第九話 黒い噂
王都に滞在して一週間が経った。
誠一は「聖浄師」として、様々な場所の浄化を行っていた。王宮の井戸、城下町の排水路、市場の衛生管理。小規模な仕事だったが、効果は確実に現れていた。
「おかげで、悪臭がなくなりました」
市場の商人が、感謝の言葉を述べた。
「ありがとうございます、聖浄師様」
「いや、当然のことをしただけですから」
誠一は謙遜したが、内心では充実感を覚えていた。
自分の仕事が、役に立っている。
それが、何より嬉しかった。
だが、良いことばかりではなかった。
「セイ、聞いてくれ」
ある夜、ダグラスが王宮を訪ねてきた。行商人として各地を回っている彼は、様々な情報を持っている。
「瘴帝国で、不穏な動きがある」
「不穏な動き?」
「クロス将軍——あんたの知り合いの——が、大規模な作戦を計画してるらしい」
誠一の表情が引き締まった。
「どんな作戦だ?」
「詳しいことはわからん。だが、『封水点を破壊する』という噂が流れてる」
「封水点……?」
その言葉に、誠一は引っかかりを覚えた。
封水。自分が使っているスキルの名前だ。
「封水点というのは、何だ?」
「俺も詳しくは知らん。ただ、古い伝承では、世界には七つの『封水点』があると言われている。それが、この世界と魔界を分けているらしい」
「この世界と、魔界を……」
誠一の脳裏に、あの夜の光景が蘇った。
排水口から溢れ出した光。異世界への転移。
封水とは——排水トラップの水のことだと思っていた。だが、この世界では、もっと大きな意味を持っているのかもしれない。
「もっと詳しく調べる必要があるな」
「ああ。何かわかったら、また知らせる」
ダグラスは、そう言って去っていった。
翌日。
誠一は、王宮の図書館を訪れた。
「封水についての文献を探してるんだが」
司書に尋ねると、彼は首を傾げた。
「封水……ですか。あまり聞かない言葉ですね」
「古い伝承に出てくるらしいんだが」
「でしたら、禁書庫にあるかもしれません。ただ、禁書庫は許可がないと入れませんが……」
「聖浄師の権限で、入れるか?」
「……少々お待ちください」
司書は奥に引っ込み、しばらくして戻ってきた。
「許可が下りました。こちらへどうぞ」
禁書庫は、図書館の地下にあった。
薄暗い石造りの部屋に、古びた書物が並んでいる。埃っぽい空気と、羊皮紙の匂い。
「ここに、古代の文献が収められています。封水に関するものがあれば、この辺りかと」
司書が指し示した棚を、誠一は調べ始めた。
一時間ほど探して、ようやく見つけた。
『封水の儀——失われた聖技の記録』
古い革表紙の本。開くと、色褪せた文字が並んでいた。
「『封水とは、世界を繋ぐ水脈を制御する技である。七つの封水点が、この世界と下層——魔界——を分けている。封水点が破られれば、瘴気が溢れ出し、世界は汚染される……』」
誠一は、息を呑んだ。
「これは……」
封水は、単なる排水管理の技術ではなかった。
世界そのものを守る、結界術だったのだ。




