魔王便の社員旅行
残暑も終わり、街の木々は秋らしく色づいていた。
しかし、路地裏にある『魔王便』の前は、静かなものだった。
「はぁ……今日は暇ですね」
「今日『も』の間違いじゃろ」
「ローズ様、一言多いですよ」
「なんだ、本当のことじゃろ」
従業員のセバスとローズは、強く睨み合う。
バイトのつぐみと人形のリリーは、離れた所にいた。
だが、どうしていいかわからず、おろおろしている。
すると、店長で魔王のマオが、店内に響く声で言った。
「よし、これから温泉街に行くぞ!」
「えっ、お仕事入ってたんですか?」
「あぁ。だが、行くのは、わし一人ではない」
「どういうこと?」
つぐみとリリーは、顔を見合わせていた。
わけがわからない、といった表情である。
だから、マオはひとつ咳払いをする。
「温泉街には、従業員全員で行く」
「マオ様、それは『社員旅行』というものですか!」
「うむ。お主らは、いつも頑張っているから、たまにはな」
「やったーーっ、温泉、温泉!」
「いいですよね、温泉!」
マオの提案に、つぐみとリリーは大喜びだった。
しかし、ローズだけは首を傾げていた。
「なんだ、そんなにいいものなのか?」
「あぁ、ローズ様は知らないのですね」
「むっ……」
セバスから言われ、ローズはカチンときて睨みつける。
「……そなたは、知っているのか?」
「えぇ、もちろん」
すると、セバスは得意気に話しだす。
「今回行く所は、いくつもの温泉があり、おいしい食べ物や、可愛い雑貨もあるんですよ」
「ほぉ?」
「あら?」
その時、リリーがセバスの背後に近づく。
そして、持っていた物を見上げた。
「セバスちゃん、その持っている物はなに?」
「えっ!」
珍しく、セバスは動揺した。
そして、ローズもセバスの後ろに行く。
「……なんじゃ、パンフレットを読んだだけではないか」
「いっ、いいでしょう。良い所なのは、本当なのですから!」
「おい、なにをしている」
従業員たちが騒いでいると、出口にマオが立っていた。
その目は、完全に呆れている。
「早く準備をして、出発するぞ。予約はもうしてある」
★★★
マオご一行が着いたのは、温泉街にある旅館だった。
「各自荷物を置いたら、自由行動とする」
「じゃぁ、ローズさんとリリーちゃん、早く部屋に行こう!」
「リリー、どっちが早く着くか、競争じゃぞ」
「よし、負けないわよ!」
そして、二人同時に走りだした。
「こら、廊下は走ったらダメですよ!」
「では、わしは女将に会ってくるから、あいつらの世話を頼むぞ、セバス」
「かしこまりました」
セバスと別れたマオは、女将のよしえと会っていた。
「これが、頼まれていた物だ」
「まぁっ、わざわざありがとうございま……」
「いっただきーーっ!」
よしえが、荷物を受け取ろうとした、その時である。
五歳くらいの少年が、荷物を奪ったのだ。
そして、一目散に逃げていく。
「まっ、待たんかーーっ!」
それから、マオと少年の追いかけっこが始まったのである。
少年はすばしっこく、あっちこっちを走り回っていた。
だが、マオも負けておらず、追いかけていく。
すると、買い物を楽しんでいた、つぐみたちとすれ違う。
「あれ、店長?」
「なんか、子ども追いかけてなかった?」
「マオは、なぜ飛ばんのだ。その方が速かろうに」
「飛ばないのではなく、飛べないのですよ」
「どうしてですか?」
「ここは、有名な温泉街で、人も多いです。飛べば、目立ってしまうでしょう?」
「あっ、そうか」
「それより、子どもの持っている物の方が、厄介ですね」
★★★
「もう、あの親父しつこいなぁ!」
少年は、体力が限界まできていた。
