第三十三話 黒崎の真意
国境の廃墟。
誠一と黒崎の戦いは、激しさを増していた。
「浄化!」
「汚染拡散!」
光と闇がぶつかり合い、廃墟の石柱が次々と砕けていく。
「やるじゃないか、汐見」
黒崎は、息を切らせながら言った。
「便所掃除しかできない無能者だと思っていたが、見直したよ」
「お前こそ」
誠一も、消耗が激しかった。
「要領だけで生きてきた男が、ここまでやるとはな」
「要領だけ……か」
黒崎の顔に、苦い笑みが浮かんだ。
「そうだな。俺は、要領で生きてきた。実力じゃなく、政治で。努力じゃなく、駆け引きで」
「……」
「だから、お前が嫌いだった。地道に努力して、コツコツと積み上げていくお前が」
「俺は、自分にできることをやっただけだ」
「それが、できないんだよ、俺には」
黒崎の声が、震えた。
「ずっと焦っていた。周りと比べて、自分が劣っているように感じて。だから、近道を探した。楽な方法を探した」
「それで、この世界でも——」
「ああ。瘴気は、俺に合っていた。汚すこと、壊すこと、腐らせること。それは、楽だった」
黒崎は、自分の手を見つめた。
「建てるより、壊す方が簡単だ。清めるより、汚す方が簡単だ。俺は、ずっと楽な方を選んできた」
「それで、満足か」
「……わからない」
黒崎の答えは、意外なものだった。
「満足かどうか、わからないんだ。力を得た。地位を得た。でも——」
「何かが、足りない」
「ああ。お前の言う通りだ。空虚なんだ。何をしても、埋まらない」
沈黙が流れた。
やがて、誠一が口を開いた。
「黒崎。お前に、もう一つ聞きたいことがある」
「何だ」
「なぜ、俺を呼んだ。本当に、ミラを餌にして俺を倒すためだけか」
黒崎は、しばらく黙っていた。
「……わからない」
「わからない?」
「本当は、お前と話したかっただけかもしれない。同じ世界から来た、唯一の人間と」
黒崎の声が、小さくなった。
「この世界には、俺を理解してくれる奴がいない。瘴帝国の連中は、俺を『救世主』と崇めているが、本当の俺を知らない」
「……」
「お前だけだ、汐見。俺が本当はどんな人間か、知っている唯一の存在」
「だから、俺を倒そうとした?」
「わからない。倒したいのか、認められたいのか、自分でもわからない」
黒崎は、力なく笑った。
「情けないだろう。将軍として、何万もの兵士を率いているのに、自分の気持ちもわからないなんて」
誠一は、黒崎を見つめた。
敵だと思っていた男の、本当の姿が見えた気がした。
強がっていた。虚勢を張っていた。だが、その奥には——
「黒崎」
「何だ」
「今からでも、遅くない」
「何が……」
「引き返せ」
誠一は、真剣な目で言った。
「瘴帝国を離れろ。お前は、利用されているだけだ」
「……」
「俺たちと一緒に、この世界を守る側に来い」
黒崎の目が、大きく見開かれた。
「何を——」
「お前の力は、本物だ。瘴気を操る能力は、使い方次第で人を救うこともできるはずだ」
「俺が……人を救う……?」
「できる。俺は、そう信じている」
沈黙が流れた。
黒崎は、しばらく誠一を見つめていた。
その目に浮かんでいるのは、困惑と——わずかな希望だった。
だが——
「……無理だ」
黒崎は、首を振った。
「俺は、もう引き返せない。汚しすぎた。壊しすぎた」
「黒崎——」
「それに——」
黒崎の目に、暗い光が戻った。
「俺は、お前に負けるわけにはいかないんだ」
瘴気が、再び黒崎の体から溢れ出した。
「この戦いで、決着をつける。どちらかが、倒れるまで」
戦いが、再開された。




