せた。リンゴジュースがたくさん入った小型のペットボトルがぽちゃんと音を立てると、鶴伎が足を止めた。


「…観覧車。高いとこ、平気?」


 目の前には、空高くそびえる大車輪…観覧車があった。空の青に吸い込まれそうなほど高いそれは、一見止まっているように見えたが、よく目を凝らせば多少動いているのが分かる。

 汐音は鶴伎に問われた返事として、無意識に頷いていた。

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