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偏差値11...久遠

 いざこざがあっての次の日、GW前日であったが登校日であるので、日常の如く登校した。今日もまだ眼鏡を買ってないのでコンタクトレンズなのだが、やはり中々慣れない汐音は伊達眼鏡もかけており、いつも通りの姿で学校に来ていた。

 いつもと違う所と言えば、昨日葩からもらったリボンを今日も着けてきているところだろうか。分かり辛いが、あれをとても気に入った汐音は、これから毎日着けて学校に来るつもりである。

 今朝どう着けて来ようか迷いに迷って、結局はハーフアップにしたのだが、照れ臭くも今朝初めて少しでも自分を可愛いと思うことができた。それを葩に伝えにいくと、葩は自分のことの様に喜んで汐音を抱きしめた。

 そんなことも考えてはいたのだが、今朝からずっと汐音の頭の中を占めていたのは他でもない鶴伎である。昨日あんなに辛そうにしていたので来ている確率はとても低いが、来ているのだろうかとずっと思っていた。

 久遠に聞けば一発で分かるのだろうが、生憎反対方向の出口を使っている汐音と久遠に偶然ばったり会う確率など、限りなく低い。

 どうせは昼間に会えるので気を急かす必要はないのだが、どうも落ち着かなかった。今の授業は体育でとても憂鬱な授業のはずなのに、汐音は何故か興奮していた。

 それもそのはず、今朝から鶴伎のことを考えすぎて妄想に耽ってばかりであり、思考が爆発しそうになってしまっているのだから。


「藍沢ちゃんどしたの~?珍しくヤル気満々だね」

「ん?…あーそっか…今日バスケか…」

「あれ?知らなかったの?男子と合同だよ~」


 汐音と出席番号が近く、比較的よく話すクラスメイトに話しかけられると、一気に現実に引き戻されたように汐音は表情を暗くした。いつも体育の時はこんな感じなので驚きはしないが、クラスメイトの女子は苦笑気味に汐音を見つめた。

 バスケなんて突き指するためのスポーツではないかと、汐音は先生を恨んだ。何故こんなにも運動音痴な自分がスポーツなどしなくてはならないのだ、と。


「あとね、今日は授業指導演習で5年生も参加するんだって」

「5年生!?何組??」

「何組だったかなぁ、忘れちゃったけど」


 汐音のクラスは9組なので、5年9組と合同なのではないかと胸を躍らせたが、今の時間5-9は数学をやっているらしい。クラスは関係なく、体育の被っているクラスと合同らしい。

 汐音は少しばかり残念そうに体育館に入ってくる5年生を見遣った。ぞろぞろとお喋りをしながら入ってくる5年生の中に、汐音は見覚えのある男子生徒を見つけた。

 短い金髪の目立つ、人懐っこい笑顔が特徴のサッカー部のアイドル(4-9ではそう呼ばれている)。あれは…久遠だ。


「あ、久遠先輩…」

「えっ!?嘘っ、一之瀬センパイと一緒なの!?」


 9組女子軍も10組女子軍も(主に久遠ファンだが)一斉に久遠を見つけ、黄色い声が次々に上がった。汐音は女子たちの甲高い声に鼓膜が破れそうになり、耳を塞いだ。


「センパ~イ、こっち向いて~!」「きゃあああっ、可愛い~♥」


 女子たちの凄まじい声援に多少驚くも、激しく手を振ってきている女子軍に、久遠は笑顔で手を振りかえした。そしてその女子軍の後ろに立つ汐音を見つけると、汐音にも人懐っこい笑みで手を振ってきた。

 「困っちゃうなあ」なんて口パクで久遠に言われると、汐音は少しおかしくなって、くすくす笑いながら手を振りかえした。

 そして間もなく久遠はクラスメイトらしき男子生徒に肩を抱かれ、冗談半分にいびられていた。ああ、本当に久遠は人気者なのだと改めて知らされた気がして、汐音は久遠から目が離せなかった。

 あんな風になれたらと、汐音は羨ましそうにため息を吐いた。


 バスケットボールの練習中も久遠は女子からの視線を独り占めしていた。先生から真面目に練習しろと注意をうけても、流石に今日は無理だと言わんばかりに気が付くと皆男女を分けるネットにかじりついていた。

 「見て学んでるんです」なんて屁理屈を言っている女生徒もいたが、見ているの何て久遠の顔ぐらいだろうがと、先生も呆れてしまっていた。


「藍沢ちゃん、パス!」

「えっ、うわっ!」


 何故汐音にパスを回そうと思ったのか、いきなりパスを回されて驚いた汐音は突き指をした上に取り逃してしまった。更に尻もちまでついてしまい、余りの運動能力の無さに、クラスメイト達は苦笑を浮かべた。


