第三十六話 瘴帝国突入
「用済み……だと……」
黒崎の顔が、蒼白になった。
「俺を、最初から——」
「利用していた? 当然だろう」
宰相は、嘲笑した。
「異世界からの転生者は、特別な力を持つ。だが、所詮はよそ者。我が帝国の真の計画を、知る必要はなかった」
「真の計画……」
「封水点を全て破壊し、魔界との次元を繋げる。そうすれば、瘴気が世界中に溢れ、この世界は魔界と同化する」
宰相の目が、狂気に光った。
「そして、我が主——魔王様が、この世界に降臨なさる」
「魔王……!」
誠一は、戦慄を覚えた。
「お前たちの目的は、魔王の復活だったのか……」
「復活ではない。『降臨』だ。魔王様は、千年前から魔界で待っておられた。封水点という『蓋』さえ取り除けば——」
宰相は、両手を広げた。
「この世界は、魔王様の支配下に入る」
「させるか……!」
誠一が、浄化の光を放った。
だが——
「無駄だ」
宰相の体から、桁違いの瘴気が噴き出した。
誠一の光が、その瘴気に押し返される。
「なっ……!」
「私は、千年前から魔王様に仕えてきた。お前のような、ぽっと出の浄化師に負けるわけがない」
宰相の瘴気が、誠一と黒崎を包囲していく。
「二人とも、ここで消えてもらおう」
「くそっ……!」
誠一は、防御に専念するしかなかった。宰相の瘴気は、これまで戦ったどんな相手よりも強力だった。
「汐見……」
黒崎が、よろめきながら立ち上がった。
「俺の瘴気を……使え」
「何……?」
「俺の中にも、まだ瘴気が残ってる。それを……お前の浄化に加えろ」
「どういう——」
「瘴気と浄化は、表裏一体だ。俺は、この二年間で、それを学んだ」
黒崎は、苦笑した。
「汚すことしかできないと思っていた。でも、汚れを知っているからこそ——清め方もわかる」
「黒崎……」
「俺の力を、受け取れ。汐見」
黒崎が、誠一の手を握った。
その瞬間——
黒崎の体から、黒い光が流れ出した。それが、誠一の体に流れ込んでいく。
「これは……!」
誠一の中で、何かが覚醒した。
浄化の光と、瘴気の闇。その両方が、誠一の中で融合していく。
「馬鹿な……!」
宰相が、驚愕の声を上げた。
「光と闇が……一つに……!」
「これが——俺たちの力だ」
誠一の体から、白と黒が混ざり合った光が放たれた。
灰色の光。浄化と汚染を統合した、新たな力。
「封水——統合展開!」
光が、宰相に向かって放たれた。
「がああああっ……!」
宰相の体が、光に飲み込まれていく。
「馬鹿な……千年の力が……こんな……」
宰相の体が、崩壊していった。
「魔王様……申し訳……ありま——」
言葉を残し、宰相は消滅した。
「はあ……はあ……」
誠一は、膝をついた。
「終わった……のか……」
「いや」
黒崎が、首を振った。
「まだだ。宰相は、前座に過ぎない」
「前座……?」
「大封水点が、まだ残っている。そこを破壊されたら——」
「世界が、魔界と繋がる」
「ああ。急がないと——」
黒崎も、限界に近かった。誠一に力を渡したことで、ほとんど瘴気が残っていない。
「行けるか?」
「……行くしかないだろう」
二人は、立ち上がった。
大封水点は、すぐ近くにあった。
この廃墟自体が、大封水点の真上に建てられていたのだ。
「ここだ……」
廃墟の中央に、巨大な穴があった。
その穴から、禍々しい瘴気が立ち昇っている。
「封印が……弱まっている……」
「急げ、汐見。俺たちが来る前から、宰相が準備していたんだ」
誠一は、穴に向かって走った。
穴の底には——
「これが……大封水点……」
巨大な祭壇があった。王都の封水点とは比較にならない規模だ。
そして、その祭壇の周囲には——
「封印が、砕かれている……!」
七つの封水点を繋ぐ、中央の結界。それが、半分以上破壊されていた。
「まずい……このままじゃ——」
穴の向こうから、何かが這い出てきた。
黒い触手。巨大な目。禍々しい気配。
「魔界の……魔物……!」
「封印が弱まって、侵入してきたんだ……!」
魔物たちが、次々と這い出てくる。十体、二十体、三十体——
「くそっ……!」
誠一は、浄化の光を放った。だが、疲労困憊の体では、威力が出ない。
「汐見、俺が時間を稼ぐ」
黒崎が、前に出た。
「お前は、封印を修復しろ」
「黒崎、お前の状態で——」
「やるしかないだろう」
黒崎は、わずかに残った瘴気を手に集めた。
「俺は、ずっと汚してきた。少しくらい、返さないとな」
「黒崎……」
「行け!」
黒崎が、魔物たちに向かっていった。
誠一は、祭壇に向かって走った。
祭壇に両手を置く。
「封水——」
集中する。七つの封水点を繋ぐ、中央の結界。その構造を、感じ取る。
「複雑だ……これは……」
普通の封水点とは、比較にならない。七つの点を繋ぎ、世界全体を覆う結界。それを、一人で修復しなければならない。
「できるのか……俺に……」
弱気が、頭をもたげた。
だが、その時——
『誰かがやらなきゃ、世界は汚れていくのよ』
母の声が、聞こえた気がした。
「……そうだな」
誠一は、目を閉じた。
「誰かがやらなきゃ——なら、俺がやる」
全ての力を、祭壇に注ぎ込んだ。
「封水——完全復元!」
眩い光が、祭壇から放たれた。




