第二十九話 敵地潜入
ミラは、瘴帝国の首都ヴォイドガルドに到着した。
黒い石造りの街並み。灰色の空。瘴気に満ちた空気。
故郷を思い出す。あの村も、滅ぼされる前は——
「感傷に浸っている場合じゃない」
ミラは、自分を戒めた。
変装は完璧だった。瘴気汚染で変色した左腕を隠し、平民の服を着て、一人の難民に扮している。
「すみません」
街の人に、声をかけた。
「宿を探しているのですが——」
「あっちの路地裏に、安い宿があるよ」
「ありがとうございます」
人々は、ミラを不審に思わなかった。瘴帝国には、戦争を逃れてきた難民が多い。一人増えても、誰も気にしない。
ミラは、宿に落ち着くと、情報収集を開始した。
酒場に行き、兵士たちの会話に耳を傾ける。市場を歩き、商人たちから噂を集める。
三日後。
重要な情報を掴んだ。
「クロス将軍が、大規模な作戦を計画している」
酒場で、酔った兵士が同僚に話していた。
「聖王国の王都を、一気に落とすらしい」
「いつだ?」
「月末だと聞いた。全軍で攻める大作戦だ」
「月末か……あと二週間だな」
ミラは、その会話を頭に刻んだ。
さらに情報を集めると、作戦の概要が見えてきた。
月末に、瘴帝国の全軍が聖王国に侵攻する。正面からの攻撃と同時に、別動隊が王都の封水点を狙う。
「二正面作戦か……」
両方に対処するのは、難しい。聖王国の戦力では、足りない。
ミラは、その夜、通信装置を使って誠一に連絡した。
「セイ、聞こえますか」
『ミラか。状況は?』
「重要な情報を掴みました。月末に、大規模攻勢があります」
『月末……あと二週間か』
「正面攻撃と、封水点への別動隊。二正面作戦です」
『わかった。それで——』
「もう少し、詳しい情報を集めます。別動隊の規模と、侵入経路を特定したい」
『無理はするな』
「わかっています」
ミラは、通信を切った。
あと数日。もう少しだけ、情報を集める。
だが、その翌日——
「お前」
背後から、声がかけられた。
ミラは振り返った。
そこに立っていたのは、黒い鎧を纏った男だった。瘴帝国の将校だ。
「見ない顔だな。どこの出身だ」
「北の村から来ました。戦火を逃れて——」
「嘘だ」
将校の目が、鋭く光った。
「お前、スパイだろう」
ミラの心臓が、跳ねた。
「何を——」
「この街の難民は、全員登録されている。お前の名前は、どこにもない」
「それは——」
「連行しろ」
背後から、兵士たちが近づいてきた。
ミラは、瞬時に判断した。
逃げる。
「待て!」
兵士たちの叫びを背に、ミラは走り出した。
路地裏を駆け抜け、建物の隙間を縫い、追手を振り切ろうとする。
「くそっ——」
だが、瘴帝国の兵士は追ってくる。数が多い。徐々に、包囲されていく。
「セイ……」
通信装置を握りしめる。だが、こんな状況で連絡しても、誠一は間に合わない。
「捕まえろ!」
兵士たちが、四方から迫ってきた。
ミラは、行き止まりの壁を背に、立ち尽くした。
「終わりか……」
その時——
「そこまでだ」
上から、声がした。
誰かが、建物の屋根から飛び降りてきた。黒いローブを纏った、長身の男。
「クロス……将軍……!」
黒崎剛史が、ミラの前に立っていた。
「お前か。聖浄師の仲間の」
「……」
「連れてこい」
兵士たちが、ミラを拘束した。
「汐見に、伝えておけ」
黒崎は、冷たく笑った。
「お前の仲間は、俺が預かった——と」
ミラは、連行されていった。
計画は、失敗した。