「ご、ごめん…」

「ううん…こちらこそ」


 取れなかった汐音も、汐音の運動能力の無さを知っていながらパスを回したクラスメイトの女子も申し訳なさに気まずい空気を作り出してしまった。

 これだから体育は嫌なんだと、汐音は体育を呪った。体育さえなければ、体育さえなければこんな恥ずかしい思いをすることなんかないのに、と。

 実際は他教科でも変な事をやらかしてしまってはいるのだが…。

 そんな汐音の運動音痴な様子をたまたま見てしまった久遠は、可笑しそうにくすっと笑えば汐音と目が合いやしないかと汐音を見つめた。

 そしてたまたま汐音が久遠の方を向くと、久遠はにっこり笑みを返し、パスの仕方をジェスチャーで教えた。久遠の変な行動に疑問を覚えたクラスメイト達は久遠の目線の先を見遣ったが、嫌な予感のした汐音はサッと目をそらした。

 昨日の二の舞にはなりたくない。先輩にはとても悪いけど、昨日みたいな痛々しい視線を浴びるのはごめんだ、と。


「一之瀬センパイ、何処見てるんですかぁ~?」

「んー先生とね、アイコンタクト取ってた」


 そんな汐音の考えを察知し、空気を読んだ久遠はまた笑顔で適当な理由で取り繕った。


 今日の授業で女子の方には試合がなかったので、後半は男子の試合を見学させてもらうことにした。もちろん4年生からのリクエストで5年生交じりの試合である。

 そしてもちろん女子からのリクエストで、久遠もチームに入っている。久遠はどうやら後輩だけでなく、同級生からも慕われているようで黄色い歓声が凄かった。汐音は、自分には一生かかってもあんな声を意図的に出すことはできないだろうと思った。

 同じ球技でも手を使うのと足を使うのでは全く違うスポーツなのに、久遠はバスケットボールまでできるのかと信じられない気持ちになった。


「オレバスケくっそ下手だよ?見てて笑うなよ??」

「何言ってんのよ一之瀬!アンタスポーツならなんでもできるでしょ!」

「そうだぞ一之瀬!ちょっとばかりモテるからって調子に乗ってんじゃねーぞ!」


 5年生たちがぺちゃくちゃ言っている間に、試合が始まった。あれが本気かどうかは分からないが、人懐っこい笑顔が消えると、ゴムの擦れる音が響いた。

 4年生より遥かに上手にパスを回し、パスを受ける。遠くからゴールを決めようとして入らなかったときはおどけて見せていたが、入りそうだったのは確かであった。

 汐音はまったくスポーツができないので、久遠を見ていてスゴイの一言でしかなかった。どうやったらあんな風に、ボールが手に吸い付くようにキャッチできるのだろう。

 どうやったらあんな風に軽々とボールが飛んでゆくのだろう…と。


「久遠先輩…スゴイ。」


 最後ブザーが鳴ると同時に、狙っていたのかは分からないが、ゴールを決めた。ああいうゴールをブザービートと呼ぶことは、余り専門用語を知らない汐音でも分かった。

 それと同時に歓声が上がり、久遠はまたファンを増やしたのだろうと感じた。心移りをしたわけではないが、その試合の一時だけは、汐音は久遠に心を奪われた。

 試合の終わった男子たちの表情は、「先輩スゲェ」と言っていた。久遠に気のありそうな5年生の女の子がタオルを持って久遠に駆け寄ると、久遠は笑顔でそれを受け取った。

 こうして無意識にファンを増やしているなんて、なんて罪作りな男子なのだろうかと、汐音はぽかんと口を開けてしまった。

 それに、この間彼女は居ないような話をしていた気がするので、そのせいで勘違いする女子も多いのではないだろうか。本当に罪作りな男子である。


 チャイムがなる5分前に、体育の授業は終了した。4時間目だったのでお腹がペコペコだが、いいものを見たのでそんなに食欲はなかった。

 一人で教室に戻ろうと踵を返したその時、後ろから肩を叩かれた。出席番号の近いあの女の子かと思ったが、予想は外れた。振り向くとそこには、久遠がいた。


「汐音ちゃん」

「先輩!…お疲れ様です。」


 汐音は久遠に呼び止められ、女子の、特に久遠にタオルを渡していた先輩からの視線が痛かったが、気にしないことにした。

 二人は、どうせは昼は一緒と言うことで1-9へ行ったのち2-7へ行き、そのまま裏庭に行くことにした。


「今日さあ…鶴、ガッコ来てないんだよね。何かあったんかな…」

「昨日熱出してたので…それのせいじゃないでしょうか」

「熱?…」


 久遠は何かを言いたげな様子で汐音を見ていたが、結局は何も言ってこなかったので、汐音は前を見た。昼休みの廊下には、人の塊がところどころにあり余り適切ではないが、蟻のフンの様であった。

