第七話 リーネとの出会い
王都への旅は、三日かかった。
誠一は、聖王国軍の護衛を受けながら、馬車で移動した。リーネも同行している。クラウド村の復興には軍の一部が残り、誠一が浄化した井戸を中心に、少しずつ日常を取り戻しつつあった。
「王都は、初めてですか?」
馬車の中で、リーネが聞いた。
「ああ。というか、この世界で村以外の場所を見るのは初めてだ」
「きっと驚きますよ。王都ルミナスは、大陸で最も美しい都市と言われています」
リーネの目が、キラキラと輝いていた。故郷を語る喜びが、そこにはあった。
「でも、俺みたいな者が王様に会って、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。父上——国王陛下は、身分にこだわらない方です。それに、セイは村を救った英雄です」
「英雄って言われても、ピンとこないな……」
誠一は苦笑した。
十五年間、「使えない老害」と呼ばれてきた人間が、英雄。
現実感がなかった。
王都ルミナスは、確かに美しかった。
白い石造りの城壁が都市を囲み、その中心には巨大な王宮がそびえている。城壁の外側には市場が広がり、人々の活気に満ちていた。
「すごいな……」
誠一は、馬車の窓から街並みを眺めた。
だが、清掃員の目は、別のものを捉えていた。
路地裏のゴミ。排水溝から漂う悪臭。建物の壁に付着した黒ずみ。
「……汚いな」
「え?」
「いや、何でもない」
誠一は口をつぐんだが、心の中では考えていた。
この都市も、清掃が必要だ。見た目は華やかでも、衛生状態は決して良くない。瘴気汚染がなくても、このままでは病気が蔓延するリスクがある。
職業病だな、と誠一は自嘲した。
王宮は、街の中心にあった。
白亜の城。青い屋根。金色の装飾。まるで、おとぎ話に出てくるような建築だ。
「ようこそ、王宮へ」
城門で、一人の騎士が出迎えた。
「私は近衛騎士団長のガルド。セイ殿を、国王陛下の御前にお連れする役目を仰せつかっております」
「よろしくお願いします」
誠一は頭を下げた。
ガルドは四十代の屈強な男で、厳格な雰囲気を纏っていた。だが、誠一を見る目には、敵意よりも好奇心が勝っていた。
「村を救ったという話は聞いております。浄化師としての腕前、期待しておりますぞ」
「……精一杯努めます」
リーネが横に並んだ。
「ガルド殿、父上は——」
「国王陛下は、謁見の間でお待ちです。さあ、参りましょう」
謁見の間は、想像以上に広かった。
天井は高く、巨大なシャンデリアが光を放っている。両側には貴族や騎士たちが並び、その視線が誠一に集中していた。
正面には、玉座。
そこに座っているのが、聖王国国王——アルベルト三世だった。
五十代半ばと思われる、威厳のある男性。銀色がかった髪と、深い青の瞳。リーネと似た面差しだった。
「そなたが、クラウド村を救った浄化師か」
国王の声が、謁見の間に響いた。
「はい、陛下。汐見誠一と申します。——セイ、とお呼びください」
「セイか。変わった名だな。しかし、異界からの来訪者とあらば、それも当然か」
国王は、誠一を見つめた。
「娘から話は聞いておる。そなたは、井戸の瘴気を一瞬で浄化し、さらには村全体をゾーニングで守ったと」
「一瞬とは言い過ぎですが……」
「謙遜か。よい心がけだ」
国王が立ち上がった。
「セイ。そなたに『聖浄師』の称号を与える。これは、かつて聖王国に存在した浄化師の最高位だ。百年以上、この称号を持つ者はいなかった」
どよめきが広がった。
「聖浄師だと……?」
「あの伝説の……?」
貴族たちがざわめく中、国王は続けた。
「そなたには、この国の浄化を任せたい。瘴気汚染は、年々深刻さを増しておる。このままでは、聖王国は瘴帝国に飲み込まれてしまう」
「陛下……」
「引き受けてくれるか?」
誠一は、一瞬躊躇した。
聖浄師。最高位の浄化師。それは、大きな責任を伴う称号だ。
だが——
「誰かがやらなきゃ、汚れは消えない」
母の言葉が、脳裏に浮かんだ。
「……お引き受けします」
誠一は、頭を下げた。
「ただし、条件があります」
「何だ?」
「俺を『様』や『殿』と呼ばないでください。俺は、ただの清掃員です」
国王は、一瞬目を丸くした。
それから、大きく笑った。
「ハハハ! 面白い男だ! よかろう、セイ。そなたの条件を受け入れよう」
こうして、誠一は「聖浄師」の称号を得た。