「そういえば、この荷物の中身、なんだろう……」
だんだん中が気になり、とうとう開けてしまう。
しかし、中身はただの靴だった。
「ラッキー、これに履き替えて逃げちゃえ!」
子どもは、隠れて靴を履き替えた。
すると、靴は子どもの足にピッタリになる。
「やった、これであの親父をまける……」
「小僧、やっと見つけたぞ」
「げっ?!」
マオは手を伸ばし、少年を捕まえようとした。
だが、その瞬間靴が光り、目にもとまらぬ速さで駆けていく。
「うわぁーーっ、助けてーーっ!」
「ふんっ、人から盗んだりするからだ」
「マオ様ーーっ!」
「ん?」
セバスの声が聞こえ、マオは振り向く。
マオを追い越し、セバスたちが後を追いかけた。
「あとは、我々にお任せください!」
「小僧、逃げても無駄じゃぞ!」
ローズが捕まえようとすると、ジャンプして子どもは逃走。
「つぐみちゃん、あたしを投げて!」
「うん、わかった。えーーい!」
つぐみはリリーを、少年に向けて投げた。
しかし、飛んでいったのは明後日の方向。
「……あれ?」
「どこ投げてんのよーーっ!」
「ごっ、ごめーーん!」
「しかたない……私が行きますか」
ため息をつきながら、セバスは駆けていく。
そして、少年の前に先回りした。
「そこまでですよ。観念しなさ……」
そこまで言って、少年に頭を踏まれた。
「ごっ、ごめんなさーーい!」
少年はそのまま、遠くへ行ってしまう。
やがて、マオたちはセバスの元に駆けつける。
「セバス、大丈夫か?」
「うぅ……まさか、頭を踏んでいくとは……」
「あたしなんて、変な方に飛ばされたわよ」
「ごめんね、リリーちゃん」
「それにしても、あの子どもはどうするのじゃ?」
「安心せい。もう、効き目もきれるころだろうよ」
「えっ?」
★★★
その頃、少年は橋の上を跳んでいた。
「おっ、俺、どうなっちゃうんだ……」
すると、突然靴が光らなくなった。
そのため、少年は真っ逆さまに落ちていく。
「うわぁーーっ!」
しかし、地面に激突することはなかった。
間一髪のところで、マオが受けとめたのだ。
「ふんっ、やっと捕まえたぞ」
「あっ、さっきのいかついおっさん!」
「やはり、このまま落とすか」
「わわっ、ごめんなさい!」
それから、少年を交番に預け、マオたちは旅館に戻った。
だが、旅館には警察が数人来ていた。
「これ、なんの騒ぎ?」
「実は、お客様の中に逃亡者がいて、今捕まったところなんです」
「えぇーーっ?!」
「なるほど……あの靴は、そのお客の物だったのですね」
「これを履いて、逃げるつもりだったのだろう」
「でも、効き目がきれたから、ただの靴なのじゃろ?」
「でしたら、私がもらってもいいですか?」
すると、女将のよしえが近づいてくる。
そして、靴を受け取ると、優しく微笑んだ。
「ちょうど、靴を買おうと思ってたので、よかったです」
★★★
「ふぅ……やっと落ち着けたのぉ」
「まぁ、あとはゆっくり休みましょう」
「あら、マオちゃんどうしたの?」
「いや、少し肩がこってな」
マオが肩をさすっていると、つぐみが肩に手を置く。
「だったら、私が肩もみしますね」
「おっ、おぉ……」
つぐみに肩もみされ、マオは少し照れてしまう。
すると、セバスとローズが、すごい勢いで近づいてくる。
「つぐみさん、抜けがけはいけませんよ!」
「小娘、我のマオに色目を使うな!」
「なっ、なんのことですか?!」
「えぇい、暴れるな!」
「まったく、皆でなにしてるのかしら……」
なんだかんだで、仲がいいマオ様ご一行なのでした。
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