 弁当を持って二人並んで歩いていると、行く先々でその塊から視線を浴びた。主に隣にサッカー部のアイドルがいるせいではあるが、居心地の悪さに汐音の食欲が減少してゆく一方であった。

 久遠はずっと何かを考えている様子で、裏庭に着くまで一言も言葉を口にしなかった。いつも久遠はお喋りなので会話がポンポンと続くのだが、今日は沈黙が続く。

 久遠が口を開いたのは、水筒のお茶を一口飲んだ後であった。


「鶴、昨日の女の子と…付き合ったのかな」


 とても言いづらそうにその言葉を口にする久遠の表情は、汐音の気持ちを案じて眉が下がっていた。汐音の胸は多少痛んだが、久遠の表情を見ていると下手に表情は変えられなかった。

 答えに悩み、また少し沈黙が続いたが、答えが見つからないと判断すると汐音はため息混じりに答えた。


「昨日の様子だと、そんな様子はなかったですけど…どうしてですか?」

「あいつさ、女の子と付き合い始めると…急に体弱くなるんだよね。無理して相手に合わせて、普段使わない神経を使うせいだと思うんだけど」

「え…そうなんですか?」


 久遠は過去の鶴伎を思い出しながら、今までの鶴伎の彼女を思い浮かべていた。告白してきたのはいずれも向こうからで、振るのもいずれも鶴伎からであった。

 決まってその繰り返しだったのだが、また決まってあることが多かった。それは、鶴伎の欠席日数である。

 女生徒と付き合い始めて一週間ほどたつと、鶴伎の欠席率が高くなるのである。決して体が強い方ではないのだが、仮にも真面目な鶴伎が休むことは、稀である。

 真実は誰も知らないが、一番近くで鶴伎を見て来た久遠の統計からよると、フリーの時よりも彼女もちの時の方が欠席率が確実に上昇している。これは紛れもない真実だ。

 そのことを汐音に話すと、汐音は悲しげに眉を下げた。昨日はそんなこと一言も言っていなかったが、何も言わなかっただけで実は付き合ってしまったのだろうか。

 婚約者と上手くいってしまったのなら、汐音の入る隙は何処にもない。それは汐音の玉砕を意味する。まだ返事もしてもらっていないのに、玉砕だなんて…。


「…ごめん、飯まずくしちゃったね」

「いえ…」

「…ま、何も言ってないんなら、ただ単に風邪菌もらっただけかもしれないし!ほら、悲しい顔しないでさ、楽しもうよ!」

「…はい」


 二人の顔に笑顔が戻ってくると、タイミングよく久遠の携帯の着信音が鳴った。何気なくそれを取り出し、ご飯を口に放り込みながら確認すると、久遠の瞳が真ん丸に開かれた。


「鶴だ」

「えっ!」


 汐音は無理やり久遠の携帯を覗きこみ、内容を確認すると思わず笑みが零れてしまった。non subjectと書かれた下の本文には、『今保健室にいるんだけど、暇だから迎えに来てよ』とだけ書かれていた。

 いつも通りの文面に久遠も汐音と同様に笑みを零し、弁当の蓋を閉めながら「適当に返信しておいて」と汐音に言った。汐音はほくほくしながら、覚束ない手つきで鶴伎へ返信していた。

 その様子を微笑ましく見つめ、汐音の弁当も閉めると、汐音に保健室に行こうと促した。


「今頃ぼっちで弁当食ってんだろうね、鶴」

「ふふ、“ダッシュダッシュ”ですって」


 汐音は携帯を久遠に返し、久遠はメールの内容を確認した。汐音の送ったメールを見ると、久遠は可笑しくなって思わずくはっと噴出した。

 『先輩に会いたいと思っていたところです、今すぐ行きますね(^▽^)! 大好きです byS.A』と、人の携帯を使って送っているとは思えない内容のメールが送られており、改めて汐音の想いを実感した。

 多少想いが重いとも思ったが、それは内緒にして自分の中だけに留めておこうと思った。


 ああ、何ともなくてよかった。多少はまだ体調が優れない様だけれど、学校に来れたようでよかった。

 汐音は鶴伎の顔を思い浮かべながら、浮つく心を体現するように、スキップで廊下を行った。先ほどの昏い表情はどこへやら、汐音の顔には明るみしか浮かんでいなかった。

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